あぱていあ

ちわか

第1話

 木漏れ日が照らす山道をひたすら歩き続ける。木々が手招きをしてくれるようで歩を休めることはない。古さびた金網を開け、雑草がない小道を辿り、途中で横切り草むらの中へ飛び込む。


カランカラン


空き缶のゴミが大量にあるのが目印だ。草むらをかき分けてかき分けてぬけた先に巨大な広場に出る。野球のドームみたいに真ん中以外の空を木々が覆い隠す。広場は太陽が当たらないせいか雑草は比較的生えていない。


 太陽の唯一当たるところ、広場の真ん中には巨大な大木がある。何千年といった樹齢を持つであろう大木。


 坂本海斗(さかもとかいと)はその大木へ歩き出す。小鳥たちの鳴き声、土と草を踏む音、森の新鮮な香り。海斗はいつもここへ来ると全ての煩わしい記憶が吹っ飛ぶ。何か嫌なことがあった時は、海斗はいつもこの広場へやってきて大木に身を寄せる。


「今日は別に来る必要はなかったんだけど、なんか来たくなっちゃったから。」


 海斗はそう1人で呟く。海斗は大木に首を預けゆっくり眠たくなる。


「夕方になったら夕日でも見て帰ろう。」


 海斗は簡単なプランを頭の中で作った後、静かに眠りについた。


 翌日。下校の時間。


「おーい、坂本くん〜」


「な、何?啓介くん。」


 啓介(けいすけ)は他2人と共に海斗を呼び止める。


「いやー、俺の新聞作りのペアって坂本くんじゃん?だからこれからおれんちに坂本くんを呼んで一緒に調べ学習をしちゃおうかなとか考えてるんだけど、どうよ?」


 啓介からの予期せぬ誘いに海斗は丁重に断る。


「いや、今日は無理じゃない?啓介くんも水曜日はサッカーの練習でしょ?」


 海斗が、啓介と下の名前で呼ぶ理由は啓介が海斗と同じクラスメイトであるからと、彼がクラスの人気者だからだ。皆が啓介を慕って下の名前で呼ぶから海斗も仕方なしそう呼ぶことにしていた。しかし会話はまともにしたことなんてなかった。


「いやいや大丈夫よ!問題ないって。てか、なんで俺のサッカーがある日知ってんの?坂本くんに話したことなんてないけどな。」


「それは、この前言ってたよ。」


 事実、海斗は嘘をついた。啓介が水曜日にサッカーの練習があるとは一度も聞かされたことはなかった。海斗は啓介のことが嫌いなのだ。海斗は面倒な人物リストを逐次作成している。その人たちの言動、態度、姿勢などを観察してその人の趣味、嗜好、習い事、好き嫌いを把握していた。その人物リストに啓介も入っていた。だから啓介のどんな性格の持ち主なのかは誰よりも知っている。海斗にとって友達なんて必要ない。全ては誰にも迷惑をかけず、自然体に平和的に生きてゆくために。


「そっか。じゃあ、サッカーの練習取り消すからおれんちで調べ学習ね。」


「え?」


「だから、坂本くんは俺がサッカーの練習があるから気を使って断ってくれたんでしょ?その邪魔なサッカーの練習がなくなったら坂本くんはおれんちに来てくれるってことだよね?」


 筋は通っているが、到底、海斗は承諾したくない。普通に帰って家でゆっくりしたいのだ。


「なんならこいつらも一緒に来てもらうか?」


 啓介は一緒に来た2人を右手の親指で指し示した。


「終わったらゲームでもしようぜ。あ、罰ゲームありのな!」


 啓介の左にいる邦男(くにお)が海斗を誘う。 

そして啓介の右にいるのが琢磨(たくま)。

 2人とも海斗の人物リストに入っている。


「俺もなんか手伝うぜ。恐竜についてだろ?」


 そう琢磨が言うと啓介がつっこむ。


「ばかか、琢磨。そんな昔じゃなくて鎌倉時代を調べるんだよ。お前の中じゃ、昔は恐竜の時代なのかよ。はっはっは!ばっかぁだなぁ!」


「そんなばかにしないでよー」


「おまえ、恐竜はないだろ〜」


 3人が海斗を置いて自分たちの世界に入り込もうとしている。海斗は危惧した。完全にペースは彼らのものとなっている。面倒くさいこの上ない。プライベートでの関わりはもってのほかだ。学校だけで調べ学習をしようと海斗は勇気を出して啓介に説明を試みる。


「今日は、無理かな。」


 海斗の放った言葉が急に場をしらけさせる。啓介は笑いを止めて海斗に冷たい視線を送る。


「なんで?」


「用事があるんだ。ごめん。明日の3時間目と4時間目は調べ学習だからその時に完成させよう。ちゃんと調べてくるから。」


 啓介に不快な思いをさせないように普通に言ったつもりだ。だが、啓介は気に入らなかった。邦男と琢磨も啓介の機嫌が徐々に悪くなっているのを察する。


「ちゃんと調べるって、やっぱりてめえ暇じゃねえのかよ。ねえ?なんなんだよ?」


 啓介の語気が荒くになるにつれ、野次馬が集まってくる。味方がいない海斗にとっては完全なアウェーになりつつある。


「嫌いなら、嫌いって言っていいんだよ?」


 啓介は声を高くして挑発的に言ってくる。

 海斗は内心は大っ嫌いだよ!と言いたいがそれだけはできない。しかし野次馬がどんどん増えていき海斗たちを取り囲むようになる。


「嫌いじゃないよ。僕にも都合があるんだ。わかってくれない?」


 少しだけ違和感を与えてしまったような言い方をしてしまった。だが意地でも海斗は行かないと心に誓っているのね間髪なく説得を続けようとする。


 しかし、


「う!」


「てめえ、なんだよ今の言い方はよ!舐めてんのかよ。おい。」


 咄嗟に胸ぐらを掴まれて海斗は驚く。邦男と琢磨もこれはまずいと判断し止めに入る。野次馬は煽る。


「啓介くん。もういいよ。坂本くんは啓介くんのことが嫌いだってさ。」


 頭の悪い琢磨が言ってもないことを平気で宥め賺す言葉として使用した。

 もちろん海斗は聞き捨てならないが我慢をした。

 海斗は嫌気が差した。面倒くさい連中に絡まれて疲れたと感じた。そして今日は森に行こうと決めて他の方へモチベーションを高める。啓介が邦男と琢磨に抑えられている間、海斗は行動する。


「じゃあ、僕帰るね。」


 海斗は啓介たちを置いて野次馬をかき分けながら逃げるように立ち去った。啓介は無性に腹を立てる。


「あいつ、許さねえ。」


「啓介くん落ち着きなよ。明日も会えるんだし文句はその時に言えばいいんじゃない?」


 邦男がそう落ち着かせようとすると

 啓介はあることを思いた。


「ふっふ。おい、邦男、琢磨。俺、面白いことを考えたぜ。」



 今日は散々な目にあった。早く大木の広場へ行ってゲームでもしてよう。

 海斗は家に帰った後ランドセルを置いて、携帯ゲーム機を引っ張り出して家を飛び出した。いつものように森の中へ入ろうとする。鳥の鳴き声、足をくすぐる雑草、匂い。いつもと変わらない森の様相だと海斗は安心感を味わおうとした

その矢先、

いつもとは違った異変があった。普通なら閉まっている金網の扉が開いているのだった。看板に立ち入り禁止と書かれているため人が簡単には入れない。


「昨日、ずいぶん寝ちゃったからな。多分寝ぼけてて閉め忘れたんだろう。」


 と海斗は自分で納得してそのまま小道へ行く。


 いつものように小道の途中で草むらの中に入り込み


カランカラン


と大量の空き缶を蹴飛ばしながら大木の広場へ到達する。


「また来ちゃった。」


 海斗は大木の近くへ行き、腰を下ろして寝っ転がりながらゲーム機を起動する。大木の広場は気圧の差によって風が発生する。風から程良い涼しさを感じながらゲームを開始する。


「今日は、めんどくさいことがあって時間を無駄にしちゃったな。」


 海斗はすでに日が沈んでいるのを感じつつ安らかなひと時を楽しむのだった。



 その数十分前。


「おい、あいつはどこはどこに行った?」


「あの森に入っていったぞ!」


「よしお前ら追跡だ!」


 海斗の後をつけいていた輩がいた。放課後の学校で海斗とと揉め事を起こした啓介、邦男、琢磨であった。


「啓介くん、まってよ!あんまり近づくと坂本くんにバレちゃうよ!」


 邦男が啓介のペースを緩めようとする。


「そうだよ。木を見て森を見ずっていうじゃん。」


「何言ってるの?琢磨?」


 三人は海斗を追って森までやってきた。


「あそこの金網を抜けたぞ。」


「だから啓介くん。早いって!」


 3人が小道へ行くとそこには海斗はもういなかった。


「おい、あいつどこ行った?」


「坂本くんが消えた!」


「これは神隠しだよ!」


「余計なことを言うな琢磨。ちょっとは考えろ」


「ほんとに琢磨はバカだなぁ。」


「僕、そんなにバカかな?2人だって余計なことを言わないで考えてよ!」


「それが余計なんだよ。やっぱバカだなぁ!」


「バカ、バカってこっちの気持ちになってよ!気持ちいいもんじゃないんだからね。」


「あぁ!?なんだよ琢磨。やるってのかよ。」


「ちょっとやめなよ。啓介くん。琢磨。とりあえず坂本くんを探そうよ。」


「おっとそうだったな。琢磨、あとで覚えてろよ」


 3人は揉めつつも海斗を探すことにする。


「見ろよ。あいつの足跡がここからないぜ。」


「てことは、草の中に入ったってこと?」


「そうかもね。どっちに入ったんだろう?」


「おい、あそこに空き缶がたくさんねえか?」


「あ、ほんとだ!って空き缶がどうしたの?」


「あれは目印だ。おそらくあの空き缶を頼りに坂本は秘密の場所へ行ってんだろうよ。」


「なるほど!どこに行けるんだろ?大橋さんの家かな?」


「なんで琢磨の好きな人の家に坂本くんが行くんだよ。気持ち悪い妄想するなよ。」


「いやぁ、って何で僕が大橋さんのこと好きって知ってんの?」


「………お前、ほんとにバカだな。」


「またバカって言ったぁ!!」 


「うるさいわい!とっととこの草むらに突撃するぞ」


 啓介につづいて邦男、琢磨が草むらの中へ入り込む。カランカランと空き缶を蹴る音がひっきりなし聞こえる。


「ぶは!ちょっとまってよ!啓介くん!うわぁ、口の中になんか入った!」


 琢磨が苦戦しているのを無視して啓介と邦男は先へ進む。


 そして


「うわー!すごい!」


「すごいところに来ちゃったね!ほら、琢磨も早く来いよ!」


「何、驚いてんの2人して。………って、うわー!」


 3人は大木の神秘的な空間に圧倒された。まるで異世界にでも来てしまったかのように。


「ここはすげー!サッカーもできるじゃん!」


「今度ボール持ってきてサッカーしようよ!」


「僕はゲーム機を持っていくよ!」


「ゲームなんて家でできるだろ?」


 3人は海斗のことを忘れて盛り上がっていた。

「ちょっと探検してみようぜ!」


「賛成!じゃあ、俺はこっちにいくね。」


「じゃあ、僕は大木の方へ」


「いいぜ!2人とも気を付けろよ。」


「君たち何してんの?」

「へ?」


 啓介の背後に誰かいる。


「啓介くん!後ろ!」


「うわあ!」


「僕をつけてここまできたの?」


 海斗がふてくされ顔をしながら啓介の後ろから現れる。


「啓介くん!僕たちの目的は坂本くんのストーカーだったじゃん!バレっちゃったよ!どうする?」


「バカ、ストーカーとか変な言葉使うな。」


「ストーカーとか、追跡だとか知らないけどそこまでして僕の足をすくいたい?」


「すまんすまん。2度とこんなことしねえからさ。」


 啓介は手を合わせて申し訳なそうな顔を作った。

 邦男と琢磨も同じようなポーズを取った。


「ったく。僕よりも先に入ってずっと監視してたなんて意地汚いな。」


 海斗は文句を吐露する。


「え?俺たち今さっきここにきたばかりなんだけど。なあ?」


「え?」


「そうだよ。途中で啓介くんと琢磨が揉めたり、大変だったんだから。」


 邦男はここまでのいきさつを簡単に説明する。


「君たちが僕より先に来たから金網が開いてたんじゃないの?」


 海斗は再度確認をしようとする。


「だから違うって。僕たちは坂本くんの後を追ってきたんだから。」


「そうか、じゃあ、昨日は本当に僕が閉め忘れたのか。」


 何か異変を感じながらも海斗は再び納得しようとした。

 夕日が沈む時間帯。

 広場では木々が空を覆っているため暗がりを見せつつある。闇が広場を呑み込んでいく。海斗が感じた異変はその闇を象徴していた。


 暗くなってきたのもあって海斗は内心嫌だが啓介、邦男、琢磨と一緒に帰ることになった。


「にしても、坂本。お前どうやってあのデカイ広場見つけたんだ?」


 啓介が海斗に質問する。


「森の探検をしてたらたまたま見つけたんだ。」


「よくあの道を通る気になるな。琢磨なんて口の中になんか入ってもがいてたぞ。」


「だって、ほんとに何か入ったんだもん。」


 クソめんどくさい連中に大事な場所がバレてしまったなとこれから先のことが不安になる海斗。

 4人は大量の空き缶がある場所へたどり着いた。


「また、あの草むら通るのか?」


「そうだよ。じゃあ行くよ。」


 ヒョイっと海斗は雑草群の中へ消えた。

 続いて啓介、邦男、琢磨も続いた。

 陽はすでに沈み、あたりは真っ暗になった。

 4人は小道に出た後、出口の金網まで進もうとした。すると琢磨がある異変を感じた。


「ねえ、何か変な音が聞こえない?」


 邦男も同じく


「バチッ、バチッって聞こえるね。焚き火の音?」


 海斗も耳をすましてみる。確かに焚き火らしき音が聞こえる。


「こんな山奥に燃しかよ。変な人だねぇ。」


 啓介は両腕を頭に回しながら退屈そうに言う。

 しかしこのことは海斗にとって初めてだ。


「この森は滅多に人がうろつかないはずなのに。ましてやこんな夜遅くに焚き火だなんて。」


 4人は不信感を高めていく。

 邦男があることを言い出した。


「まさか、放火犯?」


「おいおい、それは流石にないだろ。」


 啓介は打ち消すが自分の中でも否定しきれていなかった。


「放火だったら大変かもじゃん!ちょっと行ってみない?」


「賛成!」


 琢磨そう言い出すと、琢磨は賛成する。

 啓介も渋々賛成する。


「仕方ねえな。お前だけじゃ危険だからな。で、坂本は行くのか?」


 放課後の啓介との一悶着を思い出した海斗であったが、焚き火のことが気になるため彼らと行動を共にすることを決めた。


 枝が割れる音が徐々に大きくなる。あたりは真っ暗だが海斗のゲーム機のライトを頼りに進む。

 そして目的の焚き火場所の近くまで来る。

「おい、ちょっと待て琢磨。ここで様子を見るぞ。」


 啓介がみんなを呼び止め人がいるのを確認しようとする。見たところ。焚き火の辺りには人の気配はない。


「やっぱり、放火犯じゃないか?」


 邦男はそう言い、草むらから出ようとする。だが海斗にとっては嫌な予感しか感じられない。

 海斗は焚き火をよーく観察してみる。炎の中に燃えているものをよーく見てみる。


すると


「!?」


 よく見るととんでもないないものが燃やされていることに気づき、海斗は驚愕する。


「!邦男くん!待て!」


 海斗は急いで邦男の手を引っ張り強引に草むらに引き込もうとする。


「いてて、何するんだよ!坂本くん!」


「みんな、焚き火をよく見てみて。」


「何って、……………………おいおい。」


「あれって……………」


「……………………」


 3人は自分が見ている光景を疑った。 


 激しく燃えている炎の中にあったものは




「人間が燃やされている。」





 焚き火の中には枝と枝との間に置かれた人間らしきものがあった。


「死体?これって大変じゃないか!早く火を消さないと!」


 邦男が海斗から腕を振り払おうとして焚き火の近くへ出ようとする。

 海斗は慌てて阻止する。


「ちょっと待って!まだ犯人が近くにいるかもしれないよ!」


「離せよ!急いで火を止めないと!」


「だから、犯人がここら辺にいるかもしれないって」


「だからなんなんだよ!4人で戦えばどうにかなるだろ?怖いならそこにいろよ!この意気地なし!」


 邦男は海斗から腕を振りほどいて焚き火に向かう。


「おい!邦男!何やってんだ!」


 啓介も焚き火の元へ飛び出す。

 続いて琢磨も


「もう!何してるんだよ!」


 海斗は慌てて飛び出す。

 幸い焚き火の辺りには犯人らしき人物は見当たらない。


「ほら、もう犯人は逃げたんだよ。とりあえずこの火を消そうよ。坂本くんこの近くに蛇口とかないの?」


 海斗は呆然としていた。燃やされているのは紛れもなく人間。燃やしてからまだ時間が経っていないので人間としての原型がまだまだ残っている。海斗は恐ろしくなる。


「おい!坂本!」


 啓介に怒鳴られ、海斗は半分我に返った。


「死体は見るな。とりあえず、お前ら全員集合だ。」


 啓介はみんなに集合をかける。


「僕が帰り道を案内するからみんなついてきて!」


 海斗はみんなにそう伝える。

 火を消すのは消防に任せればいい。子供たちで消せる火力ではない。


「あ!何か鞄がある!ちょっと見て来るね」

 邦男は聞く耳を持たないで向こう側の方へ走っていく。


「ちょっと!邦男くん!」


「何やってんだあいつは。」


「邦男戻ってきてー」


 みんなの呼びかけに邦男は答えてくれなかった。


「あいつ、ちょっと連れ戻して来るからそこで待ってろ。」


 啓介は向こう側の木々へ行く。


「おーい、邦男。戻るぞ。」


 啓介からの呼びかけに邦男は答えない。


「おい、無視するな。帰りにお前の好きな板チョコ買ってやるから。」


 ………………………………………………


 邦男からの応答がない。


「邦男?おい、邦男!返事しろ!」


 聞こえるのは人間と枝を焼く乾いた音。


「邦男!どこにいるんだ!返事しろ!」


 啓介は声を張り上げて邦男に呼びかける。

 その時、



 ブシャァ



 炎に灯されて鮮やかになった赤色の液体が啓介にかかる。


「うわぁ!」


「啓介くん!どうしたの!?」


 琢磨が啓介のもとへ向かう。


「血、血だ!」


 啓介にかかった誰かの血。


「ま、まさか。邦男くんの?」







「はぁ、はぁ。

 だ………ず………け…………で」







「!邦男か?」






 ブシャァ!


「あっんギャァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




 血飛沫が啓介、琢磨に降りかかる。

 3人は絶句した。


 目の前には血だらけになった邦男がいた。

 そして

 その後ろに包丁を持ってジャケットを着た男がいた。


「坊やたち。おとなしくすれば、この子は殺さないようにしてあげるからおじさんの言う通りにしてくれないかな。」


 男は包丁を邦男の首筋にあてながら言う。


「はぁ、はぁ、……………いたぃよ。た……す……け……」


 右腕の上腕から大量の血が流れている。

 そして左腕にも。

 3人は邦男の無残な姿に目を疑う。


「もしもーし。聞いてるかー?」


 犯人の軽いノリの呼びかけがより一層恐怖を掻き立てる。


「返事しねえなら、このガキの首、跳ねちゃうぞ。」


 犯人は脅しのつもりで邦男の首に一滴ばかりの血を流させる。

 その恐怖から何もすることができない。


「わかった。言うことを聞く。」


 啓介がなんとか口を開く。


 続いて琢磨も言う


「僕も!」


「いいねえ。じゃあ、おじさんの言うことをなんでも聞いてもらおうかな。」


 犯人は即興で考え、そして不敵な笑みを浮かべ海斗たちを見つめる。


「よし。んじゃ、お前ら俺の車へ来い。スコップを持ってくるのを忘れちまってな。それを仲良く4人で取りに行こうぜ。」 


 犯人はニコニコしながら言う。

 恐怖に支配された海斗は何か裏があるとわかりつつも、まともな思考ができない。


「わかった。」


 啓介が答える。


「じゃ、行くか。あ、この血塗れの子供は俺がお手てを繋いでいくぜ。お前らが逃げられないように人質の役目も兼ねてるわけだしな。」


 邦男は犯人に首根っこを掴まれ強引に歩かされる。邦男を人質にとられている以上、迂闊に分散して逃げることはできない。

 海斗、啓介、琢磨は犯人について行くために歩き始めた。

 死体はもはや黒こげになりつつあった。




 犯人と共に行動し恐怖を感じながらも、大分状況を飲み込めるようになった海斗。犯人の車へ到達する前に犯人の狙いを読み解き、そして逃げる手段を考え出す必要があった。

 犯人はスコップを忘れたとのことで4人を車に連れて行くことにした。普通に考えれば、誰一人脱走しないように車まで付き添わせてスコップを取り出し、再び火葬場に戻る。そこで穴を子供達に掘らせ、死体を埋め、そして子供たちを全員殺して口封じ完了。

 犯人の狙いとして死体焼却の現場を目撃してしまった海斗たちを殺すことはまず間違いない。

 だが、何かが引っかかる。これだと効率が悪すぎると海斗は直感的に感じた。

 もっと手っ取り早くことを済ませる方法。

 子供達を確実に誰1人残さず殺す方法。


「!」


 海斗は一つの答えにたどり着いた。もしこれが本当なら、4人もろとも後数分後で殺されてしまう。そう危惧した海斗は急いで逃亡の手段を考える。

 考え、考え、考えあぐねる。


 そして


「ふ〜ぅ」 


 思いついた手段。海斗だけが作り出せる一瞬の隙。


 海斗はポケットからゲーム機を取り出す。

 啓介はさらに気づく気づく。 


「おい、何やってんだよ。」


「いいから、啓介くんは琢磨くんをを頼む。」


「ごちゃごちゃ何言ってんだよ?このガキを殺すぞ!」


 犯人が振り向いた。後はゲーム機のあれを起動させれば、


「犯人さん。スコップを撮りに行くなんて嘘ですよね」


 あれが起動し条件が揃う。


「あぁ?」


 海斗は瞬時にゲーム機を犯人に向け、カメラをオンにする。


 カシャ!


「ぐ!?」

 ゲーム機のカメラのフラッシュで犯人の目が眩む。


「大木の広場だ!逃げろ!」


 海斗は犯人の人質となっていた邦男を刺し傷が浅い左腕を引っ張り草むらの中へ飛び込む。


「行くぞ琢磨」


 啓介と琢磨も草むらの中へダイブする。


「くそ!クソガキども舐めやがって。ぶっ殺すしてやる!」


 犯人も草むらの中へ入って追跡しようとするが、視界がかなり遮られるため標的を的確に捉えられない。


「少し、我慢してよ!邦男くん!」


 海斗は強引に邦男を引っ張り、大木の広場へ向かう。

 静寂な森の中で起きた逃走劇。虫が一斉に羽ばたき騒々しさを演出する。



 無事に大木の広場へたどり着いた4人。

 だが、犯人がここを見つけるまで時間の問題だった。


「はぁ、はぁ、はぁ。坂本、お前やるじゃねえか。まさかゲーム機のカメラのフラッシュを目眩しにするとはな。」


 啓介が呼吸を整えながら海斗を褒める。

「おそらく犯人は車に僕たちを強引に乗せて一人づつ殺害していく予定だったのだろう。」


「そんな!」


 琢磨がびっくらこく。


「スコップを取りに行くなんて嘘。そもそもスコップなんて4つもないだろからね。僕たちをまとめて確実に殺せる場所。それは車の中だ。密閉された空間で閉じ込めて1人づつ刺し殺していけば口封じはできるからね。」


 海斗はそう説明する。


「おまえ、そこまで読んでいたのか。………って、邦男!?大丈夫か?」


 啓介は邦男のもとへ急いで行き、自分のTシャツを脱いで特に深い刺し傷を負ってしまった右腕に包帯として巻く。

 邦男は激痛が襲ってくるためもはや歩けそうにない。


「ごめん……みんな。僕があの時、いきなり飛び出していなければ犯人に見つからなかったかもしれないのに。」


 邦男は自分の身勝手な行動で焚き火に真っ先に出でしまい、結果として犯人に拘束されてみんなを危険に晒してしまった。そのことを申し訳なく思っているのだろう。


「気にするな!んなこと、くよくよするなよ!な、みんな!」


 啓介が場の空気を明るいものしようと邦男を慰める。


「啓介くん……ありがと。」


「邦男。僕も気にしてないよ!」


「琢磨…………ありがとな。そして坂本くんも。」


 邦男は笑顔を一生懸命作って、海斗に礼を言った。

「安い友情だな。」


「え?」


「本当に許されると思っているのか?そんな仲睦まじい様子を見せられても僕は笑顔100%にして君を許すわけない」


「坂本くん………」


「君のやったことはみんなを危険に晒した。下手したら君だけでなくみんな殺されてたかもしれない。僕は君や啓介くん、琢磨くんを助けたくてあんなことをやったんじゃない。自分だけで逃げてもよかった。たとえ君たちが殺されたとしてもぼくは何も感じない。勘違いするなよ。君を助けようなんてこれっぽっちも思っていないのだから。」


「おい、邦男は今怪我してるんだぜ。きつい言葉をかけるなよ。」


「そうだよ!だったら、なんで坂本くんだけ逃げないで僕たちまで助けてくれたの?」


 海斗は3人から目を逸らす。


「………。」


 海斗はまともな回答を放棄した。答えられないのではなくて答えるまでもないと判断したのだろう。そう、彼も気付いているのだ。自分が今揺れ動いていることを。それを周囲の人間に悟らせないように利己的な主張をして防衛線を張っているのも。

 海斗は生に対して誰よりも畏敬を感じてきて育ってきた。森と一緒に共存することで自分を森と一体化させようとしていた。だが成長するにつれ人間と自然の差異を感じざるを得なくなってきた。今も森に頼り、人間としての生を忘れようしている。だが、それができないのを薄々感じていた。人間として生きていかなければいけないということを。

 啓介、邦男、琢磨にとって先程の一連の逃亡劇は恐怖の体験にしかならないだろうが、海斗にとっては恐怖ともう一つの感情を有していた。それがとても新鮮であり、居心地が良かったと感じた。

 海斗は啓介、琢磨、そして邦男を見つめる。


 ふっふ


 と頬を少し緩めて言う。


「でもね。知らないことを知れたのは君たちのおかげだよ。だから、僕は君たちを守る必要があったのかもしれない。君たちを失うことは僕にとっては何か引っ掛かりがあったのかもしれない、だから僕は助けたんだ。」


海斗は抽象的に言って照れを隠す。

 啓介たちは顔を見合わせてよく理解ができなかったが、なんとなく晴れやかな気分になった。


「ま、よくわからんが協力してくれるってことだな!」


「何言ってるか、本当によくわからないけど、なんやかんや坂本くんは優しいってことね!」


「いや、邦男。おまえだけよくわからなすぎ。」


「えー!?ぼくだけ!?」


「あはははー」


 いつものリズムに戻ってきた。恐怖を味わい、敵に追われる中で壊れつつあった関係が修復し一層強化された。啓介、邦男、琢磨の3人とそして海斗が加わって。


「クソガキども!1人づついたぶっているよぉ。おい、余計なことは考えるなよ。余計な抵抗するなよ。もう、お前に活路は見出せねえよ。全くよぉ、お前らが余計な逃げ出ししなければ今頃はとっくにあの世行きだぜぇ。ちとばかり遅れたが、いずれ、逝かせてやるよ。」


 犯人は笑っているのか、怒っているのかわからない形相で迫りくる。




 海斗、啓介、邦男、琢磨は一列に並んで堂々と大木の前で仁王立ちした。


「そう。僕たちはあなたの無様な行いに首を突っ込んでしまった。僕の友達が殺されかけた。でも、この勝負僕たちがもらった。」


 時刻は19時頃。流石にこの時間になれば、大人も動いていてもおかしくない。



「あぁ?なに言ってんだ?そうか、死際でおかしくなってんのかなぁ!じゃあ、おとなしく逝けや!」


 そう。海斗たちは勝利したのだ。勝利のサインを見た瞬間。彼らは犯人を目を逸らさず力強く見る。




 バッ!




「ぐぅっ!」



 犯人の背後にライトが照らされる。

 複数人の男たちが林の中からやって来る。

 犯人はその男たちに取り囲まれ、取り押さえられる。

「警察だ!子供たちに危害を加える危険性があるため身柄を拘束する。」


「警察だと!?くそったれ!なんでここにいることが分かりやがったんだ!森の奥深くだぞ!」



 警察は犯人を取り押さえ、海斗たちは保護される。


「無事子供たちを保護しました。」


警官の1人がトランスシーバーで誰かと連絡をとっている。


「お前には、父親の和也さんを殺害した疑い及び死体遺棄についての逮捕状がある。」


「なるほどな。逮捕するために俺の家に向かったら、もぬけの殻だったから俺を探すために嗅ぎ回ってたわけか。はっは!おい、ガキども!テメエらさえいなければ俺は計画通りに死体を焼却して、埋葬してとんずらだったのによ!この恨みは消えねえぜ。務所に打ち込まれても出所するまでにテメエらを殺害する計画を立ててやるから精々余生を楽しめよぉ。」


 犯人は警察に連行された。あたりは大人だらけ。邦男の刺し傷があるため、4人揃って救急車で近くの総合病院へ向かうことになった。

 海斗は救急車に乗っている時にふと疑問を感じた。なぜ警察は犯人の居場所が分かったのだろうか?なぜ僕たちのことまで把握していたのだろうか?


もしかしたら


「まさか……ね。」


 森は再び静寂を取り戻す。虫の鳴き声。風のささやき。

 そして

 空き缶がまたひとつ増えるのだった。



 



 犯人との闘争劇から一夜が明けた。


 念のためとのことで海斗、啓介、琢磨も一日だけ入院した。

 翌日、退院手続きを済ませ、事情聴取に行く前に3人は引き続き入院することになった邦男の病室にいた。


「どうだ、大丈夫か?」


 啓介が邦男に聞く。


「大丈夫。特に痛みないかな。」


 邦男が答える。 

 幸い、大量出血はしていたが命に別状はなかった。


「にしても、下手したら俺たちは昨日でお亡くなりになってたかもしれなかったんだよな。なんかゾッとするな。」 


「警察官のお話では、犯人はお父さんのお世話に疲れてある時カッとなっちゃって殺しちゃったんだよね。怖いなー」


警察が昨日教えてくれたことによると犯人は認知症の父親の介護に疲れ、ある日そのストレスが爆発して父親を殺めてしまったらしい。


「犯人はいつもは温厚の人だったらしいな。優しいとか、思いやりがあるひとでも、何かのきっかけで豹変して全てを台無しにしてしまう。これって俺たちも当てはまるんだよよな。疑心暗鬼になっちまうよな。」


「それが、人間ってものだよ。結局、森と同じように人間のやることも自然法則の一種なのかもね。」


「なんじゃ、そりゃ。」


 啓介が海斗をつっこむ。

 海斗は苦笑いを浮かべる、


「海斗くん、」


 邦男が海斗を呼びかける。


「ん?」


「ありがとね。助けてくれて。」


 邦男は精一杯体を前に倒してお礼をする。


「だな。海斗がいなければ俺たちは助かってなかったわけだしな。サンキュー、海斗。」


「ありがとう!海斗!」


 家族以外で下の名前で呼ばれたのはいつ以来だろうか。こんなに何隔てなく呼ばれるのはおそらく初めてかも知れない。


「当然だよ。友達なんだから。」


 1人の警察官が移動の準備が整ったと4人に報告する。


「んじゃ、事情聴取行ってきますか!じゃあな、邦男。」


「じゃあね!」


 病院の廊下を静かに歩く。啓介、琢磨とその後ろに海斗が歩く。海斗は新たな一歩を踏み出そうとしていた。これからは森と生活するのではなくて人間と一緒に生活していくと。そう誓ったのだった。


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あぱていあ ちわか @karakurinoie

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