第64話 決勝戦⑦ Final game=7
ギラはただただ困惑し、そして戦わないカイトに対して安堵感と共に怒りを覚えていた。
何故戦わなかった?
確実に防がれるはずだった攻撃、それが見事に相手の身体を貫いた。
ギラの精鋭5人を一撃で葬り去り、尚且つ随一の剣使いの剣を見切って見せた。
そのカイトがこんな弱い一撃で死ぬとは思えなかった。
一瞬思考が停止したギラだったが、その怒りは戦いの後本人に直接説明してもらうことにして、今は目の前の戦いに専念することにした。
現状戦場に存在しているのはリンと暗黒のみ。
暗黒はギラの封印魔法で封じ込めたため、出てくるまではまだ時間がかかる。
だが、魔力が尽きるのも時間の問題である。
そして、残り少ない魔力を消費しないために魔法が使えない状態でのリンと戦わなければならない。
それは今まで考えたことも無いほど困難な戦いが予想された。
まず前提として彼女は魔法系統:赤の炎使い。
双剣の使い手で彼女の右に出る者はいない。
予想される攻撃は双剣による回転斬り。
炎を纏いし二枚の刃は一撃1000は下らない。
連撃を喰らわないためにも回転斬りのモーションになったら防御態勢を取るしかない。
しかし、防御するためには身体強化の魔法や氷による壁など魔力が必須だ。
となれば彼にできることは相手に攻撃の余地を与えないほどの攻撃を仕掛けること。
ギラは剣を握り、リンへと攻撃を仕掛ける。
*
カイトが戦線から離脱したことに驚いたのはリンも同じ事。
私が放った魔法を避けたのにあの斬撃を避けられないはずがない。
いや、ただ単に過大評価しすぎただけか、リンは考えた。
しかし、彼女の戦場で感じ取ったカイトの空気感や立ち振る舞い、攻撃を読み切る観察眼や動体視力、それらが単なるS値を極振りしただけでは説明がつかない。
何しろ自分で自分を否定していた。
カイトの力はこんなものではなかったはずだと。
しかし、それは彼女の淡い期待が込められていただけなのかもしれない。
リンは会社側から公式組織のリーダーになってくれと懇願されている。
何をそんなに治安維持上問題があるのか知らないが、一人でも多くの高レベルプレイヤーを都合のいい手駒にしたいらしい。
リンは頑なにそれを拒絶した。
自分の好き勝手に動けないゲームなんてやっていて楽しくないと思うからだ。
それにこのゲームの最高レベルプレイヤーになったことによる周囲からの視線に嫌気が刺していた。
(もうこのゲームも潮時かな)
四年半ほど続けたゲームはこれまでにない。
それほどまでにこのゲームの楽しさ、面白さに魅了され、プレイしてきた。
会社の手駒に成ってしまえばこのゲームを好きな時に止められなくなる、融通が利かなくなる。
そう思っていた彼女の下に現れた彼女に対して恐れや羨望の眼差しを向けない唯一の存在、それがカイトだった。
もしかして自分よりも強いプレイヤーが現れたのかと何度も考えた。
それを証明するために彼と手合わせ願いたかった。
しかし、彼女の願いは届かなかった。
砂嵐が晴れ、カイトが煙幕弾を使用し、ギラの精鋭5人を斬った後。
何やらカイトに異変が起きた。
今まで一度も警戒を解かなかったカイトが急に防御態勢を崩したのだ。
異変にいち早く気が付いたリンはカイトを観察していた。
そこには抜け殻のように放心状態のように遠くを見つめ佇むカイトの姿があった。
一瞬回線のトラブルが発生したのかと考えたが、その線は薄い。
だとすれば考えられるのは彼自身の身体若しくは精神に異変が起きたということだ。
例えば現実世界での干渉。
家族や知人がカイトの身体に接触し、安静状態ではないとプログラムが判断した場合、プレイは一時的に中断される。
若しくは電源が抜かれた場合。
例えば考えられないが、この世界からの干渉。
何者かがカイトの身体を乗っ取ろうとして一時的にカイト自身がアカウントを利用できなくなる状態に陥ったケース。
わからない、わからないが、いつも通りの彼ではなくなったことは確かだ。
仮に彼が最後の最後に手を抜いて自ら倒されることを願う変人だったとしてももう少し隠すはずだ。
煙幕弾を使って攻撃を隠したあたり、何やら素性を隠したい感じがしたが、それにしては最後の放心状態はあからさまだった。
煙幕弾を使用して攻撃するほど自分の力を隠したい人が最後抜け殻になって倒されるだろうか。
多分もう少し上手く倒されていたんじゃないか。
考えたが、未だ腑に落ちなかった。
しかし目の前からギラがこちらに攻撃を仕掛けて来ているのを視認し、思考を停止させた。
(今は戦いに集中しなきゃ)
彼女は回転切りの姿勢を取った。
*
回転切りの構えをギラは待っていた。
ガキンッ、と剣同士が激しく接触する。
周囲には衝撃波が発生し、地面が音を立てて唸る。
初撃を完全に抑え込むと二撃目へとは続かず、剣を交えた膠着状態に陥った。
状態を破ったのはギラで、力一杯剣でリンを押し倒そうとした。
その不意の突進はリンの防御を崩し、一時的にリンは隙を見せた。
その瞬間、ギラはリンの両手に握られた短剣の柄の部分を狙って打撃を放ち、リンは思わず手を離してしまう。
地面に落ちた短剣をギラは足蹴りし、遠くへ飛ばす。
これで相手は丸腰だ。
攻撃を続けるギラだったが、リンは冷静な目つきでかわしていく。
ギラはリンに自身の剣だけで攻撃を与えたことが無いことに気付く。
いつも決まって誰かが目を引いたり魔法を使って錯乱したりしていたが、今日に限ってはそれができない。
つまりこのままでは攻撃は当たらない。
リンが最強プレイヤーと言われる所以はその動体視力の高さと相手の動きを瞬時に観察し、予測することにある。
その精度は高く、ビギナーの剣はスローモーションのように見えると供述するレベルだ。
(砂嵐の状態ならまだ勝算はあったかもな)
大きく振った剣は空を切り、リンはバック転をして避けるとともに大きく後退した。
ストン、と10メートルほど先に綺麗に着地をすると不思議そうに首を傾げる。
「ギラさん、魔法は使わないんですか」
挑発とも呼べるリンの発言はギラをより一層奮い立たせる。
「生憎と、魔力が底を尽きてんだ」
顎で自身が創り出した封印魔法を指す。
するとリンは納得のいったように頷くと新たに剣を取り出した。
いや、剣ではない。
ギラは悔しそうに奥歯を噛み、一つ舌打ちをする。
彼女が取り出したのは、黒を基調とした
ジャンルとしては大剣の部類で、大きな剣身を二つの手で支える。
原動力は、彼女の炎。
魔法を供給するとすぐさまエンジンがかかり、回転するチェーンには炎が纏われていた。
彼女が『鬼人』と呼ばれるようになった理由。
それはこのチェーンソーが原因の一つとしてある。
彼女の持つ武器はクロミナでまだ彼女しかもっていない特有の武器。
最高レベル保持者に与えられた
そして悪魔を葬り去ることを可能とする武器。
【魔滅鎖鋸=キラーチェーン】
この武器を構えた彼女に勝ったものは未だいない。
ドルン、ドルンとエンジンを吹かすと高速に回転したチェーンを構え、地面を思いっ切り蹴る。
一瞬で間合いを詰められたギラは急いで防御態勢を取る。
しかしギラの持つ剣と接触した瞬間
持っていた剣が弾き飛ばされる。
遠くの地面に刺さった剣は即座に回収することは困難だ。
丸腰、形勢逆転したリンは鎖鋸を振りかぶる。
≪ザンッ!!≫
ギラに10000を超えるダメージが入る。
その反動で大きく後方へ飛ばされ、背中で着地する。
ギラのHPはもう4分の1を切っていた。
「はぁ、はぁ…」
荒い息を上げるギラ。
対照的にリンは涼しい顔を崩さない。
いち早く決着を付けるため、リンは間合いを詰める。
≪ザンッ!!≫
間一髪で避けたギラは左方向に回転しながら地面を這う。
止まらない。
リンの攻撃はさらに加速する。
チェーンを敢えて地面と接触させ、そこに生まれた前方に向けられた加速で間合いをさらに速く詰める。
避けられない。
咄嗟にギラは魔法を使っていた。
ガキンッ!と氷の盾と鎖鋸が接触する。
攻撃を止め、
エンジンは一時的に止まった。
再び稼働させるためにリンが距離を取る。
今の状態でギラを攻撃しても打撃ダメージしか入らない。
ただの重い錆びついた大剣ほどのダメージしか相手に与えられない。
その瞬間を見計らって、ギラは自身の剣を取りに行った。
おおよそ予想は付いていた。
魔法を使ったことで奴が来ることは。
となれば混戦状態に陥らせ、隙を作り、ダメージを与えるしかない。
リンに突撃していくプレイヤーが一人。
暗黒である。
彼はギラの魔力不足のお陰で封印から解き放たれ、何とか持っていた回復系の道具で耐え忍んでいた。
予期せぬ方向からの攻撃に不意を突かれたリンは一瞬驚いた素振りを見せたが、なんとか暗黒の槍を鎖鋸で防ぐ。
しかし、まだエンジンは掛かっていない。
まず氷を解かすために内側から炎魔法を生成していたが、氷の層があまりに厚かったせいで完全に溶ききれていない。
槍と重いだけの錆びついた大剣。
ギラは今がチャンスだと判断した。
槍と鎖鋸の攻防に剣を構え突撃した。
暗黒が作ってしまった隙を埋めるような形で参戦するギラ。
リンは魔法を使用し、氷を解かす暇がない。
(いけるッ!!)
明らかに押され気味のリンを見てそう思ったギラ。
2vs1の戦いは確実にリンの体力を消耗させていった。
ガンッ!!
暗黒の下から上に突き上げた槍攻撃が見事
「しまった!!」
その瞬間を二人の公式組織リーダーは見逃さなかった。
攻撃を畳み掛ける。
【
【
リンの身体を衝撃が走り、背中から突き抜けていった。
完全急所のクリティカル。
しかし未だHPがMAXに近いリンを倒すにはダメージが足りない。
「「おおおおおおおおッ!!」」
攻撃の手段がないリンに対して斬撃の雨を喰らえ続ける。
ギラは高揚した。
これほどまでリンにダメージを与えることができたのは始めてではないだろうか。
自身の優越感と攻撃が当たる爽快感が脳を刺激する。
今まで攻撃が当たらなかった分、全て攻撃が入る。
二人のプレイヤーによるラッシュ攻撃は確実にリンの身体を蝕み、リンのHPは残り僅かになっていた。
とは言っても暗黒、ギラも同様にして残りわずかの為、ここにきてようやく同じ土俵に立てたということだ。
200連撃にも及ぶリンへの攻撃はついに止まる。
リンは反動で後方に飛ばされ、岩に衝突して動きが止まった。
二人の公式組織リーダーは肩で呼吸をし、リンの動向を伺った。
上がった砂煙が晴れた先には、瀕死状態で疲弊した少女ーーーではなく、俯いた息すら上がっていない様子の小柄な少女が居た。
暗黒とギラは何故か恐怖した。
目の前にいるのは一体何なんだ。
このプレイヤーは一体何なんだ。
漠然とした疑問が二人を支配し、リンから立ち上る紫色の何かに震えた。
闘士を燃やしているのか。
その闘士がエフェクトとして表示されているのか。
いや違う。
ギラはふざけた自分の思考を急いで止める。
あれは間違いない。
リンは片手を前に出し、何かを念じる。
その目は紫色を帯びていた。
「アカウント共有だ」
暗黒が呟く。
リンの右手に遠くに突き刺さっていた鎖鋸が戻る。
そして炎を点火させ、勢いよくエンジンを掛ける。
足元の魔方陣は緑色を帯び、自身の移動速度を上昇させる。
一瞬だった。
目の前におかっぱ少女が鎖鋸を振りかぶるモーションが見えた瞬間、自分は空を見上げていた。
ダメージ999999。
ダメージ値、見事カンスト。
この瞬間、公式組織リーダーギラ、暗黒の敗北が決し、優勝はソロプレイヤーリンに決まった。
彼女のもう一つのアカウントは攻撃力値に極振りだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます