台風、怪獣 02
「私んちさ、崩壊していたらどうしよ……。うちボロっちいからな」
そうね、と頷きそうになって寸前で堪えた。確かにレイの家は年季を感じるけど、流石に台風で崩壊する程じゃないわ。
「──今、レイんちボロだけど流石に台風で崩壊なんかしないわよ、って思っただろ!」
「安心しなさい。一瞬も思ってないわ」
「嘘だ! ほら鼻に血管が浮き出てる! やれやれ、嘘つきの証拠だ!」
「浮き出る……わけないでしょ」
「すげぇッ! マジで引っかかった」
私は自分の鼻に伸ばしかけた腕をさっと戻すがもう遅かった……。でもこれは高度な引っ掛けね、レイなかなかやるじゃない。
レイは「うがー!」と両手を上げながら私にしがみついてきた。
──私の部屋、私のベッドの上で私たちはゴロゴロ過ごしていた。レイはくまたん菓子を一通り開け、オマケに一喜一憂するのに飽きたのか私に絡んでくる。子猫が甘えてくるようで最高に可愛い……。
「はぁ、サクラの考えてることなんて全てお見通しですから」
「そうですか。でも今回の台風本当に危険らしいわね。ここも安全とは言い難いわ」
「うちよりは安全ですよ。この部屋は網戸あるから窓割れないよね?」
「多分……」
ビュゥウウウウウ!!!! と私たちを脅すかのように突風が聞こえてくる。カタカタと部屋が揺れ、自然とレイに身を寄せていた。
「サクラってオバケだけじゃなくて台風も駄目なの?」
「普通に驚いただけ」
「やれやれ、サクラが泣いたら私は慰めないと……」
「泣きません」
「その時は私の胸に飛び込んで来ていいんだよ」
──じゃあ泣こうかしら、と思った瞬間にレイがぶるっと震えた気がする。
二階の私の部屋は雨戸があるのでモノが飛んできてガラス窓が割れる……なんて事態にはならないと思うけど、一階の窓とか結構危ないかも。様子を見に行きたい衝動にかられるも、それで突然ガラスが割れて破片が飛び散ったら危険ね。
「でも不思議だね……」
「ん?」
「台風が近づくと、なんか外の様子が気になる……」レイは私から手を離してそっと窓へと伸ばす。
「なりません」
「窓開けて見ていい?」
「駄目に決まってるでしょ! 開けた瞬間に何か飛んできてガラスが壊されたらどうするのよ」
「じゃあ……うっ、外の田んぼの様子を……」
「フラグ立てないの。そもそも近辺に田んぼなんかありません。ほら、大人しくお菓子でも食べてなさい」
一口サイズのチョコをレイの口に放り込む。パクっ! と食いついたその姿はなんか餌にありつく動物のようで愛らしい。犬や猫──とはまた違う、どこか牧場などの柵に覆われた中から首だけにょきっと覗かせた動物が餌を求める姿に近しい。
「サクラもっとこっちに来て~」
「どうして」
「寒いんですよ」
嘘──。
と思った。
直感で。レイには触れていないけど、ぴりっとくる感覚が頭に広がる。
けど、私は「そうね、肌寒いかも」とギリギリ嘘ではない言葉を口にしてレイに近寄る。にぃっと笑みが零れそうになるのを抑えながら──。笑みを抑えるのに必死で、なんか変な顔をしていないか不安になるわ。
レイは私の部屋着を着ている。身長は同じなので胸の主張が強い以外は問題ない。台風は三連休の間暴れるとのことなので、……もしかしたら明日以降も着るかもしれないわ。つまり、レイの匂いがこびりつくわね……。
どうしましょう。
洗う前に、一度……レイの匂い、思いっきり堪能しようかしら──。
あぁもう自分の薄気味悪い変態性がイヤになる。匂いのついた衣服を全力で嗅ぐ私は流石に怖いわね、と内心震える。
「レイ明日も泊まるならその部屋着一日くらい洗わなくてもいいわよね明日も着なさい」
「そのつもりだけど……え、句読点が無い感じで凄い早口。なんか恐ろしいこと企んでる?」
「別に……」
近寄った私を、レイはまるで獲物に巻き付くタコのようにしがみついてきた。あっという間に拘束されて、ぎゅっと手を掴まれる。
「あ、ま〜た怖いこと考えてる〜」
「健全かつ安全よ」
「はぁ、サクラがそう言うならそれでいいです……」
私の心の中を見透かすような鋭い視線から逃れるように、私はスマホを取り出してソシャゲを起動した。現在イベント中なのでログインボーナスでガチャ券を手に入れたことを思い出す。
「レイ、お願い、します……」
「またかいな」
レイは面倒くさそうにはぁぁぁぁ……と重々しいため息をついた後、私のスマホを受け取る。
「私が今狙っている子はこのピックアップされてる……そう、その子。テクニカルキャラだけどSSRだから高ステータスも相まってどんな場面でも役立つの……」
「わかった、わかったから……。その説明もう三回目だぞ」
「この子が着てくれたら私のパーティは盤石になるのよ」
「一応私がガチャ引くけど、別に……当たるとは限らないよ」
「レイを信じてるわ」
「アレはホントまぐれで……私、そういう能力”は”無いし──」
ぶつくさ文句を言いつつレイはガチャのボタンを押す。私は心の中で手を組んで見守っていた。
──特別演出が発生した! ……けどこれは……SR。
「目当てのキャラ来た?」
「あ……う〜ん、まぁ……ありがとう」
精一杯の感謝の念を込めて頭を下げるも、レイは不満げに口を尖らした。
「ほらね、引けなかったのをそうやってめっちゃ私のせいにするんだもん。やだ〜。責任押し付けるな」
「別に確率なんだからレイを責めてなんかいないわよ」あの時の奇跡はどうしたのよ? と実は思っている。
「この顔は【あの時の奇跡はどうしたのよ?】ってこと考えてるな。も〜次から自分で引けよな!」
レイは威嚇するような顔で(でも可愛い……)睨んでくる。以前、レイそっくりのSSRを引くために沼に嵌り、重課金して精神的に追い詰められた。でもその時、レイが偶然ガチャを引き、目当てのキャラを引いてからはこうしてレイの神通力的な何かを頼ってしまう……。
「ごめんね、つい熱くなっちゃって……」
「駄目、いい加減私も利用されるのイヤだ。ってか今日だってきっとこの後台風怖いじゃない〜って泣いておしっこ漏らしながら私にしがみついてくるはずだけど、罰としてハグするの無しにしよっかな~」
「しないわよ、そんなこ」ガッシャーンッッッ!!!!!
凄まじい音が窓から響き渡る。
な……なに、今の?
何か大きな岩でも……窓に当たったのかしら? 幸いにもこちら側のガラス窓に影響は無いようだけど、はぁ〜驚いたわ。
「…しぃ…」
「ん?」
「……苦しい」
「え、あっ……ごめん」
レイは、私の腕の中でもがいていた。……私の記憶には無いけど、レイを抱きしめていたらしい。ただ、レイは両腕を持ち上げて不安定な体制で私に締め付けられていた。確かにこれは苦しそうね。
「……な?」拘束を解くと、レイは眉間に皺を寄せて私を睨む。
「もしかして、レイが私の中に潜り込んできた?」
「ちッがーう! まるでサクラの台詞に合わせるようにタイミング良くガッシャーン! って窓が鳴った瞬間に、サクラが思いっきり私を締め上げてきたんだよ! とんでもない人知を超えたパワーで! あれ、……もう泣いてる?」
「まだ泣いてません」「まだ?」「これからも泣かない」
「ふうん……じゃあお漏らししてる?」「それもしてない。──股を見るな」
「抱きつくのはいいけどさ〜、思いっきり締める時は今から力の限り締めるんでそこんとこよろしくじゃない、って予告してよ」
「そうね、わかったわ」
「うわ~ぜってぇわかってねぇよ……」
レイは震えながら嘆き、私の胸元に近寄ってくる。ぎゅっと優しく抱きつき、私の温度を堪能するように体を密着させた。レイの体が蔦のように絡まり、細い体が食い込むとゾクゾクっと何かが背筋を撫でる。私の胸に埋まりながら、瞳だけを私に向けてにぃっと微笑む。ズキッ! と痛みに似た衝撃が胸に響き渡る。なんて可愛いの。はぁもうその愛らしい姿に失神しそう……。
「さっきの雨戸に何か当たったのかな? バリバリに割れて上がらなくなったらどうする? サクラの部屋から自然光が減ってポカポカが薄れるよ! サクラの温度だけが頼りになっちゃう」
「その時は修理するわ」
でもレイが寒い~って更に私に抱きついてくるのなら、いっそ部屋の暖房器具を全て排除するべきなのかしら、と真面目に悩む。
──色々とレイ第一主義となっている。
レイとそれ以外……という考え方が私の中で一番強い発言力を持っている。
再び外から風が吹き荒れる音が聞こえた。
カタカタと微かに部屋が揺れている。
また、飛来物が我が家に激突するかもしれない──。
「……今からしがみつくかもしれません」
「はぁ、はい……」
「予告したわよ」
「それもなんか怖い~」
「じゃあどうすればいいのよ」
「耐えて……そんな怖がらなくても──あっ、最初からこうすればいいのか!」
レイはにぃっと微笑んだ後、私の胸元から離れると、もぞもぞ蠢いて位置を変える。
何する気? と思った瞬間、レイに束縛された。
私の頭部がすっぽりレイに抱きしめられ、レイの胸に顔が埋まっている。
ふにゅんんん……。
という擬音が聞こえてきそうなほど柔らかい感触が顔全体を包み込む。レイのおっぱい……。以前レイの胸に屈した時から、こうして私に胸を押し付けて攻撃することがある。胸なんてただの脂肪の塊なのに、レイにぎゅって抱きしめられてレイの匂いや体温が入り混じったおっぱいの圧迫を受けると意識が歪む。
「始めから抱きしめていればいいんだよ。ね? 私が頭を押さえれば、最悪締め付けられても胴体が真っ二つになるだけで済む」
「いや私これじゃ何もできないわよ…あぁぁ……」
私の声をかき消すようにぐりぐり乳を当ててくる……。レイの「おい~なんで私のおっぱいで毎回喋れなくなるの~?」と心底馬鹿にしてくる声がビリビリと頭に響いてくる。レイのあざ笑う声色が脳の神経に絡まるように広がりゾクゾクとした快感を覚える。続いて私を揶揄している……と理解し、同い年の子のおっぱいに埋もれて私は何をしているのよ……と悩む。でも……ふわふわする感覚に逆らえない。
でも確かにレイの言う通り、こうしてレイに抱きついていることで台風の恐怖も薄れるかも。ぎゅうぎゅうされるのは……本当に意識が飛びそうだけど、恐怖から逃れる手段はこれが最善なのよ、と自分に言い聞かせる。これしかないじゃない。仕方ない仕方ない柔らかい柔らかいいい匂い暖かいポカポカトクントクン──。
「サクラ大丈夫? 頭の中蕩けてない?」
「あぅあぅあぅ……」
「おい理性を取り戻せ! サクラはすぐ私のおっぱいに負ける! ねぇ耳から脳みそボトボト溢れて来ないよね?」
「あぅぅ……」ガシャガシャガシャ!!!「ひぅ……」
「また何か当たった──わっ!?、ちょ~なんでお尻触るの? やん、抓るな! 待って結構痛いってあっ、サクラ! おい!」
「柔らかい柔らかい……」
「心の声漏れてる! うぅ、抱きついて意識混濁させても音は聞こえて反射的にビビっちゃうのか。これはお漏らしも時間の問題──あ、そっか、じゃあ耳を塞ごう」
レイのお尻の柔らかさを堪能していると、不意に頭を左右から押さえ付けられる。レイの細長い指が、私の耳を塞ぐように掴んだ。
「ほぎゃ! え、なになに?」
「こうすれば外の音、聞こえないでしょ?」
私の頭部に額を当てながらレイは囁いた。骨と骨を伝わり、音が私の中に響き渡る。両耳からピリピリするレイの冷たさも相まって、茹だっていた頭の中が急速に冷却され、意識を取り戻す。
レイの胸は暖かいのに、レイの指は冷たい──。
春と秋を同時に味わうようで……あまり変わんないじゃない! 夏と冬を同時に味わうようでなんか混乱する。
「ひひっ」
「レイ?」レイはなぜかプルプル震えた。
「ふぅ……ふぅ……不意打ちは結構辛い。ううん、なんでも無いよ。それより知ってる? こうして手を耳に当てて、ごぉーって鳴ってる音って血の音なんだよ」
「それ前にも聞いたことがあるような──ぎゃぁぁ」
レイは手のひらを耳にぐいっと押し付ける。
血の音。
レイの体液。
レイの血流の流れが頭の奥まで流れ込んでくるみたいでゾクゾクする。
更に、トクントクントクン──とレイの心音も。
まるでレイと一体化したような感覚に温かみ溢れる安らぎと、不思議な緊張感が併せて押し寄せてくる。
「お、暖かくなってきましたねぇ~。サクラの耳をこうして弄ると体温上がるんだよね」
「耳……さ、触られるの……うぁ……擽ったいのよ」
「はいはい、そうだね擽ったいね」
私の嘘を適当に流す感じで小馬鹿にしながら、更に耳を弄くり回す。レイの指が蠢くたびに、ピリピリした感触が頭の中へと送り込まれる感覚……。意識が乱れるというか、なにかがノイズみたいにチラつく。次第に抵抗する気力も失せていく。まるで幼い頃テレビで見た肉食動物に喉笛を噛みつかれてゆっくりと動きを辞める草食動物みたいに、レイにされるがまま。鳴り響く暴風も、聞こえてくるけど、レイの血の音に掻き消されてわからない……。
ただ、恐怖はあった。
台風の音よりも、更に凶悪な何かを──レイから。
「ねぇ、サクラ~」
「ん?」
「私思うんだけどさ、台風で外出るなって言うじゃん。あれって何か他に理由があると思うんですよ」
「んん?」
「きっと、怪獣が暴れてるんだよ」
「んなわけがない」
私は思わずレイの胸から顔を離して突っ込んでいた。レイは私の反応に面食らいつつも、「いや、これはマジで考えてるんだけど、台風が来ると外に出るな~~! って皆言うでしょ?」
「それは、暴風や土砂降りの雨で危険だからでしょ」
「でも……ほら聞いて、この唸り声を──」
グォォオオオオオオオオオ!!!!!
……と吹き荒れる風がまるで猛獣の唸り声のようにまぁ……聞こえないこともない、か。
「ね? 今まさに外を怪獣が外をのっしのっしと練り歩いているんだよ」
「怪獣って……あ、頭大丈夫なの?」低気圧の影響でレイの頭がおかしくなったのかと思った。
「やれやれ、サクラさんもっと自分の現実を疑え。この世界はもしかしたらサクラが思っている以上にファンタジー溢れる世界観なのかもしれないよ。実は、サクラの身近なところにも超能力めいたパワーを備える存在がおったり……」
レイは大きな瞳をパチクリとさせてまるでそれが自分だ! と言わんばかりに言う。……確かにレイは超美少女なところはあるけど、ただのカワイイ女の子で、それ以外に特に気に部分は皆無ね。
「そうね」
「たった三文字なのに棒読み! で、暴風雨は体の良い怪獣の隠れ蓑なの。実はその中心に凶悪な怪獣が暴れ回っている。だから台風が近づいたら外に出るのは控えよう! って言うの」
「レイの考察も一理あるかもね」
「その微妙に力の入った演技腹立つ! も~絶対そうだから。私の深い考察を褒めて……」
「すごいすごい……。ってあれ……」
レイの胸に埋まりながらため息をついていると、外から何も音が聞こえないことに気づく。もしや台風が通り過ぎたの? と喜びながらスマホで確認するも、天気図には未だに巨大な雲が付近を覆い尽くしている。
「どしたの?」
「外から何も聞こえないわ、と思って」
「あ、確かに。もう通り過ぎちゃったのかな、怪獣」「でもまだ近くにあるわ」
「……じゃあ、外見てみるか」
「危険よ」
「ねぇ少しだけそっと……すこーしずつ網戸持ち上げて確認すれば大丈夫だよ」
レイはキラキラ瞳を輝かせながら私を誘う。やや強引な姿に戸惑うも仕方なくレイに従い、そっと雨戸を持ち上げる。
……風が入ってきた。
けど、先程までの暴風と異なり、そよ風みたいな生暖かい風だった。
「ホントにまだ上に居るんだよね」
「そのはずよ。……けど」
「もうちょっとだけ……」
レイが僅かに力を込めて私たちの顔くらいの高さまで雨戸を上げた。
すると、視界に映る──柔らかな夕日に染まった街の姿。台風は一体どこに? と思った瞬間、「サクラ、上見て! 空!」
レイが顔を窓の外に持ち出して上空を見上げていた。私も一緒に空を眺めてみると、そこには巨大な雲が、まるで渦を巻くように凄まじい速度で回転していた。
「これって……台風の目の中?」
「あぁ、なるほど。ちょうど雲の中心は渦を巻いてるから穴がぽっかり空いているのね。そこだけ穏やか……」
「えぇ、ヤバ……」
私たちはしばらくの間、異様な姿を晒す空を見上げていた。ある種の幻想的な光景にぞくっと嫌な予感を覚える。まぁもちろん怪獣なんか存在しないのだけど、この光景があり得るのなら、超能力者の一人や二人、存在してもおかしくないのでは? と考える。いつの間にか握られていた指に、きゅっと力が籠もった。
//終
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