口付けの行方

空薇

キスして

 綺麗な彼女は、校舎に入り込む陽射しが紅く染まる頃、俺の制服の裾を掴んで、決まってこういう。


「……キスして」


 その恥じらいがうかんだせいで陽差しと同じくらい赤くなった彼女の表情や、そらされている潤んだ瞳を見て、俺は今日も逆らえず、彼女の艶やかな唇に、そっと自分の欲を押し当てる。



 彼女は、ひどく綺麗で、完璧な人だった。

 成績はいつも学内の上位に君臨し、スポーツだってある程度ならそつなくこなす。

 さらに、その美貌に違わないクール性格をもち、だからといって冷たいわけではなかった。

 そんな彼女は、まあモテた。

 それに比べて俺は、平凡な男子高校生。

 学内の誰もが憧れる彼女に憧れてはいたものも、接点なんて一切なかった。

 ただ、一度、教室に忘れ物を取りに行った日、窓辺に佇みながら涙を流す彼女を見ただけ。

 事態が飲み込めず呆然としていた俺と目を合わせた時の彼女の表情も、言葉も、声も、忘れる事ができない。

 彼女は、涙を流して、寂しそうに微笑みながら俺に近づいて、力ない声でただ、


「ねえ、南くん。キスして?」


 そう、囁いた。

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