第15話 後悔してしまいました

北條君がスマホを取り出して電話を掛けていました。

祈るような表情で。


私も祈っていました。

繋がって、無事が分かることを。


でも


「どう!?北條君!?」


「ダメだ……全く繋がらない」


そんな……!

だったら、すぐにでも確かめに行かないと!


でも……ここから北條君の家までは、車でも10分はかかっちゃう……!

今すぐ、行かなきゃいけないのに……


最悪の想像が頭を過ります。

何か、何か方法は無いの?

考えを巡らせました。


……実はひとつだけ、心当たりがありました。

今すぐ、北條君の家に行く方法に。


ディメンジョンゲート。


重力で空間を歪めて、自分の知ってる場所と現在地を繋ぐバロールのエフェクトです。

そう。


自分の知ってる場所と。


私、北條君の家を知ってます。

尾行して、突き止めて、ピッキングして、お邪魔して、盗聴器と北條君のパソコンにスパイウェアを仕掛けましたから。

褒められたことじゃ無いですが、北條君に本気になる前に知っておきたいことだったから、やったんです。

勿論、見聞きしたことを言いふらすつもりなんか無いです。墓場まで持っていくつもりでしたよ。


でも。


このエフェクトを使うと、それが分かってしまうかもしれませんね。

ディメンジョンゲートと名付けられたこのエフェクトのルール、調べようと思えば調べられますし。


そうなったら、私は北條君に嫌われるかもしれませんね。


……私の目的は、北條君に選んでもらって、彼のお嫁さんになって、彼の家族の一員になることでした。

彼の傍に、彼の妻として、お義姉さん……琴美さんの義妹として、並びたかったんです。


でも。


……ここで、秘密がバレるのが怖かったからと、やれることを全力でやらずに居て。

仮になんとかお義姉さんを救出することに成功したとしても。


その後、私はどんな顔をしてお義姉さんの隣に並べばいいんでしょうかね?


自己保身で家族を危険に晒すって、そんなのありえません。そんなの、どこが家族ですか!?

覚悟は、すぐに固まりました。


「北條君!お義姉さんの居場所は、普通に考えるなら自宅でいいのね!?」


一応確かめました。

北條君が、予想通り頷きます。


だったら、やるしかないですよね。


秘密がばれるぞ、やめとこうよ、って言う私の裏の声。

私はそれを叩き伏せました。


「だったら、任せて!」


私は魔眼を出現させて、地面に片膝を突き、地面に片手を当てて。

このエフェクトを使うときに決めているキーワードを叫びます。


頭の中で、北條君の自室をイメージしながら。


「ディメンジョンゲート!」


即座にエフェクトが発動し、捻じれるように重力で歪められた空間に、北條君の自室へのワープトンネルが出現します。


……やってしまった。

でも、後悔なんて、無いです!


「重力で空間を歪めて、北條君の自室とここを繋げたわ!早く通って!」


私の内心の葛藤なんて知りようもない北條君は、純粋に私のこの行為に感激してくれました。


「ありがとう水無月!助かった!」


お礼が嬉しかったです。

でも、同時に、痛かった。

違うんだよ、北條君。

この行為には、隠し事があるのよ……




「あなたって、本当に優秀な子ね。バロールの主要エフェクト、ほぼ全部習得しているのね。使いどころもバッチリだし……時の棺のミスだけで、この田舎に押し込められるのUGNにとっても損失よね」


北條君を送り出した私を、背後にいたヴィーヴルが褒めました。多分本気で。

普通なら悪い気はしなかったと思うんですが、このときは、素直に喜ぶ気分じゃありませんでした。、


「上に掛け合ってあげようか?クリスタルオーブを田舎に押し込めるのは間違いです、って」


「姉さん、今はそんなことを言ってる場合じゃ」


あまり聞こえてなかったです。

頭の中で北條君に「え?お前、俺の家に勝手に入ったの?何しに?盗聴?すぱいうぇあ?マジで?」とドン引きされて「ゴメン、無理」と縁を切られる未来予想図がエンドレスで流れていたんで。

そんなときです。


「あ、そういえばディメンジョンゲートが使えるってことは、キミは北條君の家には行ったことあるんだね……ん?ちょっと待て、キミ、告白はされてないし、してなくて今は彼の彼女でも何でもないんだよね?友人居ない北條君の家にどうやって入ったの?」


……余計な事に気が付く困ったトカゲさんですねえ……!!


追い詰められていた私は、薄笑いを浮かべつつ二人を振り返りました。


「それが何か?」


……二人は、何かを悟ったようでした。

一瞬固まった後、聞かなかったような顔になります。


「まぁ、それは深く詮索しないでおきましょう。それよりも、私たちも飛ばして頂戴」


ええ。そうですね。

現場は今が大事なところかもしれませんし。


この人数を飛ばすんです。


北條家の家族のリビングがいいかもしれませんね。


私は再度、エフェクトを発動させました。




空間を歪めて、繋げて。

私たちは北條家の家族のリビングにやってきました。


いつかはここに私も加わりたいと思ってた部屋。


その部屋は、変わり果てていました。

ソファとテーブル、大きなテレビの傍にあった、大窓がぶっ壊れ。

ガラス片が飛び散っていました。


ちなみに、全部部屋の側。


外から何かが無理矢理窓を破って侵入してきたのが分かります。


北條君は。その部屋で頭を抱えて崩れ落ちていました。


……状況が一瞬で分かってしまいました。


「……遅かったか」


「どうしよう……姉さんが……!ブラックさん!?」


「落ち着け。まだ殺されたと決まったわけじゃない!」


お義姉さん、お願いです。

私、あなたとも家族になりたいんです!


無事で居て下さい……!


この状況にパニックに陥りつつある北條君を宥めるため、ブラックリザードが分析結果を口にしました。


「藤堂一美については一夫を調査するときに少々調べている。自己中心的で、息子以外の他人について、全く思いやりを持っていない人物だったようだ」


小6の一夫がカメラを万引きしたときに、彼女は「万引きされるようなところにカメラを置いていた店が悪い。息子は悪くない」と触れ回り、執拗に店を侮辱する発言を繰り返したらしい。

モラルが元々全くなく、加えて執念深い人物だったらしい。


「だから、彼女がキミの姉さんを攫ったとして、あっさり殺すとも思えない。まだ間に合う可能性がある」


シャドウストーカーは元々本当に邪悪な人間だから、逆に恨みの相手をすぐに殺すことはしない。

そうは言いますが。


……殺されるだけが、人間の「終わり」じゃないんです。

殺さなくても「実質的に終わった」状態にしてやることだって出来るんです。


顔を焼く、手足を捥ぐ、子供を作れなくする……

……手段はいっぱいあります。


それじゃ安心なんて出来ませんよ!


でも、ブラックリザードの話には続きがありました。


「多分だが、藤堂家の可能性が高い。お楽しみは、自分の巣でじっくりと行いたい。そういう心理が働くだろうからな」


藤堂家……。

悔しい。


調べておけば良かった。

後悔しました。


藤堂家については、場所すら知りません。

調べようとすらしなかったから。


彼のことを調べるときに、彼を知るために連中の邪悪さを調査するとか、そんなことを考えなかった自分。

北條君の痛みに寄り添うのに、必要な事だったかもしれないのに。


……どうして、そんな発想が無かったの?


彼の人となり、性癖を調べて、自分が彼と結婚した時に何を覚悟しておかないといけないか。

それを調べることしか考えていませんでした。


……自分の事ばっかりじゃない!!最低!


「クリスタルオーブ、藤堂家に飛ぶことは可能?」


そんな私に、ヴィーヴルが確認してきました。

悔しかったし、無力感すら感じていました。

私は答えます。血を吐く思いでした。


「すみません。そこは無理です」


自分のことばっかりで行動したせいで、肝心なところで使えないなんて!

私は本当に駄目な子です。


とても、辛かった。

出来ないことを出来ないというのが、とても辛かったです。


……そんな私を前にして、ヴィーヴルが


「そう。……じゃあ、しょうがないわね!!」


腕をクロスさせ、息を大きく吸い込み


クアアアアアアッ!!


完全獣化をはじめました。

体中に鱗が浮かび上がり、腕は太く、太腿も肥大。

両手は鉤爪に変わり、脚も恐竜のように変化し。

口が裂け、歯が牙に変わっていきます。

変化についていけない衣服が、どんどん裂けていきます。


Tシャツを全部弾けさせながら、背中から巨大なドラゴンの皮の翼が生えて。


ジャージを全損させつつ、臀部からドラゴンの太い尻尾が生えて。


ヴィーヴルの完全獣化が完了しました。

……なるほど。確かに牝ドラゴンですね。

彼女の完成された完全獣化を目の当たりにし、彼女のコードネームの由来を思い出します。


「行くわよ!私が運ぶから!自動車より早くいけるわ!しっかり掴まるのよ!!」


ガシッ


ヴィーヴルは、私たちを両脇に抱えて、羽ばたいて。

割れた大窓から、夜空に舞い上がりました。

そして、瞬時に、急加速します。


!!!


あまりの速さに、一瞬焦りましたが、私たちはヴィーヴルにしがみ付く力を強めてそれに耐えます。

ここは耐えるところです。


この速さなら、間に合うかもしれないから。


……無事で居て下さい、琴美さん……お義姉さん!!

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