第13話 遠くの夏、特別な夏(お題『ひと夏の思い出』)

 窓の向こう、晴れ渡った空の青が目に飛びこんできた。

 遠くの夏が、とうとつに胸の奥からあふれだす。


 ばあちゃんちで食べた、でっかいスイカ。

 麦茶にそうめん、かき氷。

 扇風機のぬるい風、蚊とり線香のにおい、風鈴の澄んだ音。


 遊びほうけた夏休み。

 青い空と白い雲。

 耳が痛いほどの蝉しぐれ。


 プールにアイス、夏祭り。

 輪投げに射的、金魚すくい。

 わたあめラムネ、焼きトウモロコシ。


 夜空の花火に興奮したのは、線香花火で競争したのは、いつの夏だったろう。


 目に肌に、耳に鼻に。

 浮かんでは消えていく。

 夏の風、夏のにおい、夏の音。


 特別なことなんて、なにもなかった。


 忘れられない夏。心に焼きついて離れないような、特別な夏。

 そんなものには、まるで縁がなかった。


 ただ走って、笑って、親の小言に舌をだして。

 一日がとても、とても長くて、大人になるまでの時間を想像しては途方に暮れていた。


 それがいつのまにか、気がついたときには大人になっていて、ときおり思いだす『夏』は、とても鮮やかなのに、ひどく遠くなっていた。


 どの夏も二度とこない、一度きりの夏。

 それでも、思いだすのはいつかの『ひと夏』じゃなくて、ひとかたまりになった、おおきな『夏』だった。



 *



 病室の窓から見える空が、抜けるように青い。


 なぜだろう。

 あふれだした遠くの夏が、今この瞬間にかさなって、きらきらと輝いて見える。

 すべての夏が、今を祝福しているみたいだ。


 今日、家族が増えた。


 生まれてきてくれたのは、元気な女の子。

 生んでくれた妻は母親に、オロオロしていただけのぼくも父親になった。


 もしかしたら、いや、たぶん間違いなく、今年は人生ではじめての特別な夏になる。


 娘が生まれた夏。

 親になった夏。


 これからはきっと、一年一年が特別な夏になる。


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