第6話

 葬儀は寺にて行われたため、四十九日がすぎるまでの沙織の遺骨は、おばさんの家にあるのだろう。きっと簡素な壇が作られ、生前の写真と共に鎮座しているに違いない。彼女はどこの墓に入るのであろうか――ふと、そんなことを思ってしまった。


「そうか。おばさんも大変だな……」


 沙織の母親が忙しいことなど百も承知。よく自分達のために時間を割いてくれたものだ。本当は忙しくて仕方がないだろうに。


「あぁ、そこまで長居はできないだろうし、おばさんの心情を考えると、ストレートに沙織の死のことを尋ねるわけにもいかない。その辺りは俺が上手いことやってみるから任せて欲しい」


 おばさんは今でも忙しい。そして、何よりも娘の死に傷付いている。幼馴染だからと、せっかく時間を割いてくれたおばさんに対して、娘の死に関してのことを根掘り葉掘り訊くのはデリカシーがなさすぎる。そのようなことを考慮して話すのであれば、葛西の言う通り、彼に任せてしまったほうが良さそうだ。佳代子は天然ゆえに何を言い出すか分からないし、江崎は江崎で頭の良い話運びができないことを自覚していた。


「――そうだ。例の動画に関して、俺なりに調べてみたんだ」


 江崎がナゲットをソースに浸していると、葛西が思い立ったかのようにスマートフォンを取り出した。江崎が話を持って行くまでもなく、話題は例の動画の話に移ってくれたようだ。


「これ、どうやら動画を撮影した媒体から、直接送られたものではないらしい」


 それを聞いて、江崎は佳代子のほうへと視線を移した。佳代子の頭の上にも、江崎と同様に疑問符が幾つも浮かんでいた。


「えーっと、例えばこれをスマートフォンで撮影したとしよう。それを直接誰かにメールで添付した場合、ここまで画質が悪くなることはないんだ」


 葛西はそう言うと、スマートフォンをテーブルの上に置き、沙織の動画を再生させた。音声は切ってあるようだが、確かに画質が良いとは言えない。動きも滑らかではなかった。


「では、ここまで画質が悪くなったのはどうしてか? 断定はできないが、画質が悪くなる原因で真っ先に思いついたのは転送だ――。メールに添付される動画は、メールの容量サイズに圧縮されて送信される。だから、基本的に画質も劣化してしまうものなんだ。これをさらにメールに添付しようとすると、またメールの容量サイズに圧縮されてしまう。よって、俺達に送られてきた動画は、送信主の他に媒体を介して送られている可能性が高い」


 改めて佳代子のほうを見ると、神妙な面持ちで腕を組み「うぬぬぬぬぬ――」と唸っていた。疑問符が飽和して破裂する音が聞こえてきそうだ。つまりのところ、佳代子や江崎には葛西が何を言っているのかさっぱりなのである。


 その空気を察したのであろう。コーヒーで口休めをしながら、葛西が言い直した。


「えっと、つまり動画を撮影した人間と、お悔やみに成りすまして三年一組にメールを送り付けてきた人間はイコールで結び付かないってことだ。ここでは、俺達にメールを送り付けてきた人物のことを犯人と定義しようか。その犯人も、例の動画を何者からかメールで受け取った。そして、それを再びメールに貼り付けて俺達へと送った。だからこそ、画質がここまで落ちてしまったと考えられるってことさ」


 沙織の動画を撮影した人物と犯人は、必ずしもイコールで結び付かない。すなわち、イエローヘッズのメンバーが犯人という訳ではないと言いたいのだろう。犯人は、この動画を撮影したと思われるイエローヘッズのメンバーから動画を受け取ったのであろうか。だとすれば、動画を撮影した人物を特定できれば、芋づる式に犯人が誰なのか分かるかもしれない。


「たっちん、俺もその動画に関して話したいことがある。これを見てくれ」


 江崎はペーパーナプキンで手を拭くと、スマートフォンを取り出す。そして、二人の前で遼子から貰った解析動画の再生を始めた。佳代子と葛西は食い入るかのように、その動画を見つめる。その脇で、江崎は遼子に教えて貰ったことを、そのまま受け売りで二人に説明する。音痴時計のこと、沙織が何かを画面に向かって喋っていること、そして沙織のスマートフォンのディスプレイに、イエローヘッズのメンバーらしき人物の姿が映っていること。全て聞いたままに話した。


「これ、しょーやんが調べたのか?」


 一通りの解説を受け、そして動画が終了すると葛西が顔を上げる。恐らく、ここまでは気付いていなかったのであろう。葛西は随分と驚いたような顔をしていた。


「んなわけねぇだろ。さっき、たまたま程島と会ってよ。あいつがここまで調べ上げたんだと。たっちんにも確認して欲しいって言ってたぜ」


 手柄を自分のものにはせず、素直に他力によって入手したものだと伝える。葛西は納得したかのように頷いて「そうか」と呟いた。なんだか納得されてしまうのも、それはそれで面白くない。まぁ、逆立ちしても動画の解析などできないが。


「程島が調べてくれたか――。これはありがたい。正直、俺もここまでして調べるようなことはしなかっただろうから」


 そう言うと、続けて「俺にもメールで送っておいて欲しい」と付け足す葛西。どうやら、動画の解析に関しては、葛西よりも遼子のほうが先を行っていたようである。スピーカーコンビの片割れ――あなどれない。


「――やるべきことが見えてきたな。沙織の死は本当に自殺だったのか。自殺だったとしても、その動機はなんだったのか。そして、俺達に送られてきた動画は何を意味しているのか。最後に……お悔やみ様を騙って俺達にメールを送ってきた人物は、何の目的で俺達にメールを送っているのか。その人物は誰なのか。調べることは多そうだ」


 もはやオカルトじみた、お悔やみ様という存在は、葛西の頭にはないようだった。沙織の死に続いて、一度に命を失ってしまった野球部の面々。これらに超常現象的な要素は一切なく、全て理由があって起きていること――。昔から非現実的なものに対して否定的だった葛西が頼もしい。そう言えば、小さい頃に流行っていたヒーローものにだって葛西はケチをつけていたくらいだ。


 ホームルームで葛西が影山を論破したこともあり、恐らく三年一組にも同じ空気が漂っていることであろう。遼子が冷静に動画を解析している辺りからも、それは伺える。休み明けの学校では、江崎達が掴んでいない情報も手に入るかもしれない。


「やることは一杯だけど、頑張ろうね――」


 話について来れずに、ずっと唸っていた佳代子が、ようやくこちらに追い付いたのか、残った僅かなポテトを口にしながら呟いた。メールを送り付けてきた人物のことも気にはなるが、やはり幼馴染の三人には、沙織の死の真相のほうが気になった。知りたいのではなく、知らなければならないような気がする。それが幼馴染として沙織にやってやれる手向けだ。


「そろそろいい時間だな。おばさんのところに向かおう」


 葛西が立ち上がり、江崎と佳代子のトレイの中にあったゴミを集めてゴミ箱へと向かう。佳代子は飲みかけのシェイクを手に立ち上がり、江崎もそれに続いて立ち上がった。空になった自分と佳代子のトレイを重ねて、定位置に戻す。こんなものは店員にやらせればいいと思うのだが、やらないと葛西の説教が飛んでくる。常識がどうのこうのと言われるくらいなら、やったほうがマシだ。


 いつしか雨は弱まっていた。この時期特有の通り雨というものなのか、傘をささなくとも気にならない程度の雨だった。三人は葛西を先頭にして駅前へと向かう。葛西と佳代子はバスに乗り、バイクを引っ張り出してきた江崎は、バスの後ろを追う形で住宅街のほうへと向かった。小雨といえども雨は雨だ。葛西達がバス停を降りた時には、良い塩梅に江崎は雨に濡れていた。水も滴るいい男とはこのことだ。

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