◆極秘のヴァーチャル・トルネイド 01◇
◆◇◆◇
──サクラの家。
──ベッドの上に放置されたサクラのスマホ。
──パスワードは知ってる。
◆◇◆◇
久しぶりな感覚。
やれやれ、と私は憂いた表情で重々しい溜息をつく。
──味わったのは今日のお昼休み、か。
私はサクラのスマホを掴みながら、今ここに至るまでの記憶をゆっくりと呼び覚ます。
◆◇◆◇
もう当たり前だった。
私とサクラはいつものように校舎の狭間に向かった。突き出たコンクリートに並んで腰を降ろしてお昼ごはんを食べる。有触れた日常。けど今の私にとっては……お腹が空いて失神しそうだった。
──辛かった。
──苦しかった。
今日は遅刻しそうだから朝ごはんオレンジジュースだけでいっか、と諦めた私を憎む。二時間目を過ぎた辺りでお腹がSOSのアラート上げっぱなしだった。
「み、み、見て、サクラ……ほらガックガク手が震えとる。これヤバイ奴だよ」
「あら大変」
「大変って口にするならほんの少しでいいから大変そうに慌てふためいて。今日は……朝ごはんジュースだけで」「寝坊して」「反省してる。でもさ、ベッドがね、私の体に絡みついて逃してくれなかったの」
「せめておにぎり一つだけでも食べたら多少はマシだったろうに」
「そんな暇無かった。もうベッドから飛び降りた瞬間にはパジャマを脱ぎ捨てて歯を磨きながら制服探して……ぅぅ靴下がなぜか半分見当たらなくてね、お母さんにどこにある? って聞いても知らない言うし……。うちに妖怪靴下隠しが潜んでいるよ。あとスマホ隠しとリモコン隠しと……」
「はいはいわかったから、そのわざとらしい手の震えをどうにかしなさい」
「これ……あれだよ、えっと、思い出した! ハンガーノック!」
「ハンガー? 服をかけるハンガーで叩くの?」
サクラはしょうもないボケみたいなこと言いながら卵焼きを頬張った。
「違うよ〜。あのね……体がエネルギー切れを起こしてもう限界です……って信号を上げる、この現象をハンガーノックって言うのさ。スポーツとか自転車乗ってる時にハンガーノックにかかるとガクっと体が動かなくなる、ってこの前テレビでやってた」
「ふうん。でも日常生活で……それも体育みたいな消耗するイベントが無い穏やかな日にかかるな」
私はサクラの痛烈な叱咤を反省しきった顔で聞き流しながら売店で適当にたくさん購入したパンを貪り喰い、エネルギーを補給する。
口の中に含んだ瞬間どろりと涎で溶かされていく。
まるで「すご……あんた飲むみたいにパン食べたわ」ってな感じであっという間に食べ終わってしまった。
「はぁ、食べた食べた……。お! 震え止まった! 完全に回復しました」
「それは良かったけど、よくそんな食べられるわね……」
「うん、口に入れた途端溶けたよ」
「午後の授業眠らないよう注意しなさいよ」
「どうしよ、既に眠い」「早い」「あ……そうだ、サクラ! ねぇこのままサボらん?」「サボらん」「どうして?」「数学の授業で当たるから……」
「なんで? 尚更サボるべきですやん!」
「サボると次の授業で最低二回は指名されるじゃない。皆にもアイツ逃げたな……と思われるし、一人ずれて今日指名されないはずの人が代わりに当てられて申し訳ないわ」
「申し訳ない、だと? いいや違うな、サクラは詫びる気持ちなんかこれっぽっちも抱いてないよ。サクラは……恐怖しているんだ、逃げたことで自分が非難されることに対しての生々しい恐怖を!」
「そうよ」サクラはいけしゃあしゃあと認めた。
「ってかサクラは未だにクラスで浮いてるからな……。あの野郎逃げやがって〜〜っとクラスの皆もブチ切れる、けど怖くて手出しできねぇよ畜生……と泣き寝入りする」
「まぁ最初の印象最悪なのは認めるわ。でも最近はいい加減薄れてるわよ。私だって普通に接するよう努めてる」
「えぇ、やだ、サクラマイルドに丸くなりつつあるの?」「真ん丸よ」「やだやだ、サクラは触れた相手をズタズタに切り刻むような尖った刃みたいな危うい存在で居て欲しいの。少年マンガとかで連載が続いて最初は怖いキャラだったのに丸くなってなんか優しいキャラになる感じにならんでくれ……」
私がサクラ〜と手を伸ばすとサクラは軽く払いのけて律儀に「ご馳走様」と言ってからお弁当を鞄に入れる。
「でもマジで眠りたいからちょっと肩貸して」
「あんた私に絡みついてくるからイヤ」
と口にしながらも、私がサクラに寄りかかるのを待っているのが手を握らずにもわかる。別にサクラがソワソワしてるわけでもない。ただ、伝わってくる。早くレイ私にくっついてきなさい! って。なんか私の能力がレベル2にランクアップしたのかと疑う。
「サクラが、誘ってる……」
「誘って、ないわよ」
「やれやれ仕方ないな、全く」
ゆっくりそぉっとサクラに寄りかかってサクラの体温を求める。サクラは何も言わないけど、嬉しそうに体を震わせた。ドキン! と心臓がうるさい。少しは抑えろと毎度心臓にツッコミたいよ。で、そっと手を重ねると【レイの冷たい体温……ウヒヒ】と少し気持ち悪い感じでテンション上がってる。
「お昼休み終わりそうになったら起こしてね」
「覚えていたら、ね」
「私は信じてるよ、サクラのこと……」
目を瞑りながらサクラの指からサクラの想いを感じ取る。じわぁ……とサクラの温い感情が染み込んできた。サクラはスマホを眺めるフリをしながら私に体重を預けて……私の匂いをクンクン気づかれないよう嗅いでる。でもかなり巧みだ、もうプロ級。普通に呼吸してるみたいなのに、【今日もレイの匂い……最高、可愛い、好き……大好き_(┐「﹃゚。)_】と悶ている。
「あっ、そうそうサクラこれ知ってるかい?」
「寝るんじゃないの?」
私はスマホを取り出して、動画アプリを起動する。
「この子知ってる?」
「……えぇ、なんか最近よく見かけるけど、動画を見たことは無いわね」
「Vtuberで結構人気あるんだよ。昨日見たけど滅茶苦茶笑えてさ〜」
ほれほれ〜と見せつけるとサクラはどれどれと眺める。ゲーム画面の隣に可愛い二次元キャラクターが音声に合わせて顔を動かしながら楽しくゲームを遊んでいたけど、フラグを立てるように調子に乗ると次の瞬間見事に敵に襲われて盛大に絶叫した。
「あっははは!」サクラは高飛車に小馬鹿にするかと思ったけど案外ウケてるのでなんかほっこりした。
「ね、超笑える」
「うんレイそっくりで」「確かに……いや似てないよ!」「今の突っ込んで自爆するところソックリ」「私こんなに調子乗りませんけど!」
私が指摘してもレイもいつも調子こいて痛い目合うのよね〜って笑ってる。まぁ否定しないが、こんなに大袈裟に……叫ぶこともあるけど。
「そういやサクラってゲーム好きだからVtuberとか見るの?」
「ううん。まぁ時々スプラッシューンで上手な人の動画を参考にすることはあるけど、音声だけや変な二人組のキャラの機械音声ばかりで、そういう可愛い感じのVtuberはあまり……」
「ふーん」私に似ているVtuberとか見つけたら滅茶苦茶投げ銭してそう……。
「なんか他人が遊んでる姿見てるとムラムラしてくるのよ……」
「えぇ!? 発情すんの?」
「な、違うわよ! ……ムラムラというか、自分もゲームしたくなるの。今のは言葉選び間違った」
「サクラは他人がゲーム遊ぶ姿を見ると体が火照るタイプ……」
「だから違う。忘れろ」「やー衝撃の事実に脳に刻み込むように記憶しちゃった」「記憶消す方法ないかしら」「首をチョップするんだよ! えいって」「それ……なんか気絶じゃないの?」「あ、そうだ──はっ!?」
気づいた時には、サクラの手刀が私の首に近づいた。
──ひゅんっ!
空を裂く音が響いた。
疾いッ──。
防御が間に合わない……。
私を目を閉じて衝撃に備えるも、「いや、叩かないわよ」とサクラはトントンと軽く当てる。
──ざらつく感覚。
びくっと体が反射的に痙攣した。ひきつる感じ。「も~気絶させる方法って気づかなかったらガチで当ててきたくせに~」って私はおどけるも内心焦っている。体がふわふわした。自分でもよくわからないけどサクラから──逃げる。
私は動揺を紛らすかのようにう~~んと体を伸ばす。
「寝ないの?」サクラは少し淋しげな声色で問う。その声にぎゅっと胸を鷲掴みにされた。コイツ、なんか時々私を素で誘ってくるからドキっとするよ。でもそれより私の中で走り抜けた嫌な感覚と、それによって引き起こされた動揺で距離を取りたかった。
「もう教室行こうか。サクラが当てられる問題、サクラの回答が正しいか私が確認してあげる」
そう言い残して一歩下がる。サクラは「はいはい」と言いながらついてくる。サクラは私の姿を一瞬捉えるように眺めた。私みたいに能力持ちではない平々凡々な女の子だけど、こうして私の中を覗き込もうとするから怖いよ。まぁ我ながら完璧すぎる防御姿勢を取ることで、──私の心の奥底に住まう闇──”深淵”を知ることは絶対にないでしょう。
教室に戻りながら、このいや〜〜な感情について考える。
これは……。
嗚呼、思い出した。
あの時の──サクラが私に隠れてバイトしていた時の拒否する感覚。
◆◇◆◇
別に、まぁもう二人の間に隠し事は辞めようね、って声に出して確認したわけじゃない。
それに、誰だって一つや二つ、知られたくない秘め事はあるでしょう。
わかる。
わかるけど……でも、どうしてサクラは……また私を拒否するんだろう。
でも、さっきだって普通に私の匂いくんかくんかしていたし、朝も手を握ったら超喜んでニヤニヤしてたし、拒否なんかしてなかったのに、突然だ。予告とか無し。無防備の状態でパンチがお腹の
ふぅ、
ふぅ、
ふぅぅぅ……。
落ち着け私!
あーもうすぐビビる! 意外と私はヘタレなんだよな。強くなれ! ってか前回で乗り越えただろ天彩玲ッッッ! あの時は……今思い出すと結構恥ずかしい感じですけど///、サクラが後ろからぎゅっとしてくれて……ちょろい私はまぁいっか! と嬉しくなってしまったのですが──。
拒否の感情。
やっぱ慣れない。
特に……サクラから浴びるのはいつもトロトロ桃源郷に導かれるような愉悦と快楽が入り混じった液体なので、ざらつく感じは結構怖いんですよ。例えるなら味のない砂みたいなレバーを咀嚼する感じ──そんなおじさんみたいな例え無し! ええと、儚いガラス細工を口に無理やり突っ込まれるような……怖い怖い! とにかく非道くヤバい気持ちなんです。
久しぶりの感覚だったから。
もう二度と──サクラは私のことを拒否しないと信じていたから。それ裏切られて──ってか自分で勝手に信じて勝手に幻滅してってなんか自己チュー極まりないっすか? と思うよ、思うけど人間ってさ、そう簡単に割り切れないモンなんですよね~。特に私って手を繋ぐと、あなたの声が聴こえちゃう能力持ちだからさ、人一倍敏感なんですよ。メンタルも実は打たれ弱いというか、ってかむしろメンタル強い奴って実際いないよね?
「今日は……」
「明日休みだから、どうする? このままうちに泊まる?」
え、いいの? と素で返事しそうになった。
どうせまた私に隠れてコソコソアルバイトするから尾行して問い詰めて下僕魂刻みつけてやるか……とワクワク──不安で胸がいっぱいだったのに……。
「泊まる」なんだ……私の勘違いだったかも。あ~あ、心配して損した。……いや、待て待て私! 雑で甘えた思考は辞めろ。こんなの絶対勘違いではありませんでした! という展開になるヤツじゃん! 油断大敵!
「な、何?」
「え?」
「なんか凄い睨んでくるから」「……サクラが疚しいこと考えてないから探ってた」「考えてません。あ、そうそう……本屋寄らない? ちょっと見たい雑誌があるのよ」
もしや本屋に何か待ち構えているのか? と戦々恐々と一緒に向かったけど、サクラは料理本コーナーでSNSで話題の簡単レシピ集を眺めている。この前SNSに流れてきた料理をメモできなかったので確認したかったとのこと。……ホントか? 私はサクラの手をニギニギしたり肩に顎を載せて動揺を誘っても【レイの顔がめちゃ近い……近い……かわい……あぁ目玉大きい、キラキラ……ああぁぁああぁぁぁああ(///ˊㅿˋ///)】ビクビクするだけで何も出てこない。
私はそれでも油断せず警戒しながらサクラの家に向かう。手を繋ぎながら。なんか恥ずかしがるサクラだけど、今はそんなこと気にしてられない。
でも何も伝わってこない。
さっきのは、本当に私の勘違い、なのだろうか……。
──しかし、この時サクラの目玉とか色々舐めてでも強引に根掘り葉掘り問いたださなかったことを、後悔することになるのだった。
◆◇◆◇
ep.極秘のヴァーチャル・トルネイド
01
続く
◆◇◆◇
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