悪夢教団
「お、お名前を……お名前をお聞かせ願えませぬか⁉ その
「同士から師匠になったぞ、いったいなんなんだ……」
さすがに当惑していると、スススッと、代わりにショコラが前に出る。
「この人はディーゼルさんです。
「ショコラ、貴様……」
「れ、
声を裏返し、仰天の様子で尻餅をついたドルトン。プルプルと手をわななかせて過呼吸気味に俺を仰ぎ見る。
「はぁ……はぁ……でぃ、ディーゼル師匠は、あの伝説の
「……」
返す言葉を失っていると、ドルトンが目を輝かせて続ける(マスクの下から光が漏れていた)。
「
それ、全部俺の同僚だわ。
「ああ……しかし……しかし……確かにッッ‼」
俺が居たたまれなくなって天を仰いでいると、熱を帯びたドルトンの弁舌はますます加速していく。
「
ドルトンがペタペタと俺の甲冑を触りながら続ける。距離が近い。
「よく見ると、甲冑の意匠も
うんっ、と力強く頷くドルトン。
「漆黒の金属フォルムにも得も言われぬ怖気と重厚感があり申す。その背中にかけた斧も、
うんうんっ、と首を振る。残像が見えるほどの速度だ。
「シンプルに
両手を組み、天を仰いだドルトン。
「おお、我はついに謎めく
深淵ウォッチャーってなんだ……クソッ、次から次へと気になる単語が吐き出されるから殺すに殺せん!
「何とかしてくれ、ショコラ」
「悪夢崇拝者はですねぇ」
「身体のどこかに〈悪夢蝶〉という
「悪夢蝶? このマークのことか?」
聞いたことのない症状に、ドルトンの胸にある黒い蝶々マークを指差して首をかしげて見せる。
俺の鋭い指先が少し刺さって血が出たが、ドルトンは「あうっ」と声を上げてより一層呼吸を加速させるだけだった。誤解を恐れずに言うと、気持ち悪い。
「はい。ここ数十年で出てきた新しい病気で、その
ショコラはそう言って目を伏せた。
尻すぼみになった声といい、元気な彼女らしくない珍しい表情だった。
「ふーむ……で? その悪夢崇拝者が、なんで絆の深淵でコスプレをしているんだ? 自殺場所にでも選んだのか?」
ショコラの話は、まったく先が見えない。
「それがですねぇ、いつの頃から〈悪夢教団〉という宗教団体が現れまして。その人達曰く、悪夢蝶は
ショコラは指をぴんと立てて、得意げに猫耳をピクピクさせて続ける。
「その教義に従うとぉ、N級ダンジョンに
「はぁ」
聞いたことないぞ、そんなの。
「N級ダンジョンに完璧に溶け込む、っていうのがポイントなんです。人間のままだったら違和感ありまくじゃないですかぁ。だから如何に完成度の高いモンスターのコスプレをして、モンスターになりきってダンジョンに潜り込むのか、っていうのが肝心なんです」
「馬鹿なのか……?」
俺の
「それがですねぇ、その方法で治ったっていう人がいるんですよ」
「まじかよ」
おったまげだ。絶対嘘だろ。
「でもぉ、普通の人はモンスターのコスプレなんて出来ないじゃないですかぁ。だから悪夢教団は、そういった人たちに有料で高品質なコスプレ衣装の手配をしている慈善団体として、今凄い勢力を伸ばしているみたいです」
「
思わず漏れた核心を突く感想。そこにドルトンが割り込んでくる。
「でぃ、ディーゼル師匠は、この
いい加減に
必要以上にくっついてくるドルトンを押して引き剥がし、「そうだ」とぶっきらぼうに言い捨てる。本物だと説明しても聞く耳持たなそうだから。
「んほぉぉぉ……」と絶頂気味のドルトンが頭を抱えて髪を掻きむしった。
「すさまじい……すさまじい……コスプレ衣装の質では大陸で右に出る者無しの悪夢教団のコスプレ・クオリティを
そりゃな、本物だし。
「とにかく、俺は悪夢崇拝者じゃないし、悪夢蝶のマークもない。急いでいるから道を開けろ、ドルトン」
このデブを迂回しようとするとルートを外れる恐れがあるので、どいて欲しいのだ。いっそのことゾッフィーの海に放り投げてしまおうか。
「し、師匠ッ! せめて……せめて何かひとつ、小生にアドバイスを頂けませぬか⁉ この明日を迷走する
食い下がるドルトン。というか、迷走している自覚はあるのか……。
ショコラの視線が不吉だ。
あの女、ドルトンに飽き始めているな。これ以上この場に留まると、我慢できなくなったショコラがその辺の墓を物色し始めそうだ。そしてこっぴどく死ぬ。
この先にはショコラがいないと開かないギミックがある。今死なれるわけにはいかない。さっさとドルトンを追い払わなくては。
「――そうだな、では……ヘッドハガーは三五層から現れるから、それ以降でやった方が、リアルなんじゃないか?」
俺の適当な助言に、「おお、おお……」と、砂漠でオアシスを見つけた、とでも言わんばかりの顔になったドルトン。
「おっしゃるとおり……ッ! まさしくご
そう言い残したドルトンは、その図体からは想像も出来ない衝撃的な身のこなしで、軽快に墓地の影に溶けていった。
あいつ、実は相当な実力者なのか……?
というか、そもそも、どうやって一人でここまで?
まさか……まだ他にもあんな奴らがいるんじゃないだろうな……?
「ああ⁉ ディーゼルさぁん! そんな、私を猫みたいに扱っちゃ嫌です!」
彼女の、そこはかとない矛盾を感じる文句は無視して、俺はスパスパ歩きタバコ。
――ちょっとまてよ? それじゃあ、このダンジョンにはモンスターのフリをした人間が、いつの頃からか紛れ込んでいるということか?
また余計な仕事が増えるじゃないか……悪夢崇拝者どもめ……。
「何者だ……ドルトン……」
「えっとぉ、ドルトン・バンザーズ。スウィルヴェン公国の筆頭騎士様みたいですね。スウィルヴェン公国って言ったらぁ、海の向こうの大陸の国ですよね。わざわざこんなところまでご苦労様です」
耳を疑って、引きずっていたショコラを見る。彼女は手に何かカードのようなものを持っていた。
「お前、なんだそれは?」
「あのおじさんのパンツに挟まっていたのを拝借しました。多分、身分証明書かなんかですかねぇ?」
あっけらかんとショコラ。
「いつの間に……お前、手癖悪いな」
「ふふーん。どんなもんですか」
「
それにしても、筆頭騎士とな? なんだそれは? 海の向こうまではさすがに詳しくは知らん。聖騎士とか、近衛騎士みたいなやつか?
……よし、見なかったことにするか。
ほっとけば、どうせ死ぬだろ。三五階層ってかなりヤバイところだ。
思いついた妙案に満足した俺は、ショコラを引っ張ったまま墓地を抜けた。
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