◆ 絶望のリトル・ブレイブ 01 ◇

◆◇◆◇

──薄れ始めた意識。

──ぞわっと身の毛もよだつ恐怖。

──絶体絶命!

◆◇◆◇


 瞳の奥でゆらゆらと炎が揺らめいた。

 どす黒い漆黒に染まった、もう見るからにヤバそうな悪意が満載!

 ニヤァ……って緩んだ口元から、まるで獲物を前にした捕食者のように舌なめずり。


 ドキッ

 ドキッ

 ドキッ!

 心臓が私の胸を中からドカドカ叩く。

 サイレンみたいな警告音が喧しく頭の中に鳴り響いた。

 本能的な部分がヤバくて危険な状況だ! って喚いてる。逃げろ逃げろ逃げろっ!!!!


 でも、体が動かない。

 いつの間にか、ぎゅっと体を締めつけられていたから。

 早い……なんてもんじゃない。まるで空間を圧縮して進んできたかのようにぬるっと迫ってきやがった。


 じ~~っとその大きな瞳が真っ直ぐ睨んでる。デッケェ瞳。キラキラ眩しい。その中で幼い私はガタガタ震えてた。まるで蛇に睨まれたカエルだ。テレビで蛇に喰われるカエルのドキュメンタリーを見た時、おいおい自分の命がかかっているんだぞ、もっと抗え、闘え! って応援したけどさ、これは……ムリです。今から食べられますお願いしますサヨウナラ、って内心諦めるよね、普通は。


    ◆◇◆◇


 ――数時間前。

 私とサクラは商店街を歩いていた。

 もわっとした湿度たっぷりの生暖かい吐息みたいな不快な空気が辺りに充満してる。肌にべとっと張りつくからイヤだ。振り払おうと腕を振るうと逆にへばりつくジレンマ。


「だから冗談よ」

「いやいやいやあの顔はガチのマジ」

「別に言葉通りの意味で言ったわけじゃないわ。比喩みたいな感覚。ホントよ。何よその顔は……」


 ――私んちで開催される、恒例(になってしまった)の私の成長記録アルバム鑑賞会。

 サクラは私のお母さんとまるで上流階級のお茶会であらあらうふふ♪ な雰囲気を醸すお嬢様みたいな感じで、幼い頃の私の姿を堪能するんだ。


 最初は「きゃあっ! こ、このレイ可愛い過ぎます!」とサクラは珍しく声を上げていたのに、だんだんと慣れた……というかおかしくなり、ページを開き、二人で小さく頷いて暫し鑑賞して次のページに移る、という異様な凄味を秘めた不気味で不可解な光景に変わりつつあった。


 怖いから、

 恥ずかしいから、

 それもう三週目だよね! と私が声を荒げても二人は動じず、公園の砂場で倒れて砂まみれの幼い私を見やって妖しく微笑んでいた。うちのお母さんもサクラに感化されたのか狂ってるのが怖い。ってサクラの思考を読んだら【レイママがレイの可愛さを浴びても普通のママだったのはやはり一人の親としてレイと節度を持って接したことで自我を保っていた。しかし、私とレイを愛でるうちに、あ、やっぱりうちのレイって可愛い……と気づき、だんだんと親フィルターが剥がれてしまったかもしれないわね(゜∀゜;)】テメェの所為かい!!!!!


 で、その時にサクラがぽろっと零した言葉が以下です。


 ――もうこの可愛さは犯罪級ですね、普通に監禁したいです。


 さらりと言った。

 他愛の無い会話の一コマみたいに。

 うちのお母さんもわかる! って頷いてるし……。

 マジヤバい危険です。助けてくれ……。


「監禁ってのはまぁ確かに言い過ぎたわね。箱入り娘、外界との接触を最低限までに控える感じよ。例えば、家の外には病気のウイルスが蔓延して出歩いたら感染してしまう──、と伝えて外に出さないようにするの。他にも――」


 サクラはブツブツと外に出るにはマスクが必須となり、なんか大国がいきなり開戦して更には宇宙人が来襲する! と恐ろしい妄想を繰り広げる。その世界のジャンルはファンタジーだよ。


 ふと我に返ったのか、鞄を開くとファイルから数枚のカードを取り出した。


「ふふっ、手に入れちゃったわ!」


 サクラはニヤニヤっと嬉しそうに微笑み、口元を隠すようにそのカードを私に向ける。

 普段は研ぎ澄まされたナイフみたいな可愛い顔してるのに、こうして笑顔を見せるとこれまたカワイイから困る……。

 最近特にそう思う。

 前まではこいつ顔いいな……って感じだったのに、その隙間から滲み出る柔らかそうなもちっとした愛らしさにドキッてしちゃう。

 と、ここで私は思考を停止させる。そのカードに写った物体をなるべく見ないようにしたけどさ、いや……ここは心を鬼にして立ち向かうとぐっと奥歯を噛み締めて覚悟を決めたよ。


 そのカードは、サクラの欲望を掻き立てる課金カードでもトレーディングカードでもなく、そもそもカードじゃなかった――写真だ。

 流行のアイドルや可愛い動物は、写っていない。

 ただの一般人……。

 そうですよ、

 私が、

 写っている写真です。

 もっと正確に説明すると、少女──じゃなくて、もっと幼い頃の小学生になる前くらいの少女にも満たないちんちくりんな幼女レイが写っていた。

 一枚はソフトクリームを大口開けて食べる寸前の姿、もう一枚はカッパを着て雨に打たれている姿。


「アルバムから抜き取ったの? また罪を重ねてる。いい? 日頃の盗撮はもちろん窃盗も犯罪だからね。たとえ相手が友人でも警察に告げ口する勇気、私は持ってるからね」

「違うわよ。レイママに欲しいと伝えたらデータをくれたの。で、さっきコンビニのプリンターで印刷したのよ」

「ふうん、じゃあ問題ないか……」

「うん」

「真顔で頷くな! 自分が今何をしているのか、もっと客観的に見よう」


 悲痛な叫び。

 私は泣きそうな顔と声で訴える。

 でもサクラには届いていない。掠りもしない。まるでミサイルをしこたま打ち込んで凄まじい爆発の後にもうもうと煙りが立ち上り「やったか?」と誰かが言った瞬間無傷のサクラが出てくる、そんな感じで無敵だ。


 やれやれ、またサクラの怪しい写真ファイルが膨らんでしまう。

 データだけでは飽き足らず、最近は写真を今回みたいにわざわざ印刷してファイルにまとめている。一度、サクラの思考を読み取って、サクラがいない時に隠しているファイルを発見して中を確認したことがあるけど心底震えた。私のすぐ隣に欲望に塗れた悍ましい獣がいるじゃんって。


 サクラは愛おしそうに写真を眺めている。

 瞳の奥で真っ黒な炎をゆらゆらと揺らめかせながら。

 まただ……。

 監禁したいと口に出した時も、澄ました顔しながらなんかゆらゆらさせてたよ……。


「うぅ、サクラに時をかける能力が無くてマジで助かった……。もしも幼い頃の私に出会ったら普通に誘拐されて監禁されそう」

「しないわよ」【※筆舌にし難い恐ろしい妄想】

「ひぃ!」

「いきなり飛び上がって、なに?」

「せ、静電気です……」


 もしもサクラが過去に飛べる能力に目覚めたら、その瞬間過去の私に何かあったんだが、体が段々透けて私の存在が消滅する、という展開になりかねないので、能力発現は絶対に阻止しようと誓った。


    ◆◇◆◇


 今日はサクラ家にお泊まり。

 晩ご飯を作るのはめんどくさい、ファミレスに向かった。

 その帰り道。

 まだ外は明るかったから、私たちはぶらぶら商店街を探索していた

 なんかますます空気が淀んでる、気がした。

 見えない霧が立ちこめるような不快感。

 知らないはずなのに――なぜか、この感覚……全身にじわっと滴る汗みたいな緊張感が懐かしいというか……怖い、怖くない?


「レイ?」


 サクラの声がちょっと震える。

 普段よりも互いの肩までの距離が狭いよ。

 匂いみたいに、レイ私の手を握りなさいよ……ってサクラの感情が漂ってくる。ぞわっと肌が削れるような感覚に、思わず手が伸びそうになる。だけどここは敢えて無視します。素知らぬ顔で。そうするとサクラは苛ついて焦るようにプリプリする。そんな愛らしいサクラの姿に心が震えた。良心の呵責。だがしかし、私は無視を決め込む。で、根負けしたのかサクラはそっと私の手を握ろうとしてくるので、さっとその指を掴んだ。


「なに?」

「え~サクラが怖がっていたみたいだから手を握ってあげたの」

「別に怖がってないわよ」【ウソ、ホントは怖いから嬉しい……けど絶対焦らしてきた、でもそれでも嬉しい……好き(*´ ˘ `*)】


 ガシャガシャガシャ――。

 私たちが進むたびに周りのシャッターが閉まり始める。

 別に私たちのことを睨んだり怖がったりしてるわけもなく、なんか普通に時間だから閉めますか、って感じ。

 でも同時多発はビビるよ。

 ポツポツいた人の気配も消え去って、静かでひんやり寒い。サクラと手を繋いだ部分だけアツいけどさ。


 戻ろうかな……とサクラに提案しかけたところで「あそこに駄菓子屋あるじゃん」と見つけて思わず口に出しちゃった。


「こんなところに。……え、入るの?」

「夕飯早いからお腹減るし、適当になんか買って夜食べようよ」


 サクラは嫌がっていたけど、しぶしぶ私の手を握って駄菓子屋に向かう。ドキドキと脈の音が交互に跳ねてる。ウソ、私たちどっちも緊張してる? 心音が伝播し合う。なんで? サクラと一緒に駄菓子屋に入ったことは――ない……はず? いや、でも一回あるような――。


 よくよく辺りを見渡すと本当に駄菓子屋だけが開いてる。他の店は壁に成りすますみたいにシャッターが降りてた。まるで、私たちをその駄菓子屋に誘導するみたいでなんか作為的だ。――そう、だからこそ……私は進んだ。受けて立とう、って鼻息荒く。


 駄菓子屋の店内は妙に明るく、お菓子が壁一面にびっしり並んでる。結構年季が入ってるな。こんな僻地にある駄菓子屋にガキが来るのかと思ったけど、案外こういうところにある方が秘密基地感があって男子とか好きそう。きっと私たちみたいに誘い込まれてるのかもしれない。

 私たちは手分けして小さなカゴにお菓子を積み込む。もしも小学生に目撃されたら羨ましさで涎がドロドロこぼれ落ちそうなほど手当たり次第に大量に。


 飴玉も鷲づかみにして選んでいると、「見てサクラ、若返り玉だって。ウソくせ~」


 高濃度エーテル配合、組み込み術式を発動させて肉体を若返らせる……とかなんとか意味不明な文字がド派手にギラギラしてなんか安っぽい。


「でも買うのね、2個も」

「スナックばかりだと飽きるしね。飴と……あとガムも買っとこ」

「でもその飴一個30円もするじゃない」

「ね、私が小学生だったら投げ捨てるように戻してたよ。たった100円が巨万の富となる駄菓子屋で30円はあまりにでかい。が、JKの財力を舐めるんじゃない」

「そ、じゃあ毎回くまたんグッズ買って~、と私に今後たからないでね」


 サクラは下流階級の人間を蔑むような冷たい目で私を見つめた後、小さなヨーグルトのお菓子を手に取った。心臓がぶるっと縮み上がった。友人に向けては許されないような恐ろしい瞳だった。


 その後も適当にお菓子をカゴに詰め込んで、店の奥に座っていたおばあちゃん店員に精算してもらう。スローモーションみたいな動きなのに、なんか吸い込まれるように見ちゃう可愛いおばあちゃんだった。長い髪を耳元で救う仕草がカッコイイ。


★☆★☆


 ――サクラの家のリビングのソファ。

 サクラは私の膝を枕に――膝枕にして弛緩していた。まるで猫みたいに丸くなってる。サクラを撫でながらお菓子を頬張りバラエティ番組をダラダラ見ていた。


 サクラは【レイの太股柔らか……。この柔らかさが顔から脳まで浸透して脳がとける……あっあっあっ……_(┐「﹃゚。)_】といつもの調子で溶けていた。最近ずっとこの感じだから、そろそろ耳から溶けた脳みそがドロドロ~ってこぼれ落ちないか本気で不安……。


「脳みそってさ」

「ん?」

「耳から出てきたら、そのまま戻せば大丈夫なのかな?」

「何その質問こわっ」

「なんかサクラの耳からどろっと落ちてきそう」

「出てこないわよ」【多分……】「レイ……そのお菓子」

「ほい」

「いや違う……そっちの――」


 スティックのスナック菓子をサクラの口に突っ込むと、リスみたいにサクサクと食べる。可愛い、と思った私は油断していた。サクラは私の指まで食いつこうと目を光らせてる。ギリギリのところで指を離すと、カチンっ、とサクラの歯がかみ合う音が響く。【あと少しでレイの指を合法的に舐められたのにっ!】

 ……もう一本口に突っ込む。

 今度は少しだけ食べるスピードを落としてる。私を油断させて最後にぱくっと襲いかかってくるために……。


サクっ

サクっ

サクっ

サクっ

サクっ

サクっ

サクっ

カンッ!


 寸前のところで指を引っ込める。

 虚しくカチカチ……と歯が重なる音が鳴った。

【あっ、また失敗……。今なら指先についたお菓子のカスを舐め取るという理由を盾に舐めることができるのに。次こそ……次は絶対に――】

「あの闘志燃やしてるところ水を差すようで悪いんだけど、私の指は美味しくないよ」

「美味しいわよ! ──いや、違うの、その……お菓子のパウダーをまとった指なら美味しいかもしれないわね、という意味で、レイの指が美味しそう、という意味じゃないのよ。信じて。何よその目は……」

「前から言ってるけど私はサクラの思考読めるんで、全部ウソだってわかってるから……」


 指先に集中する視線に怯えながら、テーブルの上に手を伸ばす。

 こびりついたお菓子のカスをティッシュで拭い取った。

 するとサクラはびくっと体を揺らして驚いた。


「そんな……レイなら絶対に舐めると思っていたのに」

「サクラはいつもそれ。勝手に期待して、勝手に裏切られて落ち込んでさ……。全て自分の思い通りになるって期待するのよくないよ」


 このままお菓子をサクラの口に放り込んでいたら指を噛みちぎられそうな気がしたので、テーブルの端に転がっていた飴の包を掴んだ。若返り玉、とか胡散臭さ抜群の飴だった。包みを破って匂いを嗅いだ……。普通のソーダ味っぽい。


「はい、あーん」

「……う」

「おら、次は飴食え」

「飴って、なんか……」

「ん?」

「ううん、なんでもないわ。前にレイに飴をもらった時は、何か……あったような気がしたのだけど、気の所為ね──」

「うっわ、もぉ意味深なこと言うな。それ絶対なにかあるやつだよ! 後々重要な証拠になって事件解決の手掛かり。どうにか思い出して!」

「はいはい……あ~ん」


 サクラの口に飴を放り込んだ。

 頬に飴の形を残して膨らむ顔が子供っぽい。じっと見つめ合う。言葉を剥ぎ取られたみたいな静かな瞬間が流れる。いつの間にか指が握られ、すっと刃物が差し込まれるみたいに絡まる。ぎゅっと握るとサクラは堪えきれずに、微笑む──。サクラは幼い私を可愛い食べたいと思うけど、サクラの幼い頃も絶対に可愛いと思う。もしも幼いサクラに出会えたらレイお姉ちゃん! って呼ばせて姪っ子を愛でるように可愛がるのに……。


 ──瞬間、ピカッ! と眩い光が広がった。

 え? え? と何事かと思って膝を見やると、私の膝枕でとろけていたサクラが光り始めた。キラキラ~! って真面目に光ってます。……私の膝で、新たな力が発動? なんわけない! って即座に理解する。サクラのし掛けたドッキリ? いや、流石に思考とろけていたし、飴を舐めていた時はなんか──その……顔が自然と近づきそうで……ええっと、なんだっけ……不意打ちしてくるような気配も感じられなかった。


 ──光の線が繭のようにサクラを包み始めた。な、なにこれ……。現実を無視した光の動き! 夢? いや、でもそれにしてはリアリティありすぎるってか……サクラ? サクラは完全にすっぽり丸ごと包まれてしまったんだけど!?「サクラっ!?」


 ぱんっ

 と小さな音を鳴らして、その光の繭は消え失せた。

 私の膝に顔を乗せるサクラは……サクラ? この子は……。

 誰?


 ……サクラの体が半分くらいに縮んでしまった。

 いや、幼くなった。

 幼女サクラの爆誕だ。



◆◇◆◇

ep.絶望のリトル・ブレイブ

01

続く

◆◇◆◇

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