最終章 お悔やみ様と僕らの絆 第1話

【1】


 家を飛び出したのは、約束の集合時間より一時間も前のことだった。少し遅めの昼食の直後だから、走るのも中々にしんどい。しかし、そんな泣き言を言っている余裕などない。


 葛西の元にメールが届いたのは、つい先ほどのことだった。例のごとく送信主のアドレスは、これまで何度となくクラスメイト全員に向けてメールを送っていたアドレスと同一だった。ここしばらくは大人しくしていたが、またしてもメールが届いてしまったのだ。


 集合場所にたどり着くと、自宅ではなく富々方面から、黒い煙を吐き出しながらバイクが猛スピードでやってきた。バイクは葛西の前で停車すると、ハーフヘルメットを被った江崎が首を横に振る。


「駄目だ、家にもいねぇ。親父さんの話だと、帰ってきてすぐに家を出たらしい」


 まだ集合時間には余裕があるのに、どうして葛西は集合場所へと向かったのか。そして、江崎はどうして富々へと向かい、佳代子の不在を確認してきたのか。理由は葛西達に届いたメールにあった。


『これ以上首を突っ込むな。かぁこがどうなっても知らないから 浦沢沙織』


 そう、これこそが葛西と江崎を駆り立てた原因である。これまで通りならば、クラスメイト全員に送られるはずのメールであるが、今回ばかりは葛西と江崎にだけ届いたようだった。いつもはずらりと並ぶはずのアドレスだが、そこには葛西と江崎のアドレスしかなかった。


 そして、今回のメールには写真が貼付されていた。どこか真っ暗な場所で、恐らくライトの明かりを当てられているのだろう。後ろ手に縛られるような格好で横座りをする佳代子の写真だった。口には猿ぐつわをかまされ、その目はカメラの向こうに助けを求めているようだった。


「まさか、本当にかぁこのやつ――」


「あぁ、さらわれたのかもな。くそっ、俺が迂闊だった。あんなところでお悔やみ様の正体が分かったなんて言ったから」


 葛西は学校での自分の行動を悔いた。お悔やみ様の正体にたどり着いてしまい混乱していたとはいえ、教室に戻る途中でお悔やみ様の話をしてしまったことは完全に葛西の落ち度だ。あの時、葛西達の会話を聞いていた犯人が、とんでもない暴挙に出たらしい。となると、やはり葛西の推測は間違っていないのか。


「とにかく、もうたっちんには誰がお悔やみ様なのか分かってるんだろ? だったら、そいつのところに乗り込むぞ」


 江崎はシートの下から予備のヘルメットを取り出すと、それを葛西のほうへと放り投げてきた。辛うじて地面ぎりぎりでそれを受け取った葛西は、ヘルメットを被って江崎の後ろへと乗った。


 もちろん、佳代子には何度も連絡を入れたし、しつこくメールを送ったりもした。けれども、メールは全く返ってこないし、挙げ句の果てに電話口では、電源が入っていないと来たもんだ。慌てて葛西は江崎と連絡を取り、そして現在にいたる。


「それで、どこに向かえばいいんだ?」


 振り返った江崎に、向かうべき場所を伝える葛西。バイクのアイドリング音に紛れながらも江崎に伝わった言葉は、彼を随分と驚かせてしまったようだ。


「たっちん、もしかして犯人って――」


「説明は後でする! 今はかぁこを優先しよう!」


 驚く江崎の言葉を一蹴すると、小さく頷いてみせる葛西。江崎も真剣な表情を浮かべて頷き返した。今は何よりも佳代子の身を案じてやるべきであって、お悔やみ様の正体に関しては後で幾らでも説明してやることができる。とにもかくにも、今は一刻も早く佳代子が監禁されているであろう場所を見つけ出すことが先決だ。


「――たっちん、飛ばすぞ! しっかり掴まってろよ!」


 葛西は江崎の腰に手を回し、そして江崎はスロットルをふかした。マフラーから煙を吐き出しながらも、バイクは急発進をする。滅多にバイクになんて乗らないから、正直なところ怖かった。どんどんと加速をするし、目まぐるしく辺りの景色が通り過ぎて行く。スピードメーターは見えないが、きっと法定速度をはるかにオーバーしていることであろう。だが、今はそんなことを律儀に守っている余裕はない。


 バイクが走り出すと、最後の悪足掻きと言わんばかりに、暗雲が漂っていた空から雨が落ち始める。まるで葛西達が犯人のところに向かうことを拒むように、それは徐々に激しくなっていった。そんなことはお構いなしといった具合で、むしろ江崎はさらにスピードを上げる。


 ゆっくりと走る車を追い越し、赤に変わろうとしている黄色信号を突っ切り、目的の場所へとバイクはひた走る。


 そこに到着したのは、思いのほか早かった。ほぼフルスロットルで走ってきたのだから当然であろう。天候は悪くなる一方であるが、違反で警察に捕まらなかったのは、天が味方してくれたからだと思いたい。


 飛び降りるかのようにバイクから降りると、スタンドを立てようとしている江崎を尻目に、葛西は先に走り出した。頭の中では、どうやって中に入ってやろうかということしか考えていなかった。ごくごく普通に考えれば、出入り口は施錠されているだろうから。


 駄目元でドアノブに手をかけてみると、すっと扉が開いた。どうやら侵入方法に関しては葛西の杞憂だったようだ。鍵が開いている――。


「たっちん、俺が先に行く――」


 そのまま扉を開け開けようとした葛西の腕を江崎が掴んだ。ここから先は何が起きるか分からない。それこそ暴力沙汰にはならないだろうが、佳代子が監禁されている可能性がある以上、喧嘩慣れをしている江崎に前衛をしてもらったほうが安心だ。


 江崎を先頭に飛び込むと、そこにはしんと静まり返った空間が広がっていた。そこに佳代子の姿もなければ、葛西が犯人であると踏んだ人物の気配もない。ただ、鍵が開いていることを考えるに、どこかにちょっと出ているだけなのかもしれない。


「かぁこ! おい、かぁこいるんだろ?」


 江崎は土足で上がり込むと、声を荒げながら中へと入って行く。流石にその真似はできずに、葛西は靴を脱いでから上がり込んだ。あるじがいないのに足を踏み入れることは、住居不法侵入にあたるのであろうが、そこまでは気が回らなかった。


「しょーやん、人を監禁できそうな場所を探すんだ。この広さなら、それも限られてくる」


 葛西が口にすると同時に、どこからか物音が聞こえた。何かが動いたかのような、ごとりという音だ。音のしたほうに視線をやると、その先には押入れがあった。


「――そこか!」


 葛西は一目散に押入れへと歩み寄り、そして勢いよく引き戸を開いた。その先には誰もおらず――なんてことはなく、制服姿のまま後手に縛られた佳代子が、葛西達の到着に驚いたかのごとく目を丸くしていた。


「かぁこ、大丈夫か? どうしてこんなところに?」


 佳代子を押入れから出してやると、まず猿ぐつわをほどいてやる葛西。佳代子は怯えるかのように震えていた。江崎の問いかけには答えようとしない。


 ふと、その時のことであった。玄関のほうから扉が開く音がした。どうやら、犯人が戻ってきたようだ。葛西と江崎は頷き合うと、佳代子を居間に残したまま玄関へと向かった。


 家の中に葛西達がいるとは思っていなかったのであろう。その人物は葛西達の姿を見て、完全に動きを止めてしまっていた。それを見て、大きく深呼吸をした葛西は、驚くばかりの様子の人物に向かって、こう言い放つ。


「やっぱり貴方がお悔やみ様だったんですね――。かぁこがここに監禁されていたのが何よりの証拠だ」


 その人物は固まったまま、その唇を噛み締めた。葛西はそこに追い討ちをかけるべく、こう続けた。


「どういうことか説明してくれないか? おばさん……」


 そう、そこにいたのは、この家の主であり、沙織の母親であるおばさんだった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る