私とレイの出会い 02

「ねぇ~待ってよぉ~」

「しつこいわね」

「一度喰らいついたら二度と逃さないのが性分なので」

「……うざったい」

「ふふっ、今の敢えて私が傷つくように言葉選んで言ったよね。直前に迷ったし。……柊さん怖いと思ったけど実は可愛い?」


 ──お昼休み。

 購買でパンを買い、早足で進むも天彩さんは離れない。私が敵意剥き出しのどっかいけオーラを放っても構わず距離を詰めてくる。

 私は廊下を走る寸前の速度で歩みながら、あと少しで教室に到着する瞬間に思い出す。相変わらず机を円状に繋げて独り立ちできない女子の昼食会が開かれていることに。


 足が止まった。

 今更、ってかあの後入れな──「わっ」天彩さんが私の背中に突撃してきた。


「もぉ~急に止まらないでよ」「ごめん……ってか、あんたがついてくるからでしょ」

「教室に……あ、そっか~、そうだよね~、入りづらいよね~」ポン! と掌に拳を当てるわざとらしいリアクションをした。

「うるさい」

「多分皆受け入れてくれるよ。でも質問の集中砲火、あるいは余所余所しい感じで腫物扱いされちゃうよ~絶対!」


 ポンポン、と肩を叩かれ、まるで私の考えていることを察するような物言いをする。まぁ、その通りなんだけど、そもそも気にしてないし……ただ、お昼ご飯を食べる場所が消えるのは困るわね。あのサークルから外れた場所で一人寂しく食べるのは気が引けるし、食堂は多分もう満席……。


「この学校、お昼休みは屋上が解放されるけどスペースは殆ど無いよ。しかもカップルだらけでぼっちは気まずい」

「……情報、ありがとう」

「どうする、お昼抜き?」


 天彩さんが訊いた瞬間、ぐぅぅぅ……と地鳴りのような音が私のお腹から響いた。反射的にお腹を抑えるけど、溜まった空気は更に音を響き渡らせる。


「すご、お腹で返事する人初めて!」

「し、仕方ないでしょ」

「体は正直なんだね」

「変な言い方するな。ほらどいて」

「あ、ねぇねぇ、お昼ご飯食べるのにうってつけの場所、私知ってるんだ」「そう」「やーん、冷たく振り払わないで! どうせ他の場所も人でいっぱい。ね、教室に今更入るわけにもいかず、最悪おトイレで一人──」

「……あぁもうわかったから……どこよ、教えて」


 なんかこれ以上天彩さんに喧しくされると余計お腹が減る気がして、私は観念して訊いた。


「ふふっ、こっちこっち……」


 天彩さんは自然と私の手を握る。

 ぴりッ! と痺れるような感覚に思わず手を離す。天彩さんは僅かに瞳を大きくした後、にぃっと微笑んだ。なんて笑顔なの。苛立つ私を簡単に踏みにじるような愛らしさを放っている。


☆★☆★


 校舎を出て、校門……ではなく、そのまま校舎をぐるりと周るように進むと、今は一部の授業以外では使われていない古びた旧校舎が見える。

 まさか旧校舎に侵入するの? 


「ちょっと、旧校舎は許可なく立ち入り禁止でしょ?」

「うん、そうだよ」 


 戸惑いながら訊くと、知ってるよ! と言わんばかりの声で返してくる。ってことは、中に入るわけじゃない? そのまま突き進み、天彩さんは辺りをキョロキョロと見回しながら、小走りで旧校舎と新校舎の境目に向かい、その隙間にすっと入り込んだ。私も追いかける。

 薄暗くてじめっとした校舎の隙間を歩む。

 ……何故、私はこんなところに、と後悔し始めた時、視界が開けた。


「ここは……」

「この前学校内を探検してる時に偶然発見したんだよね~」


 天彩さんが案内してくれた場所は、旧校舎と新校舎が寄り添うように接近したことで生まれた隙間、だった。上は折り重なる校舎で遮られ、入り口? から少し距離があるので雨風を遮れる。奥にまるで椅子のように突き出た外壁があり、天彩さんはちょこんと座った。


「ここなら一人でお昼食べても浮かないでしょ?」

「まぁ……うん、確かにその通りね」

「さ、食べよっか。いただきます!」


 天彩さんは鞄からお弁当を取り出すと、嬉しそうに包を開く。


「……いや、あんたは戻っていいわよ」

「え、一緒に食べよう」

「一人で食べたいから。落ち着けるし」「えぇ、でも今更戻れって非道くない?」

「天彩さんは、あの教室じゃなくて、他に一緒に食べる子いるんでしょ」

「いた……ね」「何その過去形っぽい言い方」

「私さ、あの子たちに虐められたの。タバコを体中に押し付けられて命からがら逃げ出した。だからこうして一人で食べようと」「嘘つけ」「バレたか。まぁ私も柊さんと同じかな。席の近い子で個々に溢れるのが困るから仲良くしてただけ。私が消えても多分大丈夫」


 天彩さんは卵焼きを口に放り込むと、美味しそうに惚けた顔を晒す。私は、ビニール袋からパンを取り出し、開けようとする。


「立ちながら食べるの?」

「悪い?」

「あのさ、ここは立食パーティじゃないんだよ」「見りゃわかるわ」「……ほらほら、私の隣座っていいゾ☆」

「大丈夫」

「うぅ、私の隣に座るのがイヤなの?」

「……そうよ」「ハッキリ言う。嗚呼、柊さんは非道いなぁ。……ほぼほぼ初対面のクラスメイトが困っているのをどうにか助けようとして秘密のとっておきの場所にご招待したのに……。邪魔だどっか行けと言われ、隣に座るのイヤって……はぁぁぁぁ……あんまりです……」


 と、天彩さんはさして気にしていない風でお弁当をパクパク食べながらべらべら喋り続けた。退散しようと思ったけど、今更戻るのもやはり気が引ける。「はぁ」とため息をついて、私は天彩さんの隣に座った。


 ──途端に、天彩さんが肩を寄せてくる。


「なに?」

「柊さんってさ、体温高くない?」「さぁ」「ほら高いよ。あたたかーい。ポカポカする」


 箸を持っていない手で私の体をがしがしと掴んでくる。肩、肘、手首と来て……。「辞めて」


「いいじゃん、減るもんじゃないし」

「ベタベタし過ぎ」


 私の凄む声色を無視し、きゅっと指を掴まれる。

 天彩さんの細い指が、すりすりと蠢き、そして……触れる。


「痛い?」

「……えぇ、とても」「嘘でしょ」「まだ傷治ったばかりだから、触られると痛むのよ」


 嘘だった。

 瘡蓋も消え失せ、私の掌には手相を上書きするような歪な傷跡だけが残った。

 消えない痕。

 多分、一生。

 私は、

 ……そう私は、この傷を眺めるたびに、思い出すのだろう。もうどうしようもならないほど追い詰められ、ううん、自分を追い詰め、その袋小路から逃げ出すために、私は──。

 幼くて、馬鹿で、情けなくて、救いのない。


「柊さん?」

「離して」

「うん」


 天彩さんは指を離してくれた。けど、その代わりと言わんばかりに私を睨む。好奇心を孕んだ視線を私にぶつける。笑っていない。常に笑っているような表情が印象的だったから、この子こういう顔もするんだ、と少し怖くなる。


「食べないの? お昼休み終わるわよ」

「それどうやって切ったの?」

「……訊く、普通?」

「気になる性分なの」

「あまりズカズカと踏み込んで来ないで。不快」

「まぁまぁそんな怒らないでよ」


 もう一度指を触らせそうになったので、私は天彩さんから距離を取る。


「これは……事故で、切っちゃったの」

「え~絶対ウソだよ」

「とりあえず、パンだけ食べさせて」

「きっと……カッターか何かで切ったんだよね。ナイフなんて持ってるわけないし、包丁は結構重いし、切れたらもっとすぱっと鮮やかな痕になると思う。……カッターくらいが丁度いい」


 ──あの時、

 背後から視線を感じ、振り返ると毎日私は羨望、嫉妬、恐怖した瞳が僅かに歪み刹那大きく見開いてカランカラン……と血が付着したカッターが床に落ちたどうして私はできそこないだったんだろう私ばかりではなくあの人に向けられる愛情の篭った瞳を私にも痛みが掌から噴出して全身が引きつるような衝撃に襲われた。

 痛かった。

 とても、痛かった。

 でも、それを乗り越えないといけなかった。乗り越えることで、私はようやく解放されるの。そんな気がした。確信していた。馬鹿なことだと理解していたけど逆らえなかった。私の中で打ち立てられた安っぽいハリボテみたいな目標に向かって私は一心不乱にカッターを私の掌に突き立てて──。


「痛いよね」

「……天彩さんに何がわかるの?」「わかるよ」「だから事故だって。転んで、運悪く切っちゃって」「諦めたんでしょ? 諦めるために、そのために──」


 天彩さんは僅かに震えていた。

 その振動が、私の体に降りかかる。目を逸らす。その僅かな仕草も、惹きつける何かを纏っている。そういうポーズをしているのかもしれない。ってかどうしてわかったの? 母とあの人以外には誰にも話していないのに……。ううん、私の様子からそれっぽい言葉をべらべら並べて真相を私自身に喋らせる……ほら、占い師が使うような手口の一つに決まってる。


 ──私もね、夢を諦めたの


 天彩さんが私に投げかけた言葉が脳裏を過る。一瞬の硬直。私の中で何かが逡巡した。迷う感じ。どうしよう……と思った瞬間、また指を掴まれる。今度は強く。絡まる。痛みが響いた。ぎゅっと全身を抱きしめられるような感覚。


 指が触れる。

 触れただけなのに、鋭利な刃物をずぶりと突き立てられるような感覚を覚えた。

 ぴりぴりと痺れる。

 天彩さんに触れると体が痺れる。まるで、私の想いが電気信号となって天彩さんに伝わり、全てが天彩さんの中で再生されるような恐怖を覚えた。


☆★☆★



//続く

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