職業、悪役令嬢

秋月忍

職業、悪役令嬢

 死神さんのミスで、突然死させられてしまった私。

 本当は、80歳まで生きて大往生のはずだったのに、同姓同名の有名人アイドルと間違えられたって本当ですか?

 間違いってわかった時には、もう肉体は火葬されちゃって、戻れない。

 私は、死の国連邦裁判所に訴えた。裁判の結果、当然『勝訴』なんだけど、肉体がないから、仕方がない、とりあえず、異世界転生してみなさい、という判決。

 なんでも、通常『転生』は、順番待ちで、記憶も消されるのだけど、「特別待遇」してくれるらしい。

 私は私の記憶を残し、同じくらいの年齢の女性に憑依するそうな。あと、みんなが見れないステータスって画面が見えるんだって。

 まあ、肉体がない以上、これ以上ごねてもしかたない。

 私は、裁判所の決定に従い、転生した。


 で。

 目が覚めると、見たこともない天蓋付きのベッドの上にいた。

 長い金髪。細い腕。絹のネグリジェ。

 おおっ。転生しとるっ。

 私は、冷静に自分の身体を確かめた。

 体の持ち主の記憶もある。知識もある。不思議だ。

「ステータス、オープン」

 試しに唱えてみると、ポンと空中に文字が浮かぶ。


 アメリア・ブロッコリーン 23歳

 職業『悪役令嬢』


「え?」

 職業『悪役令嬢』?

 何、それ。


 技能 婚約破棄


 ちょっと待て。

 婚約破棄って、技能なの?

 具体的に何ができるのよ。

 私は、ステータス画面に手をのばした。

 あ、ステータス詳細が出るみたい。


 婚約破棄 消費MP50 縁切りバサミを使用して、えにしの糸を切る。

 

 なに、それ。

 私は、思わず頭を抱えた。




「よし。これで依頼達成ね」

 私は縁切りバサミを片手に、汗をぬぐった。

 技能、婚約破棄。

 実は、非常に世のため人のためになる技能なのだ。

 最初にこの技能を使ったときは、半信半疑だった。

 私の親友が、別れた恋人に付きまとわれてたから試しに使ってみたんだけど。これ、本当に、相手の妄執とか切れちゃうわけ。すごくない?

 ちなみに、えにしの糸ってのは、『糸、検視』という技能を使って調べると、人間の感情の糸が見えるんだ。これ、関係性によって、色が違う。

 基本的に、良い感情は暖色。悪い感情は寒色。お互いの感情が交わっているところが、綺麗な赤色になっているのが、相思相愛の証。

 片思いのときは、交わっていても、つなぎ目の色が、赤にならないの。

 ストーカーなんかの場合、一方的に糸が相手に絡んでいるだけのこともある。

 そういうのは、バシバシ、この縁切りバサミで切っちゃってやると、お互いすっきり別の人生が送れるわけ。

 あ。もちろん、片恋でも、まじわっている場所が青紫だったりしてることがある場合は、断ち切ってしまったほうが良いみたい。愛って、憎しみにも変わるらしいから。

 まあ、そんなんで。私、悪役令嬢として、ひそかに社交界の『縁切り屋』になったわけで。

 いやあ。意外と、商売繁盛ですよ。もちろん赤い糸でつながった恋人どうしは切ったりしませんよ? 親に頼まれることがあっても、それはしません。だって、そんな非道、許されないですもん。それに、たぶん、赤い糸は切れない。実は、縁切りバサミ、暖色系に近いほど、切れ味が鈍るんだ。不倫相手の方が赤い糸で、政略結婚のほうが、青紫ってケースもあるの。そういう場合は、依頼人の立場によって受けるかどうか決めている。

「見たぞ。ブロッコリーン公爵令嬢。君が、縁切り屋だったとはな」

 壁の影から、笑みを浮かべて現れたのは、茶色の短髪の美形。この国の皇太子、ジョージ・キャ・ベッツ殿下である。

「な、なんのことかしら、おーほほほほ」

 私は、ごまかしながら高笑いする。え? 恥ずかしくないかって? 仕方ないじゃん。これ、職業『悪役令嬢』の、条件反射だもん。

「俺が結び付けた糸を、ことごとく断ち切ってしまうとは」

「なんのことかしら」

 縁切りバサミを後ろ手に隠し、しらを切る私。

「まあいい。君のその技能を、封じてしまう方法を俺は知っている」

 にやり、と、皇太子は笑った。

「な、何を?」

 皇太子の視線が私を捕らえる。なんか、心臓をつかまれるような感じがした。

「ふふふ。君は、自分の関係する『糸』を見ることができない」

「ぐっ」

 皇太子の言うとおりだ。私は、自分に関係する糸は見れない。まあ、見えたら見えたで、嫌だとは思う。

「……何をしたの?」

「俺が君をどう思っているか、ブロッコリーン公爵から話はなかったか?」

「うっ」

 私は思わず唇を噛んだ。

「殿下との婚約のお話は、丁重にお断りしたはずですわ」

「簡単に断れるものだろうか?」

 自信たっぷりに、皇太子が微笑む。

 何? この自信。

 私は、ひそかに皇太子のステータスを開いた。


ジョージ・キャ・ベッツ 26歳

 職業 皇太子


 ふむ。フツーだよね。そりゃあ、そうだ。

 

 技能 縁結び


 は? なに、これ?

 

 縁結び 消費MP50 えにしの糸を結び付け、強固にする。


 へ?

 私はポカンとする。

「俺は、君と違って、『糸』をも操ることができるんだ」

 得意げに語る、皇太子。

「だから安心して、嫁に来なさい」

「じょ、冗談じゃないわ」

 私は、縁切りバサミを構えた。

「殿下のような技能持ちがいらっしゃるなら、なおさら、私、退けません」

「ふふふ。そういうところ、大好きだよ」

 色気を感じさせる目で、私を見つめる皇太子。思わずドキリと……なんて、してないから!

「絶対、糸を断ち切りますからね!」

 今は無理でも、修行すれば、自分の関係する糸を見れるようになるかもしれない!

 少なくとも、私の技能は、社交界で求められてるんだから!

「君が見ることができるようになるころには、きっと運命の赤い糸に変わっているよ」

 皇太子は自信たっぷりだ。

「じょ、冗談じゃないわっ!」

 絶対に、そんなのあり得ないから! 悪役令嬢の名に懸けて、婚約なんてするもんですかっ!

 私はギュッと縁切りバサミを握り締めた。



「だから、あきらめて、皇太子妃になれよ」

「絶対、いやですっ!」

 私は、目に見えない糸が、絡まっていくのを感じながら、今日も修行を続ける。

 世のため、人のため。私は悪役令嬢をつづけないといけないのだ。職業変更クラスチェンジなんて、しないんだからね!

 縁切りバサミは、今日もバッサリと人のえにしを切りまくるのだから。

 

 

 


 



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職業、悪役令嬢 秋月忍 @kotatumuri-akituki

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