甕覗の恋心

綾乃雪乃

こいあいのかのじょ

大きな雲が流れる、どこまでも晴れた空の下。

セミの鳴き声が不快なほど大きく響き、水分を忘れたアスファルトが触れるものすべてを焼いてしまおうと獲物を待ち構えている。

じりじりと、太陽の光が悪意を持って肌を焦がす。


その全てから逃げるように、僕は屋上の片隅にいた。



『明日から夏休みだが、ちゃんと宿題やれよ、ご飯食べろよ、元気で会おうな』



つい2時間前に担任が言ったはずの言葉は、もうずっとずっと昔のことのように脳裏によみがえった。

ホームルームが終わるや否や、ほとんどの生徒が早めの夏休みを謳歌するため足早に教室を去っていく。


そんな明るい顔をする人々を尻目に、僕はにこりとも笑えず、1人で屋上に行って日陰に隠れた。



側には食べ終えたパンのビニールが残骸となって落ちていて、空のペットボトルが転がっている。

片付ける気はない。

ただじっと、体育座りで陽炎かげろうを見つめていた。



雪斗ゆきと



いつもの明るい声が聞こえるまでは。



「…栞菜かんな

「こんっなに暑いのにまた屋上にいるなんて!熱中症になっても知らないよー?」



茶色い髪を高い位置に束ねるリボンは濃い藍色。

昔から変わらない、すこしだけ目尻の上がったキツネ顔。

両手を腰に当てて僕を見下ろしてくるのは、幼馴染みの栞菜かんなだった。



「ここは涼しいから、別に平気」

「私はそう感じないけどー?」



彼女はいつもより高い声で僕を笑う。

それをいつも通りの顔で見つめた僕は、また視線を陽炎に戻した。



「まったく、動かないなら私も座る」

「ドーゾ」

「…ふふ、うん」



怒っている割りにはすこし嬉しそうに栞菜が僕のとなりに座った。

両膝を立てて、スカートを押さえるように両腕をふとももに回して、体を小さくして前後に揺れる。

その姿を無視して、僕は片足を伸ばして顔を上げた。



「…ねえ」

「ん?」

「今日はいつ帰るの?」

「ん…決めてない」

「そっか」



時々僕らはここで、放課後を過ごすことがあった。

生まれたときから幼馴染みをやっているからか、何となく2人で集まり、他愛もない話をして、のんびり隣同士の家に帰る。

そんな日々を、僕らは送ってきた。



「雪斗、アイス食べたい」

「あー、そうだな、このくらい暑いと美味しいだろうな」

「うん、でしょ」



「テストの結果、どうだった?」

「ぼちぼち、お前は?」

「うーん、ぼちぼちかな」

「そっか」



「そういえばね、ミキちゃんたち、来週海行くんだって。楽しそうだよね」

「へえ、来週はもっと暑いんだろ、日焼けすごそうだな」

「はは!確かに!真っ黒になって皮ベリベリめくれてそう!」



「ねえ、雪斗」

「うん」

「わたし、ふられちゃった」

「そっか」



できるだけ僕はいつも通りにそっけない返事を返す。

隣は見てない。

だけれど、栞菜が体育座りのまま額を膝に落としたのはわかっていた。


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