1節 出会い

「新兵器が開発されたと言うのだな?」

「えぇ、中将。これからご覧いただくのは日米合同で作った最新兵器です」


 コツコツと白銀に染まった長い廊下を二人の男が歩んでいる。

 一人は黒い服を着た50差し掛かかっているが衰えを感じさせず体つきがいいためか威圧感がある。胸ポケットや腕にリングとバッチを多くつけていることから位が高いのだろう。

 もう一人は白衣を着こんだ30ほどの男性で眼鏡をかけている。

 一見二人に共通点はないように見えるだろう。けれど腕に書かれた部隊を見ればわかるはずだ。

 日本国防軍統合作戦指揮部、日本国防軍特殊兵器開発群機構。

 2人以外にも廊下には人はいるのだが顔を見た瞬間、端によけ背筋を棒にしたかのように敬礼する。

 そんな彼らは基地の中でも薄暗く人通りのない場所……第666区画まで足を運ぶと。

 部厚い鋼鉄でできた扉がとびこんでくる。大きさは目測で約横6メートル縦15メートルとバカでかい。これほどまで大きな兵器など存在するのだろうか


「こちらに」


 扉の横にある端末を白衣の男が指をさすソコには小さな端末があった。

 LOOKと液晶に表示された場所に内ポケットから取り出した薄板をかざすと、文字がOPENと変わり重厚な扉がゆっくりと動いた。

 そこにあったのは12メートルほどの鋼鉄の巨人だった。

 いや正確には鉄ではない。もっと言うと地球にある物質ではない。

 金属なのか非金属なのか。有機物なのか無機物なのか。現在の科学技術では到底我々には理解できない。

 得体のしれないモノを作ることは狂っているのかそれともそれほど追い詰められているのか。

 満足そうに機体ドールの全貌を眺めていく。

 ドールの腕部側に回った時に暗闇で鈍く発光するものが見えた。


「あれは?」

「これですか中将。あれはモノですよ」


 2人の視線の先には透明なプラスチックの筒が鎮座していた。

 普通は整備場にあんなものは不適切だ。油や工具が転がってる方がまだ信じられるし、雰囲気にも合うだろう。

 しかし。


「中将。あれは人間ではありませんよ。これはただの人形です」


 そこに入っていたのは美しい少女だった。染み一つない白い裸体はまるでルネサンスの彫刻を創造させる。女神とか神秘的な感覚を生むだろう。老若男女誰でも目が奪われる光景が容易に想像できる。けれど本来、人には付いていない余計な付属物がそれを妨げていて、生物的嫌悪感がでる。

 魅惑から外れたのを見て白衣の男が淡々と話し始める。


「昆虫の変態を参考にして作成しました。人類の兵器はあまり効果がない無い事はご理解していると思います。そこで私たちは原点に立ち返ってみました。つまり目には目を歯には歯を……宇宙人には宇宙人を。しかし生物と言う都合上動物のように縦横無尽に駆けられたら手も足りませんから、我々が律ししやすくするために人と言う器を基本としました。これにより……」

「開発手段についてはどうでもいい。で、どうやって使うのかね?」

「こいつは言わば鍵でもあり頭脳(CPU)でもあります。しかしこれ単体では動かせるわけではありません。器はヒトですから、細胞が変質していよと限界があります。つまり操縦するドライバーが必要なのです。といっても調整の都合稼働しませんがね」

「安全装置を兼ねて人を載せる必要があると。しかし未知の生命体のものを利用してる。不足の事態やらで問題は起きいないのかね?」

「問題ありませんアレは死体です。あれから9年たっているのですよ。最初に日本を襲撃した個体です」


 忌々しい記憶だ。機械生命体……。

 五年前……脳裏によぎるのはあの光景。九州地方に上陸を許し町が焼け野原になった。

 辺りは瓦礫に満ちあふれ、そこら中に人であった肉片が転がりコンクリートをさびた鉄のようにひび割れていくのを。

 我々はドールを開発しており慢心していた。

 あの惨劇を繰り返してはならない。

 もう一度決意を固める……のは基地に響く振動でかき消された。

 サイレンがフロア一体に響き渡り、赤い灯が危機感を募らせる。

 中将と呼ばれた男性が腰から機械をつかみ取り。


「何があった」

『緊急事態です。機械生命体を到来を確認。さっきの振動は発射された砲弾の至近弾の影響だと思われます』

「了解。すぐに戦闘態勢に入れ。ドール部隊をA型で配備しろ」


 訓練された軍人の行動は迅速で瞬時に戦闘員は非戦闘員を退避させバンカーは静寂に包まれた。

 少女が目を薄く開けているのを気が付かずに。




 照りつける日光が辺りを照らし、蝉のなく声が一層のこと暑さを感じさせられる。

 昨晩は雨だったのだろうか?湿ったコンクリートで舗装された青臭い山道を、自転車で走る少年がいた。

 半袖の迷彩服を着、チェーンに引っかからないように短い黒い半ズボンをはためかせる。

 背中には同じく緑色の迷彩リュックパンパンに荷物が前のかごにも積み込まれている。見れば缶パンや保存食、中身入りのペットボトルなどだった。

 降り注ぐ光と陽炎ができるほど熱せられたコンクリから出る水蒸気に挟まれ、ダラダラと垂れる汗を首にかけたタオルでぬぐいながら、疲れたのかペダルから足を離す。

 少年の視線の先にあったのは木製の椅子だった。

 山道の途中には案外広々とした休憩所が多い。それはたまに登山客やサイクリングに訪れる人が多いからだ。

 と言っても置いてあるのは木の椅子とテーブルだけで寸分補給ができる水道はないだが、それでも疲労でいっぱいな少年……実吹海斗みぶきかいとにはやっと膝を休めるため嬉しかった。

 標高が低いといっても山は山。木々が開けているため町の様子が一望できる。

 重い自転車を止め、改めて軋む木製の手すりに体を託し町を見下ろす。


「改めて見るとひでぇもんだ」


 視線の先には整備された町が見える。小学生ガキの時に見た未来予想都市を実現させたのだが現在は所々に黒煙が上がっていた。

 携帯端末を取り出せば、どこも報道機関かしこも同じことを書いている。

 ――戦闘の流れ弾によってインフラ麻痺か――

 昨晩発生した戦闘によって民間居住区に流れ弾が十数発着弾。死亡者153名、重傷者604名。一部地域では火災や停電などが起こっています。これは太平洋側から侵入してきた機械生命体・・・・・との交戦によって起こった事で現在、日本国防軍の発表によれば侵略者は撃滅できたとのことです。新しい情報を入手次第お届けします。

 戦線に程遠い北部でこれであるから元埼玉県の惨状は想像を絶するだろう。


「機械生命体か……」


 ――機会生命体きかいせいめいたい

 2023年突如現れ世界中に戦火の種を撒いた機械なのか生き物なのか、生命体と呼称されているがそれもさだかではない。

 大きさも1m大から20m超えるものあり個々の名前を指すのではなく〇〇科の扱いだ。

 宇宙からの出現(と仮説が立てられている)に我々はなにもできなかった。

 通常兵器は奴らに傷をつけることしかできず、三次元的機動を駆使し対地、対空戦闘もをこなす。

 制空権さえ満足に手に入れられず、地上からの攻撃は高高度に退避してしまう。

 世界中の都市は一瞬で阿鼻叫喚になった。

 無論日本も例外ではなく東京が一瞬で焼け野原になり国家機能が停止し、アメリカが救援に来る5日間日本は無政府状態であった。

 東京から疎開した人々は、東京を半円で囲むように周辺で新しい都市を作り第二の住居フロンティアにすべく翻弄ほんろうしていた。

 あれから9年が過ぎた。

 日本国民は新たなる首都〈新関東統合都市〉を建設。新たなるスタートを切った。

 しかし経った1年で世界に刻まれた12億の命の傷跡は癒える事なく、人類は滅亡の坂をゆっくりと下っている。

 その犠牲者の半数以上は人によって踏みつぶされたのは悲しいかな。

 けれど人類はポット出の宇宙人におとなしく殺られるのを指を加えるほど大人しい生物ではない。

 5年前の九州防衛戦で機会生命体の亡骸を15体手に入れ解析し、始まりの9年のデータを使い新たなる刃を完成させた。

 多目的人型戦術戦闘機。

 ドールを開発した。

 インナースケルトンを土台にし特殊装甲を付与。

 戦闘力を維持しつつ生産性を重視した物となっている。

 そして最大の特徴はマギエンジンである。

 このマギエンジンは機械生命体出現と同時に発見された魔素と呼ばれる物質を使用する。この魔素はそのままでは人体に無害な物質であるのだが、分解することにより膨大なエネルギーを生み出すことが可能であり第二の核と言われるほどである。

 何故か核爆弾は効果がないこれにより機会生命体の装甲を貫通強いるほどの破壊力が出せる。

 ただマギエンジンはそれ相応の大きさになるので戦車や戦闘機に積むことが出来ない。

 それでも性能はすさまじく中型(10メートルクラス)1体につき30機で互角並みに戦えるのだ。

 が、結局永遠の消耗戦で一回10万から3万に死亡者が減っただけなのだ。

 襲撃して来るタイミングも完全にランダムである、しかし救いがあるのならば五年前の大規模攻勢いらい単体でくることが多くなった。

 今回も単騎で飛来したのだろう。


「ほんと、どうなんのかねぇ人類は」


 ペットボトルのふたを閉めもう深呼吸、柵から離れ愛する妹が待つ我が家へと翻ようとしたとき。


「ん?鳥……けど何だ」


 柵の右先10メートルほど下にたくさんの野鳥が集まっているのが見えた。しかし木々がい茂っておりその全貌は掴めない。

 個人的な考え方だが本来、鳥が地面に足を止める事はない。比較的木の枝や電柱など高所にいる事が多い。

 そんな鳥たちがあんなに群がっているのだ。動物は人間より生物的危険察知能力が高いことは知られている。


「降りるか?」


 幸いにも柵の奥は坂になっており緩やかで、コンクリートブロックの間に生えるコケに足を取られなければ容易に下れそうだ。


「見てみたら鳥が死体ついばんでましたーとかやめてくれよ」


 一人独言を放ち、四脚を使いながら滑らないようにゆっくりと降りていく。

 指先を緑に染めながら足を草に踏み出す。

 天高くそびえたつ木々が日光を大きく広がる葉が邪魔し昼なのに薄暗い。けれどそれに不快感はなく心地よい風が頬をなでる。

 高所から降りたため位置は分からなくなってしまったが、しかし青臭い中に混じる微かな甘い匂いが海斗を導いていた。

 膝まで伸び、雫を垂らした草をかき分け枝を踏み抜き進んでいくと鳥の群れが視界に入る。

 ピクリとその内の一体がこちらを向き、一つの生き物様に一斉に羽ばたいていく。壮大な光景には視線をくれず、少年は鳥の中から出てきたものを見つめていた。


「女の子か?しっかしこれは……」


 ソコには地面に横たわる少女がいた。肌の色からアジア系なのはわかる。

 髪型は前髪を目に入らないようにピンで止めていて右方を三つ編みにしている。黒というより若干茶髪だろう。

 問題は衣装だった。

 ラバースーツと呼ばれるものだろうか?黒光りスーツが密着し胸や太ももなのがより艶めかしく強調されている。ある意味裸体より扇情的に映るかもしれない。

 全体的に黒を基調としたもので。ところどころに拘束具を連想させるベルトが巻き付けられているが、一部肌が露出しているためハイレグにも見えるかもしれない。

 そして下腹部には独特なハート型の紋章のようなものが刻印されている。

 そして右肩にはバーコード……。

 端的にわかりやすく例えるならば。


「エロによくある闇堕ち系のやつだわこれ。てか生きてんのかこれ。大方肩のバーコード辺りから性奴隷として密輸されたんだろうが」


 おーいと耳元でこえをだす。応答はない。

 今度は肩に手をかけ大きく揺らす。服?の上からわかる柔らかさを感じながらもう一度呼びかける。


「……死んだんじゃないのこれ。俺は死体愛好家ネクロフィアじゃないんだけどなぁ」


 こんなに呼びかけてみて反応アクション一つ起こさないなんて。

 今の世の中では命は軽い。ゴミ捨て場に人間が捨てられてるのだってたまにある。山に放棄されてるモノを見るのだって珍しくない。


「脈ぐらい確認するか」


 こんな黒光りする衣装で脈を図れるおだろうか。

 脈を図る際、首筋や手首や足の内側がよいとされている。太い血管があるからと理由もあるがその血管が皮膚に近いからだ。

 通常皮膚の上から測るため近くないと人では判別できないからである。

 首は……首輪のようなものが取り付けられており無理だろう。下手にいじってバン!というのが起こるかも知れない。

 それに、胸には黒光りして赤い線が奔る宝石が取り付けられている。軽く引っ張てみたが、溶接されているかのようにビクとも動かない

 手首は、ブレスレットがじゃまだな。いやそもそもプラスチックの様なプロテクターと一体化していてこれも外すのは無理だろう。

 足は、露出している部分があるが……判定的にやばいところに触れてしまうので無理だ。


「あー、ぅんどうしよかな」


 下心もあるわけだが、山の中こんなところで寝てるんだ別に服の上からならいいかと開き直り胸に顔を埋めた。

 柔らかなクッションが離そうと押し返してくるのを無視し無理やり耳を張り付ける。

 トクンと小さな鼓動が聞こえた気がした。いや確実に聴こえた。

 すぐに顔を上げスマホを取り出す。位置情報をオンにし、座標を紙のメモ帳に書いて110に電話コールする。


「なんでだ。つながんねぇ……」


 しかし警察につながらない。

 どうしてだ?その答えはすぐに出た。

 ――電話線のパンク。震災のことを忘れてるのか!?あのクソ疎開民どもが。

 あの下には東京から疎開してきた人々が住んでいる。今頃無事を確認するために電話しまくっているのだろう。

 緊急事態の方のみお使いくださいと書かれているのに。地震の時、電話線がマヒして救助が遅れて死んだ人が大勢いたってのに。

 海斗は舌打ちをしながらスマホをポケット乱雑にしまった。この調子じゃ病院や消防署もおんなじだろ。


「拾っていくしかないのか」


 明らかに普通の恰好ではない少女を家に上がらせることに抵抗を覚えたが。

 見殺しにする勇気もないしな……。


「おっも!60kgはあるんじゃね……」


 改めて見ると足や胸などが大きくどちらかと言えば少年の方が華奢に見えるであろう。

 腕を肩に引っ掛け、バックにある結束バンドを取り出し二の腕に固定。動かないことを確認したのち来た道を引き返す。

 自転車にまたがり。


「あぁ、さすがにダレてんのに、二傑はバランス取れなくてむりだろ。そもそも乗れないけど」


 意識がないものを持ち上げているのは地味につらい。関節が自由に動く都合上重心が動きまくるからだ。起きて背筋ピーンしてもらった方がまだバランスがとりやすい。


「あっつぃ」


 荷物が新たに増えた少年は自転車を押しながら山道を進んでいくのだった。


「これ人通りが少ないからいいものの、見られたら変質者だぞこれぇ……」


 少年は汗を垂らしながら山を下っていった。




「ただいま」


 2つの鍵をあけ扉を横に動かす

 家には少年の声以外誰も返答をしない。

 かすかに聞こえる電子音から同居人いもうとは二階でゲームをやっているのだろう。何時ものことだ。

 2階建てで広々とした自宅だ。本来は3世帯住宅として設計されていたが今住むのは俺含めて2人、1階は和室が多めでリビングやキッチンなど生活用のものがそろっている。2階は書室に各々の部屋、物置に空き部屋などがある。

 家の場所はちょうど町の反対側で山を挟むような位置関係だ。

 家の裏に山、その先に町。無論山を越えなくても電車などを使い回り道をすることは可能だ。動いてれば。普段からあんな山道上るわけない。

 バックからナイフを取り出しバンドを切り外す。ナイフをしまい少女をゆっくりと畳の上に寝かす。

 炎天下の中運んでた影響か体には赤みがかかり意識がぶれる。

 火照った顔のふっくらとした桜色の唇に目が奪われるが首をふるう。

 くぅと音がした。は?っと思い音の根本に視線を向ければ少女からだった。


「どうせ昼頃なんだ3人分作って起きなかったら余ったのを晩御飯にするか」


 そう立ち上がりキッチンに向かい歩いていく。


「あー停電したからか、バッテリーがあるからってすぐ切り替わるわけじゃないからな」


 こんなご時世だ。もしもの停電のために一家に一台自家発電あるいはバッテリーを備え付けることが政府から推奨されている。停電が起きた際、自動的に予備電力に切り替わるのだがどうやらうまくいかなかったようだ。

 いくら閉じていたとは言えこの熱波だ、これ以上痛まないようにさっさと使おう。そう思い冷蔵庫を一通り見まわった海斗は両手に生鮮食品を抱えていた。


「一回止ったから痛んでるだろ腐らないうちにとっとと作るか」


 まな板に食材を置き手際よく切り分けていく。

 玉ねぎと豆腐とじゃがいもは味噌汁に。しゃけは塩撒いて焼いて、ほかの野菜はサラダでいいか。

 料理に夢中になった海斗は少女の指がかすかに動いていたことに気が付かなかった。


「できた。たっく……独り言がすっかりくせになってるな」 


 コップに水を入れ冷やそうとすると。


「あぁ!停電のせいで自動製氷室の中の氷が合体してる。取り外すのめんどくさいな」


 元氷だった物が溶けて棚にこびりついてしまっている。このままでは冷気孔がふさがって壊れてしまう。思いっきり引き出しを引っ張りロックを外し床に置く。

 この暑さならほおて自然に溶けるだろう。


「ん?あ、一回あの少女の様子を見に行くか。気分転換をねて」


 少女を寝かしているリビングの障子を横に動かす。


「まぁ起きるわけないか」


 一様リビングにはエアコンを起動し室温を下げてはいるのだが、瞼を開ける気配はない。

 少女のそばに寄りかかりながら汗を拭おうと手を伸ばすその時。

 素早く伸びた黒い腕が少年の手を力強く握った。

 え、と海斗の顔が驚愕に染まる。思考に空白ができる。

 それを狙ったのかどうか?抵抗する間もなく勢いよく畳に押し倒された。


「がは」


 肺に溜まった空気が一気に排出され、視界が一瞬霞がかかるが何とか歯を噛みしめ少女をどかそうと両腕に力を入れていく。が動かない。

 なんて怪力なのだろうか。岩をたたき割れそうな腕力になすすべなく落ちていく。

 右腕をバックに伸ばしナイフを取ろうとするがあと数センチ届かない。伸びた腕はバックの手前の空をきっていった。

 くっそこんな時に。

 少女の方に向き直ると光がともっていない深紅の目が眼前に広がった。

 片手を離したから……。

 そのまま近ずいていき。


「!?」


 口をふさがれた。

 無理やり柔らかいものが侵入していきぴちゃぴちゃと口内の唾液をなめとる。

 甘ったるいにおいが鼻孔をくすぐりどんどん力が抜けていく。

 息継ぎのためか一回背を少女はのばす。

 高揚とした顔で糸を引きれた唾液を指で拭い口に含む。

 あらかた舐めとったのかもう一度口をふさいでくる。

 舌が入るのを抵抗することなく受け入れる。

 甘い味だ……。

 脳がぐちゃぐちゃとかき回され、思考が定まらない。まるで混じって|溶けて(、、、)しまいそうだ。

 指先の感覚がなくなってくる。

 もうどうでもいい。

 あいてをどかそうとかたをつかんだゆびがほどけていく。

 てがゆっくりとじめんにおち。

 ピーとリビングから甲高い電子音が耳に届いた。それは開けっ放しの冷蔵庫。

 ――『あぁ!停電のせいで自動製氷室の中の氷が合体してる。取り外すのめんどくさいな』

 この暑さなら自然に溶けるだろう。――


「っ」


 我に返った海斗は体重移動を利用しながら、がら空きの腹部に膝蹴りをお見舞いした。

 想定外だったのだろう想像より安易にはがれ壁に転がっていった。

 瞬時に海斗は立ち上がり左手でポケットからハンカチを取り出し唾液を吐きだし唇を拭った。


「ごほ、はぁ……甘い罠ハニートラップされる覚えははないんだがなぁ!」


 であった居乳美少女からのキスをうらやましがる人は多くいるかもしれない。しかし今の世の中を忘れてはいけない。

 ここ日本は極東で唯一のアメリカの拠点である。機械生命体到来後もアメリカの武力はいまだ健在で世界中で大規模な戦争が起こっていないのはその影響力ゆえである。

 しかしそれを良しとしない勢力がある。当てはまるのは元共産圏の国家である。

 アジアは元共産圏が多いのは百も承知であろう。

 日本をつぶしてしまえはアメリカは長い太平洋を渡って来なければならず、監視の目が消える。

 日本はいわば交渉戦の最前線フロントライン

 昨年、防衛大臣が中国工作員のハニートラップで毒殺されたのは記憶に新しい。

 頭がとろけるような感覚。

 毒物に関しての知識はないが、口に含んだ瞬間に効果を発揮したのだから即効性のものだろう。

 致死性が低いものだと信じたいが……。

 バックに指を突っ込みながら交代する。ナイフを出していないのは恐怖からなのか迷いからなのか。


「あぅ」


 リビングの境目まで後退したとき、少女は呻いた。


『データリンク失敗、接続が切れた模様。データの破片のサルベージ開始』

「は、何を……言っている」


 少女は突然言葉を発した。しかしそれは海斗の知っている言語ではない。海斗はゆっくりとナイフを握りしめ少女を見つめていった。


『エラーメインデータの破損を確認。パーソナルデータが構築不能。緊急事態とし先ほどの破片からパーソナルデータ作成』


 英語、中国語、ドイツ語、イタリア語、フランス語、ロシア語。頭の中に浮かんだ言語と示し合わせるが合致しない……。

『パーソナルデータ作成完了。データリンクの破片を読み込むため再起動』


 ピクリと少女は痙攣したのち目を見開く。けど先ほどよりその深紅のひとみには意思が宿っているような気がした。

 上半身を立ち上がらせ。

 さっきまでの力強さと打って変わって少女は綺麗な声音をしながら言葉を紡いだ。


「エネルギーが足りない……」

「は?」

「お腹……空いた」


 これが少女――文月との出会いだった。

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