第55話 弱い心


 妹というすごい才能あふれる存在がもしも居なかったら、それこそ普通に育ててもらって、普通にある程度の期待をしてもらって、普通に喧嘩して、普通に巣立っていったんじゃないかな。


 でも、俺には妹が居たから、両親の期待はすべてあいつに注がれていった。

 親に期待されないというのが良いか悪いかで言うと、実を言えば楽なことが多かった。別に育ててもらえなかったわけでもないし、虐待を受けていたわけでもない。誕生日には祝ってもらえるし、お年玉だってもらえたし、手伝いをしたらありがとうだって言ってもらえていた。

 そういう意味で言えば、はるかに楽なことが多かったと思う。少なくとも、妹ほど苦労した覚えは俺にはない。その上で、我儘放題に自分勝手な事を言うようだが、寂しいと思うこともあった。優先順位と言えば良いのだろうか。何か起こった時の親の優先度は間違いなく妹のほうが上だったと思う。別に、俺を大事にしていないとかいう話じゃない。

 期待されたいわけでもないのに、心配はされたいとか。言葉にすればただの甘えん坊の馬鹿みたいな台詞であることは分かるけれど、じゃあ! と全てを割り切れるほど俺は大人でもない。


 一人語りに付き合わせてしまって申し訳ない。

 何が言いたいかというと、つまりは。


「ルイーザは僕の後ろに隠れていてください」


「おや、これはどう考えても私が理由の問題のようだ。責任をもって彼女を守るのは私の役目だと思うが」


「寝言は寝てから言ってください。それに、自分が責任を負う必要があるというのなら、どうぞ前に出て問題を解決なさっては? 僕はルイーザとここで待っていますので」


 二人の美少年が、なによりもわたくしを優先してくださっているこの現状に、どうしても嬉しいと覚えてしまう愚かな自身が居るということなのです。

 一国の王子を危険に晒してしまっている失態はあとで反省するとしても、命の危険に颯爽と現れる王子様というものは、たとえわたくしの中身が元男であったとしてもぐっとくるものがあるのが分かってしまいました。

 山賊襲撃の際もそうでしたが、こんな時に優しく抱きしめられでもしたら別にそのまま……。


「ふんッ!!」


「ルイーザ!?」


「ルイーザ様!?」


 いきなり近くのポールに頭をぶつけたわたくしの奇行に御二人が驚かれておりますが、今はそんなことどうでも良い話です。

 え? いま、わたくしはなにを考えましたか? 安心するのは良いでしょう。わたくしは至って普通の一般人だったのです。ルイーザとなったいまでも、令嬢としてしか生きていないのですから戦いに慣れるはずがありません。ですから、助けにきてくれた知り合いに安心感を覚えてしまうのは致し方のないこと。いえ、むしろ自然であるといえるでしょう。


 抱きしめられたら?

 別にそのまま?


「わたくしは何ということをォ!!」


「落ち着いてッ! 僕の方をみてください!」


「おのれ! ルイーザ様になにをした!」


「……いえ、まだ何も……」


 あれほど興奮しきっていた占い師でさえ、ドン引きして冷静になってしまっておりますがそんなことはどうでも良いことです。

 追い出すのです。いますぐに。この悪しき考えを全て追い出すのです!


「お嬢様、落ち着いてください! お嬢様!」


「貴女は右側から抑えて! 僕は左側から!」


「解きなさい! 彼女にかけた呪いを今すぐに!」


「で、ですので、なにもまだ!」


 わたくしの華奢な身体のどこにこれほどの力があったというのでしょう。

 必死で止めようとなさる二人を振り払って、わたくしは頭をポールにぶつけ続けました。


「出て行けぇえ!」


「ルイーザ! 本当に死んでしまいます! ルイーザ!」


「お願いです、御止めくださいお嬢様! 私です、ニクラです!! 私の声を聞いてください!」


「どんな呪いだ! 頭をぶつけ続けるなんて聞いたことがないぞ!」


「本当に知らないのですぅ!!」


 城の兵士の皆さまがやってくるまで、この騒ぎが止まることはありませんでした。

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