第3話 変態


 モクモクと、白い粉のような、煙のような胞子が家中に充満し、外へと流れだしていく。

 私はその胞子を吸い込まないよう、しばらく息を止めていたが大して続かず、吸い込んでしまった。

「君はもう僕が拝借してるから、他に誰も入ってやきやしない。だから大丈夫だとおもうぞ」

 むせることなく普通に呼吸できた時点でおかしいなと思っていたが、すぐさまキノコに理由を説明された。

「それよりあの子だ、どうも様子がおかしいな。僕みたいなのが寄生してるはずなんだけど、どこかからにょきっと生えてたりしないか?ちょっと見に行ってくれ」

「キノコはちょっと黙ってて」

 白い胞子の煙で前が見えず、私は手で煙をどうにかかき分けながら、ミキのいた方向へと進む。

 部屋の中はそれなりに大きく育ったキノコが多く、とても歩きづらい。

「それはいったいどのキノコに話しかけているのか、僕には全く分からないのだけど」

「あーもう、黙っててッてば!きのこおばけ!」

「きのこおばけとはなんともネーミングセンスがひどいね。せめてほら、マッシュルームゴーストにいいかえるとかしたらどうだい?」

「じゃあゴースト。もういいから黙っててよ」

 胞子が部屋の外に流れ出し、霧が晴れるように部屋を見通せるようになる。部屋を苦戦しながらも進んでいた私のすぐ目の前に、ミキはうずくまって泣いていた。

「ミキ、私は大丈夫だよ」

 私がそう言うと、驚いたようにこちらを見上げた。

「な、なんで平気なの? さっき、お父さんはキノコになっちゃった。お母さんも、ベッドの上でキノコになってた」

 震える声でミキは語る。

 朝、異変に気付いて部屋を出たときに自分から胞子が大量に噴出してしまい、その時にちょうど出勤のために外に出ていた父が、キノコに変わってしまう瞬間を見てしまったのだと。

「私は昨日のあれで、こんなのが生えちゃってさ、そのせいで大丈夫みたい」

 と、私は自分の左手の甲をミキに見せる。

 ひょっこりと生えたゴーストが、その気色悪い目をぱちくりさせてミキを見やった。

「これは驚いた、そうか、僕がハルの体を制圧していたら、こうなっていたのか。完全に同志と同化している……!」

 興奮したようにゴーストはそう言って、「もっと彼女の近くへ」と私に指示してきた。

「え、しゃべってる? 頭に直接語りかけてくるみたい……!」

 私はゴーストの言うとおりに、ミキの近くに手を持って行った。

 危険性があるかと思い最初はためらったが、「彼女がどういう状態なのか知りたくはないのか?」と言われて逆らえなかったのだ。

 気持ちの悪いことに、ゴーストは自分の傘の下から触手のような真っ白な菌糸を数本伸ばし、ミキの頭をぺたぺたと触りだした。


「君の体は、もう完全に菌類だ」


 ゴーストは、しばらくぺたぺたと触った後、その菌糸をゆっくりと傘の下にしまって、数度瞬きをしたのちにそういった。

「君はもう人間じゃない、菌類だ。僕の同志と言えよう」

「え、な、なにそれ……?私がキノコってこと?でも、考えることも体を動かすこともできるし、見た目も、ほとんど人間じゃない」

「僕だって考えることはできる。考えることができて、動くことができれば皆人間であるというわけではないだろう?」

 私は左手を自分の目の前まで持ってきて、眼前のゴーストに「ミキを人に戻す方法はないの!?」と怒鳴るようにそう言った。

「君が今言っていることは、生なめこを人間にする方法はないのかと言っているのと同じことだという事を理解しているかい?」

 ひょうひょうとゴーストはそういって「キノコを人にすることなんかできるわけないじゃあないか」と頭を振った。

「ミキは生なめことは違って、もともと人間だったんじゃない!それなら、なにか、元に戻る方法があるはずよ!」

 キノコだらけの部屋に、朝の陽ざしがキノコの隙間から差し込んできた。それがうつむき、黙ってしまっているミキを中途半端に照らす。

 にょきにょきと生えてきている部屋のキノコは、私たちがこうして話をしている間も成長しているようで、身動きが取れなくなるのも時間の問題だった。

「あのねえ」

 と、ゴーストはあきれたように話し出す。


「まるで自分は人間だとでもいうみたいな口ぶりだけど、君ももうすでに、半分くらいは菌類だからね」

「――え?」


 私は両の手のひらをみて、両手で自分の顔に触れる。

 いつもと変わらない感触。感覚。

 ミキの部屋、姿見の表面にへばりついているキノコを手で乱雑に払って、鏡に映る自分の姿を見た。

 前身を見る。大丈夫、足はある。体も変わらないし、腕も手もゴーストがいることを除けば何らおかしな点はない。 

 唯一、変わってしまっているのは、髪の色だった。白く、変色し始めている。それに触れて、セミロングに伸ばした髪を自分で確認した。

 驚きはあったが、なぜかそこまでの動揺はなかった。

「なに、菌類になると髪の毛の色が白くなるモノなの?」なんて、そんな言葉が漏れるほどだ。

 ミキが菌類になったのだから、私も同じになってしまえばミキも悲しまないんじゃないかなんて、そんなことを考えていた。


「ねえ、ハル」

 ミキが、ゆっくりと口を開いた。

 私の袖あたりをひっぱって、座り込んだまま、私を見上げてくる。


「――私を、殺して?」

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