第19話 妹のたくらみ(『葉桜の君に(一作目)』より)

 わたしには八歳上の兄がいる。

 とてもやさしいのだけど、非常に顔が怖い。


 たとえば小学生のとき。

 うちに遊びにきた友だちは、兄と顔をあわせてしまったがために数日間悪夢にうなされたという。

 当時、失恋したばかりだった兄は、ただでさえ怖い顔が三割増しで怖くなっていたので、それもしかたなかった――かもしれない。


 たとえば中学生のとき。

 彼氏候補だった同級生は、わたしと遊びに出かけた先で運悪く兄と遭遇してしまい『ぼくはまだ死にたくない』と逃げだした。……いったい人の兄をなんだと思っているのだろう。つきあうまえでよかった。こちらから願いさげである。


 まあ、ちいさいころは、わたしも兄の顔を見ては大泣きしていたのだけど。


 なにしろ、兄は顔が怖い。

 とても怖い。

 それは否定しようもない。

 三白眼で眉毛も薄いし、頬骨が高いせいで微妙にげっそりして見えて、なんかヤバいクスリでもやっていそうな顔つきなのだ。おまわりさんが、つい声をかけたくなっても無理はないような気がする。


 でも、兄はやさしい。とても、やさしいのだ。

 それもまた、間違いないのである。


 そんな兄は、高校の教師になった。

 生徒や保護者から、顔が怖いというクレームがくるのではないかと、ちょっと本気で心配していたのだけど、今のところ大丈夫らしい。

 というか、けっこういい先生をやっているみたいだ。

 当然といえば当然かもしれない。顔はともかく、おだやかで面倒見もいい兄である。


 そうして、兄が教師となって、何年経ったころだろう。いくつもの季節を通りすぎたある日のことだった。

 なんのめぐりあわせか。わたしは、一時期兄と交際していた女性と一緒に仕事をすることになったのだ。

 内心とまどったものの、過去は過去だし、仕事は仕事である。そう切りかえたのだけれど、いろいろ話しているうちに、わたしは彼女のことが大好きになっていた。

 そして、知った。

 兄と彼女。若かったふたりの誤解とすれ違い。

 その別離に深い後悔が刻まれていることを、知ってしまったのだ。

 知ってしまった以上、黙ってなんていられなかった。


 大好きなふたりのためなら。

 ひと肌でもふた肌でも脱ぎたいと思った。


 だから。


 準備万端ととのえて。

 兄にサプライズを届けよう。

 そこからは本人たち次第だ。


 言葉がすべてではないけれど、言葉にしなければ伝わらないこともある。

 それを知っている今のふたりなら。

 きっと、大丈夫。



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