第14話
「まぁまぁ、かぁこが保育園の先生なんて似合ってるじゃないか。きっといい先生になると思うよ」
葛西としてはフォローを入れたつもりだったのであるが、江崎が間髪入れずに「子供と精神年齢が同じだしな」と余計なことを口走ったせいで、なんだか加害者のようになってしまった。
「かぁこ大人だもん! むしろ熟女だから!」
それはそれでどうかと思う――と感じた葛西であるが、溜め息が漏れただけだった。江崎と佳代子の性格を知っているだけに、これ以上何かを言ってもこじれるだけだと判断したのである。幾つになっても手のかかる幼馴染だ。
「お、俺は大学に行こうと思ってる。正直、何がしたいのか自分でも良く分からないし、大学の四年間でゆっくり考えようかな――」
二人の口論を止めるために、聞かれてもいないのに自分の進路のことを話題に出す葛西。進学をすることは前々から決めていたが、まだ具体的に何がしたいのかは分からない。高校生なんてそんなもので、将来のプランが明確に決まっている人間なんて一握りもいないだろう――とは、葛西なりの言い訳だった。
将来なんて分からない。この先に何が待っているのか。五年後、十年後の自分は何をしているのか。そんなことは、その時になってみなければ分からないのである。ただ分かっていることは、幼い頃から三人で歩いてきた足跡が、この町には残っているということだけ。そこにはもうひとつの足跡があって、残念ながら途中で途絶えてしまった。つくづく沙織がこの世にいないことを痛感してしまう。
「たっちんは大学で、かぁこは――ぷっ、その……専門学校か。俺は地元に残るわけだし、いよいよ腐れ縁もバラバラになるってことか」
佳代子のことを口にした時だけ噴き出したように見えたのは別にして、江崎は少しばかり寂しそうに呟いた。
「まぁ、今生の別れってわけでもないし、お盆や正月には帰ってくるよ。かぁこもそうだろ?」
江崎の態度にむっとしている佳代子に問うと、我に返ったかのように佳代子は頷いた。
「それじゃあよ、さおりんも寂しがるだろうから、年に一回、ここに集まろうぜ。俺らが歳をとって、結婚して、子供ができても。しわくちゃのジジイとババァになってもよ。時期的に盆がいいか。墓参りもできるしな」
江崎が墓石を見つめながら呟き落とした。その姿には哀愁が漂っているように見える。
「あぁ、そいつは名案だ。しょーやんにしては、珍しくまともなことを言うな」
わざと茶化して言ってやると、江崎はいつもの調子で「あ?」と声を上げてから続ける。
「俺はいつだってまともだろうよ。たっちん、いまさら何を言ってんだ?」
すると、ここぞとばかりに佳代子が横から口を挟んだ。江崎に散々小馬鹿にされた仕返しなのかもしれない。
「しょーやんがまともの基準だったら、日本が沈没する」
沈没はしない。恐らく、崩壊とかそのようなニュアンスを言いたかったのであろう。売り言葉に買い言葉というか、この二人の争いはどうにも小学生レベルになるから困る。やられたらやり返すと言わんばかりに江崎が口を開こうとするが、葛西はそれを慌てて遮った。幼馴染の墓前で何をしているのだ――。いや、このように普段通りのほうが、沙織も喜んでいるのかもしれないが。
「とにかく、お盆の時期になったら集まるようにしよう。まぁ、この腐れ縁だから、そんなことを決めなくても自然と集まったりするんだろうけどね」
人は生まれてから死ぬまでに、幾つものコミュニティーと関わりを持ちながら生きていく。幼少期ならば幼少期、青年期ならば青年期、壮年期ならば壮年期――といった具合に、変わりゆく環境の中でコミュニティーも変化していく。葛西達はこれまでたまたまコミュニティーがずっと一緒だっただけであり、高校卒業を期に別々のコミュニティーを築き上げることであろう。そして、新たなコミュニティーを築き上げるということは、過去のコミュニティーの中で失ってしまう縁もあるということだ。
けれども、ここまで強力な――本人達も呆れてしまうほどの腐れ縁ならば、きっとこの先も付き合いは続いて行くのであろう。これほどの腐れ縁だったのだから、いっそのこと死ぬまで腐れ縁でいてやろうと思うのは葛西だけなのだろうか。いや、葛西だけではないだろう。
葛西の言葉に江崎と佳代子が頷き、そして沙織の墓前の線香が、同意をするかのように揺らいだような気がした。蝉の大合唱が鳴り止まぬなか、高校生活最後の夏休みが始まろうとしている。
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