エチュード
千川
虎
私は一介の虎にすぎないが、知能という狭い範囲に限っていえば、他の虎の追随を許さない。
多くの凡庸な虎は己の欲望に打ち克つことはおろか、己の欲望に向き合うことすらしない。なお劣った虎は自分に欲望があることすら知らず、そして欲望の奴隷に成り下がっている。
中にはサーカスで狂ったように踊り、人間どもの見世物に成り下がった下劣な虎もいる。彼らは人間と己の欲望の奴隷に成り下がったのだ。
私はそんな奴らのことを虎だとは認めない。断じて認めない。
虎とは誇り高き生物でなければならない。誇り高き生物でなければ虎ではない。
「トラちゃん、夕ご飯の時間だよー」
キッチンからご主人の声が聞える。私の嗅覚が肉の臭いを捉える。涎が垂れそうになるところをごくんと飲み込む。
私には確かな知能が備わっているが、どうやら欲望を抑え込むだけの知性は備わっていなかったようだ。
「にゃーん」
夕飯に向かう足取りは軽かった。
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