ジンライム
@kurokurokurom
第1話
カモメという名前のバーで僕はお酒をゆっくりと飲んでいた。店内にはおそらくジャズの何かの曲のBGMが流れている。バーテンダーはスーツを着た男性と女性のカップルにカクテルを作っていた。僕は目の前に置かれたジンライムを少しずつ飲みながら、ぼんやりと小説の構想を頭の中で考えていた。僕の職業は作家だ。年に一回は長編小説を出版している。深夜のテレビやラジオにも出演したことがある。オレンジ色のライトに照らされた店内の中で特に誰ともしゃべることなく、一人で酒を飲み、やってくる客をぼんやりと眺めているのが日課になっていた。
僕はスマートフォンに思いついた小説の構想を書いていたとき、僕の二つ隣の席に赤いワンピースを着た女性が座った。髪は長く、高そうな黒いバッグを持っていて、顔は目が大きくて美人だ。僕は少しの間、横目に彼女のことを意識した。彼女はバーテンダーにギムレットを注文した。僕は相変わらずスマートフォンをいじっていた。
夜の十一時に僕は会計をし、店内を出た。外は冷たい風が吹いていた。仕事帰りと見られるスーツを着た集団がなにやら大きな声を出していた。おそらく近くの居酒屋で酒を飲み酔っぱらっているのだろう。僕は彼らを通り過ぎて、駅から離れた住宅街の中へと歩いていく。駅前の喧騒はすぐになくなり、街灯と電信柱が交互に並んだ静かな道を歩いていた。穏やかな風が少年だった頃を思い出させる。僕は確かその時、自転車に乗って塾へ行こうとしていた。あの頃もこんな心地よい風が吹いていたはずだ。
僕が住んでいるマンションは駅から歩いて十五分ほどの住宅街の中にあった。明るいエントランスを通り抜けて、郵便物をチェックし、マンションの中に入る。二階の住んでいる部屋の扉を鍵で開けて中に入った。部屋の中はリビングと、他に二部屋がある。片方は寝室でもう片方は書斎だ。僕はキッチンの隣にある風呂場へ向かった。服を脱いで、温かいシャワーを浴びた。僕は体に染みついた汗を流し、洗面台の前でふかふかのバスタオルで体をふいた。
ベッドの中で眠りにつく前に僕はバーにいた赤いワンピースの女性の顔を思い出した。理由はわからないけれど、何か僕の興味を引くものがあったのかもしれない。
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