第15話 歪な三つ巴との出会い
待て待て。つい最近もこんな状況があったぞ。一人メンバーは違うが、醸し出す空気感は似ている。
俺は痴漢撃退の後、三人とスターマックスに入った。まずは周りの人からの視線が凄い。そりゃまぁ学校一と言われる山下に、負けず劣らずの細田。二人にインパクトがあり過ぎて目立たないが、田中もしっかりと美少女寄りの顔立ちだ。その中に俺がいるのは何だか申し訳なく肩身が狭い。そして数分前は普通に仲良く話していたが、山下が突然切り出した事で、場の空気が一変した。
「そういえばさっきの話だけど、修学旅行中に会ってたって、どういう事?」
ぶっきらぼうに田中を攻め始める。田中は田中で、押されっぱなしで何も言えてない。俺が説明しようにも『あんたは黙ってて!』と先輩の立場まるでなしの状態だ。そんな中細田は、クスクス笑いながら呟く。
「なんか可愛いな。こんな風に仲良く出来る友達ってなかなかいないもんだよね」
しばらく山下の攻めが続くも、何とか田中は上手く話を逸らしているようだ。その時細田の電話が鳴った。
「ごめん、さっきの駅員からだと思う。ちょっと電話してくる」
そう言ってレジ横の階段の方へ行った。
「先輩、助けて下さいー」
田中が席を立ち、俺の後ろへ逃げて来た。肩越しに怯えているのが分かる。女子の喧嘩ってこんな感じのか。否、これは特例だと思う。
「待て待て。そんな白熱することでもないだろ。どうしたってんだよ」
「あんたは美徳実のことどう思ってるの? 好きなの?!」
ど真ん中ストレート。急なピッチングに俺の思考は相対性理論よろし歪んだ。そしてこの前の二人きりの部屋での時間を思い出してしまう。俺は確かにドキドキが止まらなかったし、その時間を大切に思った。やっぱり俺は…って今はそんな事考えてる場合じゃなかった。
「ちょっと待て、なんでそんな話になってるんだ」
「それは私が、あんたのこと好きになったから決まってるじゃない。それなのに何か隠してるみたいだから、真相が知りたいのよ」
「あ、一美ちゃん」
田中は細い声を漏らした。後ろからだから何となくだが、もう怯えた感じは受けなかった。その代わり切ない声と、諦めたような感覚を受けた。
いや待て、聞き間違いか。さらっと好きって言わなかったか? 学校一の美少女が? この俺に?
「今お前、好きって言ったのか?」
「そうだけど? 事故りそうな時助けてくれたし、今日も痴漢すぐ捕まえに行ったし。不服だけど格好良かったのよ。何、悪い?」
俺は乙女のように頬を赤らめてしまった。ここは一つ、ゆっくり考える時間が欲しい。というか考えたって今出せる答えじゃない。それといつの間にか君付けからあいつ呼ばわりに戻ってる。
「そうだな、うん。よし、ちょっとトイレに行く」
そう言って俺は逃げるようにトイレへと向かった。
「すいません、トイレはどこですか?」
「お手洗いはレジ横の階段を奥に入ったところにございます」
店員さんの案内通りにトイレへ向かう。階段まで着くと、ちょうど細田が電話を切ったところだった。スマホを握りしめ、肩が震えている。
「おい、細田、大丈夫か?」
その瞬間、細田は俺の胸に飛び込み、顔を埋めた。
「ちょ、誰かに見られたらどうすん」
そう言いかけた時に気付いてしまった。さっきまであんなに笑っていた学級委員長が、小さい少女のように震えている事に。
「お前、泣いてるのか?」
「泣いてない」
「いや、泣いてるだろ」
「泣いてない」
銅像のように固まってしまった俺は、次の言葉が浮かばない。こういう時は抱きしめた方が良いのだろうか。それはやり過ぎなのか。思考が駆け巡る中、震える声で、微かに聞こえた。
「…かった」
「ごめん、いま何て」
「怖かった」
そうだよ。そりゃそうだ。後輩の前では強がってたけど、当たり前だ。痴漢に遭って平気なやつなんて聞いたことがない。そうだよ、こいつ一番頑張ってたんだ。先輩だからって気を使わせないように気丈に振る舞ってたんだ。俺は抱き返す事は出来なかったが、細田の小さな頭を撫でた。それが今の俺に出来る精一杯だと思ったから。
「助けてくれて、ありがと」
そう言うと、細田は俺のパーカーで涙を拭いた。いや、人の服で拭くなよ。とは言えなかった。
「なんかごめんね。一人だと思ってたら糸切れちゃった。さ、戻ろ!」
そう言っていつもの笑顔に戻る細田は、力強く、凛々しく、逞しい。俺はこいつの、こういうところが何より好きだった。そして今は、あの頃よりずっと素敵だった。
その時、ガタン、と音がして誰かが走り去る足音が聞こえ、俺達は店の方を見る。まさか、山下か田中がいたのか? どうしよう。確実に誤解される。
「もしかしてこれって、恋人に見られちゃったのかな?」
「ヤバイよ、そう言えば向こうは向こうで事件があったんだよ。早く誤解を解きに行こうぜ」
走り出そうとすると、細田は俺の袖を掴んで止めた。
「ねぇ、その誤解って、解かなきゃ駄目かな?」
目を合わせた彼女は、泣いた後だからだろうか、潤んだ上目遣いをした。ここだけ時が止まったのだろう。俺は次に出る言葉までの時間が酷く長く感じた。
「え」
「あ、ごめん。何でもないや。さ、早く行って弁解しよっ」
そう言うと細田は、とっとと店内に戻っていった。
席に戻ると、山下が早く座れと言わんばかりにテーブルをトントンしている。その圧に恐縮し、俺と細田はちょこんと椅子に座る。まるで先輩にこれから怒られようとしている後輩の気分だ。
「ちょっとあんた、私が気持ちを伝えた側からその態度ってどういうこと? 好きだと言ったの聞いてなかった?」
見ていたのはやっぱり山下だったか。これはどう弁解しても聞かなそうな感じだ。それを察するということは、俺もだいぶ山下慣れしてきたな。
「世中先輩。もう細田先輩への気持ちは終わったって言ってたじゃないですか? あれ嘘だったんですか?」
え、田中も見てたのか? いやそれより、田中。お前今さりげなく地雷踏んだぞ。細田の方を見るが、どうやら別の事に気が行っていたようで一先ずは安心した。
「え、山下さん世中君に告白したの? てっきり田中さんの方が世中君のこと好きなんだと思ってた!」
田中は分かりやすくビクってなった。え、マジか。マジなのか?! もう俺のA4用紙ほどのキャパシティはとうに超えていた。
「あの、それは、その…」
「ちょっと美徳実、そうだったの?」
「いや、違うの。私はただ」
「ただって何よ? ハッキリ言わないと分からないでしょ」
「うぅ」
「まぁまぁお二人さん、ちょっと冷静になって」
「細田先輩は黙ってて下さい!」
この時の山下の勢いにさすがの学級委員長もどうしようもないようだ。ここまで来るともう最終手段として、細田の今の状況を伝えるしか収集がつかなそうだった。
「なぁ、細田。俺はさっきの事を正直に言うが、それで良いか?」
細田は軽くうなづく。仕方なく俺は、起こったことを順序立てて話した。
「…というわけで、こいつは、お前達に心配かけないように我慢してたんだよ。そんで泣いちゃった時に俺がたまたま通りかかって、思いの捌け口が俺しかいなかったということ。だから全部偶然が重なったことだったんだよ」
一通り説明している間、田中と山下は大人しく聞いている。分別のある人間で良かった。
「ごめんね、勘違いさせちゃって。だから今は言いっこなしってことで。それぞれ色々整理したいこととかあると思うし、とりあえず今日は解散しましょう?」
その場を上手くまとめる細田の言霊は、小さい頃からの賜物だ。学級委員長様様である。
「すいませんでした。細田先輩の気持ちも考えずに」
「私も悪いと思ってる。自分の事ばっかりだったわ」
「良いの良いの。先輩ったってちょっと早く産まれただけでほとんど同じなんだから。だから、ね? また一緒にお茶しましょう」
そのままの流れで俺達は解散した。田中と山下は駅へ。細田は用事があると言ってどこかへ。俺はとりあえずコンビニで立ち読みをしていた。思い返すとどうなってるんだ。としか言いようがない。山下は告るし、田中も好意を寄せている? モテ期なのか。俺は今モテ期なのか?全く内容が入ってこない週刊誌を棚に戻し、コンビニを出た。すると真横から声をかけられた。
「やっと出てきた。全部読み終わるまで待つのかと思ったよ」
うぉっ、と俺は変な声と共に変なポーズで驚きを表現してしまった。あまりにも声が近くて、息まで耳に届いたのもあるが、パンク寸前の頭にこれ以上の刺激は命に関わるかも知れない。
「細田、用があるって言ってなかったか?」
「うん。君に会う用があったの。でも二人の前だと流石に会い辛くて」
「そっか、まぁそうだよな。んで用って何?」
「ちゃんとお礼言いたくて。本当にありがとう。助かりました」
丁寧にお辞儀をする。綺麗な姿勢はホテルマンのようだ。
「そんな改まるなよ。腐れ縁じゃないか。気にすんなって」
「はは、ありがと」
細田はまだ何か言いたそうに、もみあげ辺りをポリポリ指で掻いている。照れ臭そうにする細田はあまり見た事がない。新鮮だったからか、何故かこっちまで照れる。
「まだ何かあるのか?」
「えっとね。あの状況を説明してくれた時の内容、ちょっと訂正したいところがあって。その、思いの捌け口がたまたま俺しかいなかったって言ったでしょ?」
「あぁ、だってそうだろ」
「それはね、違うの。君だったからだよ。世中君じゃなかったら、私あんなに泣いてなかったと思う」
照れくさそうに笑う姿は、当たり前ではあるが、小学校の時とは比べものにならないくらい大人びて、複雑な気持ちを映し出していた。
「世中君が私を助けてくれたのさ、今回が初めてじゃないの。覚えてるかな、中学一年の時。放課後クラスの子が私の陰口を言ってたの。学級委員長って仕切り屋でウザいよね、って。たまたま教室に忘れ物取りに戻ったら聞いちゃって」
「あ、あの時。細田もいたのか。知らなかった」
「うん、廊下でこっそり聞いてたから。そしたら世中君、急に立ち上がって『お前らこそこそ影で言うなら、直接言えよ! あいつは頑張ってると思うし、それにお前らがクラス仕切れる力があんのかよ』って」
「聞かれてたのか」
俺は気恥ずかしく目線を逸らした。
「その時ね、悔しくて泣きそうになってたけど、世中君の言葉で救われたの。ちゃんと見てくれている人がいる。認めてくれている人がいる。それだけで私に勇気が湧き上がるのを感じたよ」
よし、言えた。と口ずさみ、一呼吸置いて細田は続ける。
「と言うわけでそれが言いたかっただけ。それじゃあまた明日ね!」
言いたい事だけ言って彼女は踵を返す。俺が呆気にとられて立ち尽くしていると、数十歩進んだところからまたもや振り返った。
「誰かに勇気を出させるって、凄いことだと思う。尊敬しちゃうな。良かったね、同時に三人から好きになってもらえて」
細田の言った意味は、考える事はないそのままの意味だったとは思うが、考えなきゃ俺のフィルターは壊れそうだった。
「え、それって」
そう言って細田は、俺の言葉も聞かないまま、夕闇に溶け込んで行った。
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