第76話 手配書 Wanted letter
時刻は日本時間で10時といったところか。
暖かな陽の光が窓から漏れ、あまりの天気のよさに散歩でもしようかと思いついたほどだった。
どちらかと言えばカイトはインドア派であった。
外に出て遊んだり、知らない街を探索したりするよりは家の中でじっと考えに耽っていたほうが好きなタイプだった。
そんなカイトが外に出ることに決めたのは、わからないことばかりで考えていても解決しないと悟ったからでもあった。
この世界に来た本当の意味や生命維持機能について、そして異常なほど上がったレベルと無意識の自分の存在。
考えても考えても判然としなかった。
外に出ているうちに何か変わるかもしれない、そう思った。
『王都ラネシア』は安全だし戦闘に巻き込まれることもないだろうと思った。
マオと共に外に出ると天使の輪を頭に付けたプレイヤーは少ない印象を受けた。
日本人プレイヤーは、職に就いている人間ならば誰もが現実世界で活動している時間帯であるため少ないのは頷ける。
海外勢が居るにもかかわらずここまで賑わっていないとなると、悪魔陣営の勢力がどれほど大きいものなのか、考えずにはいられなかった。
『王都ラネシア』のメインストリートの出ると何やらプレイヤーやNPCが集まっている場所があった。
そこには一つの大きな掲示板があった。
西洋の街並みのこの都にとても似合う木製の掲示板には三枚の紙が掲示されていた。
それは高い経験値を有するプレイヤーが写真とともに写っている紙だった。
この場合、経験値をこのゲームでは「懸賞金」と呼び、対象プレイヤーを「賞金首」と呼んでいる。
この紙を「手配書」と呼び、賞金首のプレイヤーを晒すことで敵はそのプレイヤーを狙い、味方はそのプレイヤーを守護する。
高レベルのプレイヤーには高い経験値、すなわち懸賞金がかけられる。
そのプレイヤーの敗北は敵陣営にとって大きな利益になるのに対し、味方陣営にとっては、大きな戦力の喪失と、莫大な経験値の譲渡のよるディスアドバンテージが大きい。
だから大抵は味方陣営のプレイヤーが賞金首を守護する。
カイトが手配書を覗くと声を出しそうになった。
そこにはカイトとマオ、それにもう一人の手配書が掲示されていたからだ。
【(天)カイト 懸賞金100,000 種族を問わない】
【(天)マオ 懸賞金100,000 種族を問わない】
【(天)メイ 懸賞金100,000 種族を問わない】
低レベルにも関わらず賞金首となっていた。
これはこの世界中全ての悪魔から狙われることになったということだ。
否、問題はそれだけではない。
懸賞金の後ろに書かれた「種族を問わない」という表記。
これはつまり悪魔だろうが天使だろうが対象のプレイヤーを倒したプレイヤーには懸賞金を授けるというものだった。
要するに狙われるのは悪魔からだけではなく味方であるはずの天使からも狙われることになるということ。
同族の間でも戦闘は可能である。
しかし、ほとんど行われない、何故なら利益にならないからだ。
互いに命を削って戦ったとしても本当の敵は倒せない。
だったらその気力を敵に向けたほうが得策だと考えるからだ。
しかし、今回のケースは違う。
同族の間での戦闘に意味が見いだされたのだ。
戦闘によって倒すことができたのなら、得ることができないはずの経験値がそれも多量に得ることができる。
これは天使陣営にとってみれば思ってもいない話だろう。
経験値がボーナスのように出現した、天使陣営の繁栄の為、身を捧げてくれ。
そう考えるプレイヤーだって出てくるかもしれない。
カイトはマオの手を引き、咄嗟に建物の物陰に隠れた。
顔が知られてしまった以上、天使がたくさんいるこの都で顔を隠さずに歩くのは自殺行為に等しい。
状況が読み込めず困惑しているマオを尻目にカイトはもう一人の手配書を思い出す。
写真に写っていたのは黒髪の女性。
スキンは大人の女性というよりかは若いお姉さんというような印象を受けた。
ミズキと同年代かもしれない、とカイトは考えた。
それよりもなぜ自分たちが手配されているのかを考えるのが先だった。
普通は高レベルプレイヤーが手配され、ある程度認知されていることを証明するものなのだが、この世界に来て丸一日と経っていない低レベルプレイヤーのカイトとマオが手配されたのは異常だった。
姿を隠した方がいいということを暗に教えられているのか。
このゲームにとって邪魔な存在なのか。
それとも患っている病気と関係しているのか。
カイトは思いを巡らせたが、もう一人のメイという女性のことが分からなければ解決の糸口は見つからないと思い、思考を停止させた。
天使と悪魔、両方の陣営から狙われる第三勢力。
カイトとマオ、それにメイはそういったポジションにいた。
物陰に隠れながら何とかメインストリートを抜け、王宮の客間に帰ろうとした。
王の住む城から少し離れた場所にあるその客間はプレイヤーが主に利用する。
周囲には数人の騎士団員が警備に回っていた。
客間に戻ってくると安堵の溜息をついた。
だが、休息など許されず、扉が強くノックされる。
飛び起き、扉に向かうとフロントの男性の怒鳴り声が響いた。
そして、異端の存在であるカイトとマオの立ち退きを要求してきた。
争いの火種になりかねないと、この都の中に居られると都の陥落に危険性が高まると、そう王が判断したらしい。
カイトとマオは顔を見合わせ部屋から出て行くことにした。
ミズキに伝言を残そうとしたが、一刻も早く出て行くように催促されたため、叶わなかった。
特別に普段は知らされない裏口から都の外へと出してもらった。
いや、これはほぼ放り出されたといっても過言ではないほどの待遇だった。
後ろで都の裏門が閉まる。
都の内部と違ってかなり静かで落ち着いた土地だった。
土地を変えたほうが良いのではないかと思う程静かな場所にもかかわらず商店街があった。
店は片手で数えられるほどだった。
北の都ラネシアの南側に出た二人は大きな山を仰いだ。
この世界の中心に当たる場所に存在する標高4千メートルを超える活火山、通称『メラネア』。
世界の北と南に分断された土地は、『メラネア』の山脈が主な原因である。
中央に横一文字に伸びる大陸が北の大地と南の大地を分けている。
東の都と西の都は両者とも高山地帯に存在して居る。
目の前には森が広がり、遠くの方に登山口が見えた。
太陽はちょうど真上に差し掛かった。
(ここからどうするか)
安全地帯から外に出たらそこはもう戦場である。
いつどこから悪魔が現れるか分からない。
加えてカイトとマオに関しては敵は悪魔だけではない。
となれば目立った行動は避けるのが定石だろうと判断したカイトは、都の裏門で開かれていたこじんまりとした商店街でローブを二つ購入した。
天使の輪を隠すことはできないが、顔を隠すことができれば賞金首である素性を隠すことができる。
マオもようやく置かれている現状に気が付いたのか、焦っていた。
このまま大人しくしていればバレることはないだろうとカイトは考えた。
気掛かりなのはミズキのこと、そしてもう一人のメイというプレイヤーのこと。
ミズキに何も伝えることなく出てきてしまった、状況を察してミズキは行動してくれるだろうか。
かなり場慣れした高レベルプレイヤーだから大丈夫だろうと考え、カイトはもう一人の要因について考えた。
自分が賞金首になった理由も、メイというプレイヤーを見つけることができたなら分かるかもしれない。
カイトはメイというプレイヤーを探すことに決め、取り敢えず身を隠せる場所を探すために登山口へと向かった。
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