メイド、雨の音 02
──偶然この付近に立ち寄った時、そろそろ喫茶店できてるかしら? と確認した。
──まだ改装中だったけど、あと少しで完成しそうな仕上がりだった。
──で、店内にこのくまたんを見つけたの。12枚の羽つき。レイから散々教えられたからね。
──更に、この喫茶店は隣のクラスの子の実家と知った。
──私はその子にどうにかあのくまたんを譲ってくれないか、頼んでみたの。
☆★☆★
「そのためにお金が必要? くまたんを買ったの? え、でも、だからここでバイトを?」
「ううん、お金はいらない、って恐縮されて……」
「確かにくまたんはお金に変えられない存在だからね。それに大金積んで取引しようとするなんて浅ましい──」「あんたよく買ってるじゃない」
「でも、じゃあどうしてバイトを?」
私は溜息をつき、メイドのエプロンの裾を握って口を開く。
「その子にくまたん好きなの? と訪ねたら、お菓子は好きで購入していて、ハガキが一枚残っていたから試しに……って応募したら当たったらしく、そこまでくまたん好きじゃないらしい。だから譲ってもいいけど、実はこの喫茶店にバイトに入るはずだった人が諸事情で入れない日ができたらしく、その空きをどうにかできない? と条件差し出されて──」
「つまり、サクラは、自らの体で──」
「言い方がゴミ!」「事実じゃん」「……いらないの?」
「欲しいです! ……でもホントに私が、貰っていいの?」「えぇ」「なんか、悪いですね」「欲しかったんでしょ?」「……うん、うん……あの、珈琲お代わり、頂戴……」
私が席を離れ、カウンターに入る瞬間、そっとレイを見やると、レイはじぃっとくまたんを眺めていた。外でずぶ濡れになっていたレイと異なり、表情がいつものように柔らかくて、なんかようやく、……いや、久しぶりにレイに出会った気がした。
☆★☆★
その後、雨は収まったけどお客さんは表れなかった。今日はもうお店を閉めちゃうとのことで、前回よりも少し早めに上がることになった。たった二日で、殆どお手伝いみたいな感じで役に立ったとは言えないけど、それでもくまたんを譲り受けることができた。なんか申し訳ない気もする。でもまぁ、働き手が欲しかったというよりかは、メイド服を着た店員が欲しかったみたい……。途中からレイと一緒に私の写真取りまくっていたし──。
「雨、もう降ってないわね」
「良かった~くまたんを濡らさずに済んだよ」
レイが嬉しそうにくまたんを抱いている。ただ、嬉しそうってフリしているだけなので迷いつつも、口を開いた。
「あんたが外に居た時に電柱の近くで蹲っていたけど、何かあったの?」
「ん、そうだっけ?」
「顔も真っ青だったわ」
「サクラをストーキングしてさ、でもお店の中に入っちゃったからどうしよどうしよ……って迷っている時に雨が降って途方にくれていたのさ」
「あのね、ストーカーは犯罪よ」
「尾行上手だったでしょ? サクラ全く気づかなくて笑っちゃうよ」
「……ねぇ」「ん?」「あまり、嬉しくない?」「くまたん?」「そ、だって普段なら爆発するようにはしゃぐじゃない。でも大人しいというか、冷めているというか……」
「十分嬉しいデスヨ。念願のプレミアエンジェルコーデ・くまたんをゲットできたし」
「だったらいいけど──」
「まぁ、嬉しいけどさ、なんかそれ以上に色々思っちゃってさ」
レイはトットット! と小走りで私よりも少し進み、くるりと振り返る。じっと見つめられ、その圧力に脚が竦んだ。立ち止まる。
「黙っていたのは、私を驚かせようと?」レイが不意に問う。
「……そうよ。ずっと欲しがっていたし、逃したくまたんがどうとかうるさいし……」あと、レイにジャジャ~ン! と差し出せば、『わぁ!サクラありがとう大好き!』と飛びついてくれると思っていた。
「そっか、うん……そうだよね」
「レイ?」
「ふふっ、サクラから拒絶感覚えたから、……何かあるのかな~って色々一人考えて、まぁその勘違いしちゃいましたよ」
「それは……その、ごめん」
勘違い、それは……私もだ。
レイを驚かせたい、喜ばせたい、──ううん、喜んでくれるはずじゃない、と勝手に判断してしまい、その結果レイが私の姿から勘繰り、余計な心配をさせてしまった。サプライズ下手糞。ってか本末転倒じゃない……。踊って喜んでくれるどころか、不安にさせてレイとの距離を感じる。そっか、私はレイのため──って思ってる癖に、実際はレイが喜ぶ姿を見たい、というある種の自己満足で行動していたんだ。でも、レイが喜んでくれない、何故? と苛立ちを覚える自分の幼さと一方的過ぎる自己満足感に気づいた。
「でも、レイを邪険に扱ったわけじゃないし……たった二日でしょ? 」
素直に喜べばいいのに……ってレイに私のわがままな部分を押し付けようとしている。
レイはくまたんを持ち上げ、顔をくまたんで隠した。抱きかかえながらくまたんの両手を掴み、「寂しかったよ~」と腹話術みたいに一言、それだけを言った。表情は隠れ、声も棒読みで可笑しいのに、何故かレイの本心が透けて見えるようで、ドキっと胸が鳴った。
いつもは飄々として、常に私の一歩、二歩先を進むような立ち振舞するクセに、どうしてこういう時だけ……。
「……ごめん」
「サクラが実はもう私のことなんかどうでもいいのかな~なんて考えたりもしちゃったよ」
「そんなの……ありえないでしょ」
「サクラはさ、表面上は取り繕うかもしれないけど、本心は……って見ちゃったみたいで。あの子と一緒に帰ってる姿も目撃しちゃいましたしさ……」
「別に誰と帰っても、いいじゃない」
「ね! わかる! でも、私、実はそういうところなんか重いみたいで困っちゃうよ。でも……サクラだって私が他の子と仲良く一緒に帰ってる姿見たら……イヤに、なる? ならない?」
レイに問われると無意識に手に力が入る。……いつもレイが何か私に質問を投げかけた瞬間に、私の手を握ってくるから。まるで私の心の読むように──。
「いつも私の心を読むくせに──どうしてわからないの?」
問うと、レイは一瞬びくり! と体を揺らした。けど、「わかるし、わかるから……全部。だからね、余計と怖いんだよ。嘘偽り無い全部が聞こえちゃうんです。あ、サクラはいつも通りに私と接してるけど、本当は……ってね。──でも、今回は私のために……とわかって安心したよ。……うん、ごめんね、私の方こそなんか……サクラの気持ちを理解するの怖がって。これ、本当にありがとう、大事にするっ!」
そのままくるりと踵を返し、レイは先へ進んでしまう。待って、と私も駆けた。
少し小走りで、私よりも早く進む。
ただ、速度を上げるとレイは僅かに緩やかになる。私が立ち止まるとまるで誘うように、ってかこれ完全に誘ってるわね……。私の動きを都度確認しながら速度を上げたり下げたり……。うーん絶妙な間合いの取り方。
「……おい、サクラ、このままでは駅に到着しちゃうぞ」
「どうして欲しいの?」
なんとなくわかるけど一応問う。
「ほらぁ……ここはさぁ……『悪かったじゃない。でも私がレイのことを嫌いになったりするはずがないじゃない!』って背後からはぎゅ~って抱きしめてくれる展開を希望していたんだけど……」
「何で、そんなこと」「だって──い!?」
レイの命令通り、レイを背後から捕縛するように抱きしめた。はぎゅぅっと強めに。なんか服の上からだとレイ、温かいじゃない。けど、レイの皮膚……指先に私の指を重ねると痺れるような冷気を感じた。それが……今は心地良い。すぅっと氷が溶けるように私の中で溜まっていたモヤモヤが消えるのを感じる。レイに対する不甲斐なさや、申し訳無さとか……全部。落ち着く。はぁ……と全身が安堵の溜息をつく。
「び、びっくりしたぁ~」
「レイが抱きつけって言ったのよ」「ふふっ、そんなこと言って~ホントは自分からくっつきたい癖に~」
ニヤニヤとレイは勝ち誇った笑みを浮かべる。まぁその通りだけど、「レイじゃあるまいし」と私はニヤっと笑って返す。
てっきり涙の一つでも浮かべていると思ったのに。心配しちゃったじゃない。
ただ、あと一歩って感じね。
この子、結構脆いというか……いや、違う、私が非道いだけ。
驚かせて、喜ばせるはずだったのに。泣かせる寸前まで追い詰めた……ホント、私は最低。
大好きなのに……。
レイのこと。
泣き顔なんて絶対見たくないのに──。
「はぁ、ちょっとサクラちゃんは真面目過ぎかもね」
「だって、ホントに……ごめんね、レイ……」
「気にして……るよ! へへへ、サクラをメイドにして服従させたいところだけど、まぁ……くまたんゲットできたので、これに免じて許してやろう……かな~。どうしよ、お仕置きしよっか?」
「すぐ調子乗る」
「だってホントのことじゃん。サクラ、きっと私のメイドになりたいでしょ、服従したいでしょ?」
「絶対ない」
と言いつつまぁレイなら……と思っちゃう。『レイ様!』って人前ではレイに強く当たるお世話係って感じだけど、二人きりになると手を握られて壁に追い詰められて妖しく微笑むレイに『サクラ……』と耳元で囁かれて──って、な、何考えてるのよ私はッッ!?
「ふっ……ゲホ……ゴホッ! ゴホゴホッ!」とレイは突然咳を繰り返す。大丈夫って顔を見ようとすると、何故か私から顔を背ける。まさか口に出した……いやありえないありえないけど……。わからない。まるで私の想いがレイに悟られたのか。手を繋ぐと、私の声が聴こえてしまう?
いや非現実的で笑っちゃうけど、もしそうだとしたら、それで私の想いがレイに伝わって、レイが安堵できるなら、それでいいのかもと、少しだけ願った。
☆★☆★
──次の日。
「おはようサクラ!」
レイは私に飛びついてきた。
久しぶりの感覚……。そうよね、私がレイに嘘ついてから、しばらくはレイが飛びついてこなかった。それが寂しいといえば、ホント心苦しくなるほど寂しかったので、妙な快感を覚える。
はぁ……。
ふぅ……。
ぁあ……。
レイの温度、匂いが堪らないわ。昨日よりも圧倒的にレイが近い……近い近い! すぐくっついてくるし、私を観察するようにジロジロ眺めて、すっと体を寄せてくる。
ホント変な嘘ついてごめんなさい……。もしあれで関係が拗れて、今日みたいにレイが抱きついてこなくなったら、もう二度と……レイの笑顔を私だけに向けてくれない──と思ったら怖い……。
朝に乗った車両は、満員電車だった。
私たちは座れずドアに押し付けられる。……レイがサラリーマンの波に流されて……だから仕方ないよね? ってニヤけながら私に重なる。レイの柔らかい胸や太ももが私とぴったりと重なる感覚。互いの首は交差して、「ねぇ、サクラ……」とレイが声を出すだけで耳にレイの声が、息が降りかかる。ゾクゾクっと体が震えそうになるのを必死に我慢した。離れて……っていつもなら口にしちゃうけど、今はなんか言えない。数日ぶりのレイの感覚が濁流みたいに私の中に流れ込んでくるのが心地良くて、この状態を維持したい、と願っている。
「ん?」
「ちょっと近くない? サクラのハァハァしてる息がうるさい」「し、してないわよ」「嘘嘘……。ま、今日は混んでるから仕方ないね」
「だからって無理やり体押し付けるな」
「えぇ~それはサクラでしょ? ね?」
にぃっと唇が引き上がるのが横目でわかる。それに目を奪われた途端、音も無くレイの指に私の指が掴まれた。ぎゅっと一瞬握られた後、すりすりと傷口を親指で擦られる。
じわっと何かが私の中で広がった。甘くて蕩けるような快感がレイの指から広がっていくのを感じる。「レ、レイ……」と掠れた声に自分で驚く。「ん~」とレイは私の声を無視して体を押し付ける。私の体が縮こまった瞬間、僅かに距離を取る。
コツンっ
互いの額がぶつかった。僅かな振動が私の頭の中で響く。
私たちの鼻が触れ合う距離だった。
大きな瞳……。
その中に私が映っているのがわかる。
レイの綺麗な表情──だけどにぃっと不気味に頬がねじ曲がっていく表情が私の眼の前にある。
股の間に、レイの太腿が入り込んできた。
そのままぐっと押し付けられそうになって「あっ……」と息を飲んだ。「ふふっ、どうしたの?」
「なんでも……ない」
「やっぱりさ、ちゃんと躾ないと駄目だよね。頭でわかっていても、いつ心変わりしちゃうかわかんないし」
「突然何?」
「体に教えないと。ってか……お仕置き、かな」
「レイ?」
──それきり、レイは喋ることを辞めてしまった。ただ、私の股の間に足を差し込み、あと僅かでも距離が近づいたら触れる位置に留めて……。そして手を撫でる……。スリスリと擦られる感触が響き渡る。傷口がまた抉られる気がした。ゾクゾクと込み上げてくる不思議な恐怖が抑えれない。レイは的確に私の怖がる部分を触るんだ。
辞めて……って言いたいけど、でも……辞めて欲しくない。矛盾した感情が私の中で渦巻いていた。
キィイ!
と音を鳴らして電車が急にスピードを落とした。
レイはそれに逆らわず、一歩進んでしまう。
あっ──と声を出す間も無く、ぎゅぅっと押し込められて、「ひぅっ!」と変な音が私の口から漏れた。すぐに離れた。何事も無かったのように。でも……胸が壊れたみたいに震えている。それがレイに指から伝わってしまう。ううん、それ以上に全てが、私の今、頭の中にある感情を全て悟られている恐怖に飲み込まれた。頬が赤くなる。レイにじっと見つめられて……。見ないで見てほしい……。何で、どうして変な声出したの? って訊いてくれたらいいのに、何も言わない。じっと、私の反応を伺っている。瞳から目が離せず、私は怯えながらもレイに睨まれていた。私は、もう……為す術無く、レイのお仕置きを受け入れていた。
もう二度と、レイには隠し事をしない、と思ったけど、ただ私の奥底で──またレイに歯向かうような問題を起こせば、こうしてお仕置きされるのでは? と仄かに望む感情が居ることに気づいた。
レイの瞳に、一瞬だけ嘲笑うような色が浮かんだ。
//終
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