短編集

葛葉幸堂

第1話 新しい家族

 小さな頃。

 記憶はあいまいだけど家族がいた。

 やさしくて、温かくて楽しかった記憶。

 でもそれは長続きはしなった。ボクより年下の子がその家に来た。たったそれだけ。

 ちょっとしたいたずら。

 それだけでボクは部屋に閉じ込められて出してはもらえなくなった。

 ご飯もトイレもその部屋だけ。昔みたいに遊んでもらうこともなくなった。

 閉められた扉の向こうからは、ボク以外の家族の楽しそうな、幸せそうな声が聞こえる。

 でも、その中にはボクは加わることができない。

 扉の前で泣いてみる。無視。

 それでも泣いてみる。無視。

 最後にもう一度、泣いてみる。

 すると、扉が開かれた。

「うるさい!」

 そういって頭を叩かれる。

 ボクは泣くこともあきらめた。

 だから、自然とここからいなくなりたかった。

 体も大きくなって、ボクは昔よりは早く走れるようになった。だから、ご飯を持ってきてくれた時にボクはするりと部屋をでた。

 お母さんが何かしら怒っている声が聞こえる。でもボクは無視した。

 ボクが閉じ込められる前なら、この季節のこの時間は居間の窓は開けっ放しだ。

 階段を降り、急いで居間へ向かう。お母さんも追いかけてくるけど、ボクのほうが早い。

 そして、薄暗くなった居間から外へと飛び出す。

 それは初めての経験。

 何年ぶりの風の感触。自然の香り。自然の明かり。

 お母さんはもう追ってこない。たぶんボクはそこまでするほど愛されていなかったのだろう。

 おなかがくるくると鳴るけど、ご飯をくれる人はいない。

 ボクはいいにおいのするほうへと向かう。

 大きな街の大きなお店。その裏にある、いわゆるゴミ捨て場。

 ボクはその中を覗き込む。まだ食べられるものがある。

 その中でも、おいしそうな物を食べる。

 その時、大きなものが飛んできてボクに体当たりしてきた。

 ボクは何かと思ったけどそれはそれへと飛んでいく。

 まだ部屋に閉じ込められる前。窓のそばから外を覗いていたときに外を飛んでいた黒いもの。

 たしか、鳥でカラスってお母さんが言っていた気がする。

 それは、再び3度とボクの方へ飛んでくる。

 口がとてつもなく堅く。ボクは何度も攻撃される。

 ご飯は惜しいけど、ボクは全力で逃げた。

 それからボクはとぼとぼと歩いて、大きな広場へ出た。

 なんとなくそこで立ち止まる。

 寂しくなって、泣いてみる。

 でも、やっぱり誰もいない。

 家でも外でもボクは1人だった。

 その事実にボクは何回も泣いた。

 真っ暗な公園に灯りがともる。

 またカラスとかに襲われるのも怖くて、ボクは草むらに隠れる。でも、泣くことはやめられなった。

 そのとき、誰かの足音が聞こえてくる。

 ボクはびっくりして、泣くのをやめて耳を済ませる。

 お母さんのでもない、お父さんのでもない足音に、ボクは体をこわばらせた。

 だんだんと近づいてくる足音はボクのそばで止まった。

「こんなところで泣いてたのか」

 声が聞こえる。その人は優しく微笑んで、ぼくの頭をなでる。

「どうしたの?迷子かな?」

 何かで聞いたことがある。こういうのは事案って言うんだ。

 でも、久しぶりの温かい手の感触に、ボクは目を細めた。その人は優しく頭をなで続ける。

 そして、ひとしきりなでると、ボクの手を取る。

 怖い。そう思った。でもボクはなすがままにその人に着いていく。

 それはいけないことなのかも知れないけど。ボクはもう、1人は嫌だった。

 ぼろいアパートにその人は入る。ボクは連れられるままに中に入った。

 ご飯をもらって。苦手だけどお風呂にも入れてもらって。今はその人といっしょにテレビを見ている。

「そういえば……」

 その人は飽きもせずボクの頭をなでながら。

「君の名前は、どうしようか」

 ボクはその言葉を聞いて、この人なら大丈夫だと安心して言葉を発する。

「ニャア」

 それからボクは、その人と一緒に暮らすことになったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る