第2話 同化


「僕がもし君なら、絶対近づかないけどな」

 キノコがそんなことを頭の中で呟くけれど、私は恐る恐るではありながら、そのキノコに近づいた。

 昨日のキノコのように、傘が膨れ上がっていると言うわけではなさそうだったが、そのキノコの足下、庭の土には細かなキノコがポツポツと生えているようだった。

 もしかすると、もう昨日のような胞子を吐いた後なのかもしれない。

 昨日のバス停のベンチ付近にも、気付かなかっただけで同じように、小さなキノコの群生が出来ていたのかもしれなかった。

「なるほど、僕が君の体質に邪魔されず、体の全てを奪っていたら君もこのようになっていたのかもしれないんだな」

「まだ、このキノコがミキだって決まったわけじゃない!」

 私はそう激高して、キノコの横を通り過ぎて玄関に向かおうとする。

 通り過ぎるとき、そのキノコの側に破れた服が落ちていることに気がついた。スーツだ、スーツとネクタイ、そして足下にはビジネスシューズが散らかっていた。

「これは、ミキじゃない」

 言いながら、これがミキのお父さんなのであれば、もっとひどいことになっているかもしれないという想像は出来ていた。


 玄関の鍵はあいていて、ドアノブをひねれば簡単に開く。

 扉を引くと、何かでくっついているような抵抗感を覚えた。まるで貼り付けたのりを剥がす見たいな、ねっとりとした抵抗。

 ゆっくりと扉を開くと、異常な光景が広がっていた。


 玄関も、廊下も、そして今開いた扉の裏側にも。

 ――びっしりと、小さな無数のキノコが張り付いていたのだ。


 2、3歩後ずさって、吐き気を覚える。

「おお、これは想像以上の繁殖力だね。同種族ながらあっぱれと言うほかない」

「だまって、気持ち悪いから」

「確かに、人間が壁からこれくらい生えてたら僕も吐いちゃうかも」

「やめて、それはもっと気持ち悪い」


 キノコとそんな話をしているうちに少し落ち着いて「気色悪いな」と言いながら玄関に上がり、靴のまま廊下を進む。

「極力仲間を踏まないようにしてくれ!彼らはしゃべれないだけで僕と同じだ!」

 なんていうキノコは無視して、足下のキノコを踏みしめながら、二階へと向かう。

 ミキの部屋は二階の階段の近く、すぐ右側だ。

 階段を上るにつれて、キノコの成長進んでいるように思えた。

 もし、キノコの胞子が夜のうちに二階から一階に流れ出していて、それを吸ったお父さんがキノコになってしまっていたとしたら。

 その最初のキノコの胞子を吐いたのは、紛れもないミキなのだろう。

 私は自分でそう推測しながら、そうでなかったらどんなにいいかと考えた。自分の想像が的外れであって欲しいと願った。

 ミキの部屋の扉は、最初から少し開いていた。

 しかしそれもまたキノコでくっつき始めていて、それを剥がすようにして、ゆっくりと、開く。

 みちみちと、嫌な音を立てて扉が開いた。


 びっしりと、部屋中に白いキノコが張り付いているのは、廊下や他の部屋と大差なかった。

 他より大きく成長しているせいで、隣のキノコとくっついて奇形になっているモノや、キノコからキノコが生えているようなモノも中には見受けられた。

 

 ――そんな中、ミキのベッドに、女の子が座っていた。

 ミキにとても似ている、でも髪の白い女の子。髪型も違っている。

 ポニーテールだったミキはそれなりに髪は長かったはずなのに、目の前にいる女の子は、マッシュボブに切りそろえられていた。

 彼女はとても遠い目をして、足元ににょきにょきと生えているキノコを見つめている。

 生えてくるキノコを、足で折っては、また生えて、というのを延々と繰り返しているみたいだった。

 どうやら、私がこの部屋に入ってきたことに、いまだに気が付いていないようで、じっと足元を見て、足を動かしている。


「ミキ!?」

 私が声を上げると、女の子はハッとした顔でこちらを向いて。

 一瞬、固まった。

「ハル?なんでここに……?」

 その声は、か細く、彼女だけにしか聞こえないような漏れ出した声だったけれど、それでも私には、それが確かにミキの声であると確信できた。

「ミキ!無事だったんだね!よかった!どれだけ心配したか!」

「ダメ!ハル!近づかないで!」

 私が駆け寄ろうとすると、ミキは大声でそう叫んだ。

 その瞬間、部屋の、いや、きっと家中のキノコからだろう。


 ――一斉に、胞子が噴出された。

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