裁きの炎ガールズサイド

XX

第1話 絶対に結婚する

私の名前は水無月優子。現在高校2年の女子です。

1年前まで、ユニバーサルガーディアンズネットワーク……通称UGNで、エリートチームの戦闘員をやってました。

シンドロームはバロールのピュアブリード。

コードネームはクリスタルオーブ。私の魔眼が、水晶球みたいに綺麗だから、って理由でつけてもらいました。


まぁ、今はそのチームをクビにされちゃいましたけど。


誤解して欲しくないのは、別に私の能力が劣っていたからでは無くて……って、結果的にはそうなるのかな。

ずっと一緒に行動してた隊員の女の子が居て、その子、チームの能力強化要員だったんですが、敵にやられて重傷を負ったんですね。

で、そこにさらなる追撃が来て、私、その子が死ぬのでは無いかとどうしても怖くて。


切り札の「時の棺」を使ってしまいました。

対象の時間を一瞬だけ停止させるエフェクト。バロールシンドロームの奥義のひとつです。


本来は、もっと大規模な、深刻な被害を齎す敵の行動を阻止するために使うのが常識なのに。

私の勝手な判断で、使ってしまった。


傍にしっかり、ガード役を担う人が居たのに。

その人の事を信じ切れなかった。


そのせいで、その作戦は大失敗。

死人が出なかったのがせめてもの救いでした。


自慢になりますが、私は一応、近接攻撃、遠距離攻撃、妨害攻撃、ガード。バロールシンドロームに出来ることはどれも一級でできるのが強みの隊員だったんです。

でも、特に重宝されていた「時の棺」を、使いどころで使わず、感情で使ってしまう人間だ、って判断されちゃって。


チームから外されて、田舎にとばされちゃいました。

そりゃそうですよね。貴重な能力を、期待しているところで使わず、感情で意味不明な使い方されたら。

土壇場で必要な能力が無い、って状況になっちゃう。

そんなの、居ない方がマシですよ。危ない。


飛ばされたときは、ショックでした。

覚悟はしてたんですけど。こうなるだろうな、って。


金銭的な将来の不安は無かったです。

すでに私、無論その気は無いですが、もしファルスハーツに寝返ったら、それなりに問題が多い人間って上が判断してくれていたので。

田舎でも、極端な贅沢をしない限り、一生それなりに裕福な生活を送れる程度のお給料は貰える状態になってたので。


でもね、それって「飼われている」ってことですよね。

地味に辛かったんですよ。


飛ばされた先の支部の支部長のオジサン、秋月土門支部長は「ここはいいぞ。仕事無いのに給料はそれなりに貰える」って笑って言ってましたが、こうはなりたくないな。正直思いました。

だってこの人、UGNの春日恭二とか言われてるんですよ!?

いくらなんでも、こんな人の同類にはなりたくない!!


飛ばされた初日は、あてがわれた部屋で泣きました。


でも。


一晩泣いて、転校先の高校に初登校したとき。

私の世界が、変わったんです。


新しいクラスに居た男子に、すごくタイプの男の子が居て。

特に目が良かった。切れ長の、平安貴族みたいな目が。

鼻も高くって、かっこよかった。

で、体型はがっしりしてて、骨が太いタイプ。

ヘアスタイルもさっぱり短くて。

もろタイプでした。


休み時間に、転校生の宿題である質問攻めにあってるとき。

彼ら彼女らの質問に笑顔で答えながら、聞いたんです。

あの、体格いい、机で寝てる男子って名前何なの?って。


そしたら。


「え?水無月さん、彼みたいなのがタイプなの?」


聞かれた女子が、戸惑った様子でそう言うんです。


何か問題があるのかな?と思ったんですがそのまま続けました。


「そういうわけじゃないけど……あの人だけ、名前を教えてもらってないなって」


「彼だけは、止めといた方がいいかな」


私の答えを聞いて無いのか、その女子は滔々と話してくれました。


彼の名前は北條雄二。


彼が小5のとき。

彼のお兄さんが、クラスメイトに殺害される事件があって。

この田舎町は大騒ぎになったらしく。


皆、彼を遠巻きに見てたそうなんですが、そのとき、彼のいたクラスの人気者が「元気出せよ北條。笑えば気分が楽になるもんだぞ?」って励ましたら。

いきなり、その彼に殴りかかってきて。

周囲の人間が止めるまでに、前歯が全損するような大怪我を負わせたらしい。

年齢が小学生だったことと、理由がまあ、大人曰く理解しがたいものでもなかったので、大問題にはならなかったらしいんですが。

彼ら彼女らは、「ちょっと気に障ったくらいで酷過ぎる。怖い」「あいつは危ない奴だ」というレッテルを貼ったとか。


その後も、たまに喫茶店でクリームソーダ食べたり、本屋で雑誌買ってるのを目撃されて


「精神が分裂している」


って言われてるそうで。


……は?

北條君、悪くないじゃない。


聞いたとき、イラッとしました。

家族を殺された直後に、元気なんて出せるわけないでしょうが!

それは殴られた奴が全面的に悪い!!

失った前歯を鏡で見るたび、自分の愚かさを反省すべきなのよ!


家族が居ない私でもそれぐらい分かるのに、あなたたちは何故それぐらいわからないのよ!?


私の両親は、私が赤ちゃんだったときに、ジャームに襲われて死にました。

私もそのとき殺されるハズだったんですが、そのときに私は覚えてないのですが、オーヴァードとして覚醒したらしく。

ジャームを自力で倒し、後から遅れてやってきたUGNのエージェントに保護されて。

UGNチルドレンとして今日まで育てられて来たのです。


だから、私は家族と言うものを知りません。

それでも、想像でなんとなく分かるのに、何でこの人たちはそれぐらいわからないの!?

あなたたち、家族居るんだよね!?


それに、喫茶店や本屋に入ったらいけないってどういうことよ!?

どんな状態でも、甘いものが食べたくなったり、雑誌を読みたくなることがあるのが人間ってもんでしょ!?


そしてこんな状況なのに、見た感じグレてる様子の無い北條君は偉い!偉いよ!


顔に出さないようにしてたのですが、本当に、腹が立って、腹が立って。


「……水無月さん?何か怒ってる?」


気づくと、周囲の女子たちが怯えていました。


「ううん?怒って無いよ?何で?」


「……目がすごく怖く見えた。水無月さん、可愛いから余計怖い……」


「誤解だよ」


私は眼鏡を直しながら、感情が目に出てたことを反省しました。

感情制御、まだ甘いなぁ。




そういうわけで、私の中で北條君の存在が強く印象付けられて。

家に帰った後、早速学校のサーバーをハッキングして北條君の成績を調べました。


結果は、中の上、っていったところでしょうか。

でも、あの無気力な様子でこの成績なんです。

本気でやったらきっと、上位クラスに食い込めるに違いありません。

私が彼女になったら、一緒に勉強しましょうか。


警察のサーバーにも侵入し、彼の犯罪歴を調べました。

特に問題は無いようです。

やっぱグレてなかったんだ。あんなろくでもない状況なのに。


彼を尾行して家を突き止め、日曜日、家人が全員留守になったところを見計らって、ピッキングしてお邪魔しました。

家に盗聴器と、パソコンにスパイウェアを仕掛けました。


その結果、彼はお姉さんをとても大事にしていることと、パソコンでのエロサイトの趣味が、通常から考えて激しく逸脱しているような……女の子的には、寝取られとか、輪姦とか、スカトロだとか。

そういう、結婚した時に「やって欲しい」と言われたら困る系統では無いことが分かりました。あのときはちょっとホッとしましたよ。

(無論、情報を全部取った後は、再度北條君のお宅にお邪魔して、全部盗聴器回収&スパイウェア消去しましたから、今は残ってません)


お姉さんを大切に出来るという事は、本質的に女子を大切に扱ってくれる男の子だってことです。つまり、私も家族になれば、大切にしてもらえるわけです。


……見つけた……私の優良物件……!!


笑みが零れます。

そう。私はこの時、UGNのエリートエージェントへの夢に代わる、別の夢を見つけていたのでした。


思えば、エリートチームに居た頃は、チーム内の恋愛は禁止でした。

チーム内で恋愛すると、作戦行動に支障をきたす可能性があるから、絶対するなと言われていたので。

実際、何人か、チーム内で恋愛してそれが発覚。その後丸坊主にさせられて、博多支部に左遷になった子を何人か見てきました。


でも、今の私なら、恋愛が出来る……!

そして、ここにモロタイプで、優良物件の男子が……!!


それに気づいたとき、私は自室で踊ってしまいました。

それぐらい嬉しかったのです。


あぁ、私、左遷されて良かった……!!

あの日、泣く必要なかったんだ……!!




こうして、彼の表面的なチェックは全て終わり、結婚するのに難がある人物で無いことが分かったわけですけど。

最後のチェックが残っていました。

よく、経験者は言いますよね。


キスをすると、突如気持ちが燃え上がったり、逆に急に冷めてしまうことがある、って。

この現象、一説には「相手の唾液を体内に取り込むことで、自分の遺伝子と相手の遺伝子との相性を本能的に判断する能力が人間には備わっている」という話があるそうで。

どうしても気になったので、最後にこれをチェックすることにしました。


どうやるのか?


無論、本当にキスはしないですけど。

結果的に同じ状態になれば、チェック自体は出来るわけで。


北條君は、よく昼休みに自分の席で寝ています。


眠りが深い場合、たまに口元から唾液が零れているときがあるわけで。


私は、その日スポイトを持参して登校し、昼休みを待ちました。

そしてチャイムが鳴り、昼休み。


弁当を食べる人、学食に行く人、集まって会話に夢中になる人。

北條君は、ビスケットを数枚口に放り込んで、咀嚼して飲み込むとそのまま寝てしまいました。


私は周囲を確認し、誰もこちらを見ていない瞬間を待ちました。

そして。


……今だ!!


その瞬間に、私はこっそり光る球体……「魔眼」を出現させ、エフェクト「帝王の時間」を発動させます。

周囲の時間の流れを遅くし、その隙に色々行動するエフェクトです。


まわりの皆の動きが、極端に遅くなります。

今です。


私はスポイトで、ちゅ~と北條君の口元の唾液を吸い取りました。


エフェクトを解除し、私は女子トイレに向かいました。




女子トイレから人が居なくなるのを待って、ドキドキしながらスポイトを取り出しました。

たっぷりと北條君の唾液を吸い取ったスポイトを。


……あぁ、これで、私と北條君の遺伝子的な相性が分かるのね……!


光にかざすと、私にはそれが輝いて見えました。


神様、どうか、北條君が運命の人でありますように……!!


祈りながら口を開き、自分の舌の上に、スポイトの中身を押し出しました。


そして、北條君の唾液が、私の舌に触れた瞬間。


ドクン!


心臓が高鳴り、震えが来ました。

思わず、私はスポイトを落としてしまいました。

そのまま、ガクガク震えながらお腹を抱えて崩れ落ちました。


おなかのあたりが、疼きはじめたために。


……これは……!!


間違いないわ。私、今、北條君に抱かれたくてたまらなくなってる……!!

子宮が疼いて、彼の子供を産みたくなってる……!!

私の卵子が、この人を私のお父さんにして欲しいって騒いでる……!!


欲しい……!!彼が欲しい……!!結婚したい!彼と結婚して、彼の家族の一員になりたい……!!


ハァハァと、呼吸がどんどん荒くなります。暑くも無いのに、汗が滲みます。

私は悶えながら、彼の事で頭がいっぱいになっていました。

やっぱり、北條君は私の運命の相手なんだ……!!

どんな手を使っても、絶対に彼と結婚して、彼のお嫁さんになる。私はそのとき誓いました。

待っててね……必ずママが、あなたたちをこの人の赤ちゃんとして産んであげるから……!!

私はおなかに誓ったのです。




そして。


その日の帰宅時、道中で半紙と、硯と、墨と、毛筆を買いました。

全ての条件をクリアし、運命の相手だと分かった彼に対する決意表明として、やっておきたいことがあったのです。


『北條優子』


あえて墨汁を使わず、水から丁寧に墨を擦って作った墨で、集中して書いた一筆でした。

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