第53話 名探偵など不要


「ぬほッ! ぬっほォ!? サ、サンドラたんッ! サンドラたはァァんッ!! もう駄目、もう駄目っ! 死ぬ、萌え死ぬ! にゅほぉほぉォオ!」


 帰りてえ。

 って、違う違う!


 落ち着きましょう。まずは状況の確認です。

 サンドラ様を呪いから救うために城に呼ばれた占い師がなぜか一人で庭園を駆け抜けていくのを見てしまったのは誰でしたか。そうです、わたくしです。

 これはまさしくゲーム的展開と言えるではありませんか。続きはこうです。占い師が実は呪いをかけていた張本人だった。理由は、王国に恨みを持っており、その復讐。なるほど、素晴らしく分かり易い上にとても万人受けする続きであると、


「鼻血噴くッ! 思い出しただけで鼻血噴く! 思い出し鼻血がぶっびょするヲ! のほッ! のほほほッ! 至近距離に、至近距離にサンドラたんの御尊顔まじ鼻血ふひィィ!」


 続きであって頂けませんかねぇ!!

 一昔どころか、二昔以上古いタイプのオタク言語を叫び続ける妙齢の女性というのは見ているだけで辛いものがあります。なにやら分かりませんが、わたくしの胸の奥が締め付けられるような。これが、イタイという感情……。


「くふぅッ!! お、思っていた通り……、サンドラたんはまじ美人! まじ国宝! まじ最の高! ふひ、ふひひッ! 呪いなんて嘘をついてまでサンドラたんを女の子にした甲斐があったでふ! そうでなければ糞女共が、おぉぉぉ! 考えただけでもおぞましい!!」


 せめてわたくしが出て行ってから自白してもらえないものでしょうか。

 何もすることなく彼女が嘘をついていたことだけではなく、その行動理由まで明かされ始めているのですけど。これ、わたくしは必要ですか?


 前世でも推しに対する行動が目に余る人間というのは存在しているとは聞いておりましたが、実際にそれを目の前にすると理解できない恐怖が沸き上がってくるものなのですね。

 さて、如何しましょうか。呪いが嘘だったということは、このままわたくしは退場し、この場での出来事をサンドラ様に報告すれば解決してしまう気がいたします。不本意ではありますが、わたくしの弁を信じてくださる程度には好感度も高まっているはずです。


「だというのにィ!!」


 おや?

 呪いが嘘だったとして、ではどうしてサンドラ様に不幸が襲い掛かっているのでしょおうか? 本当にただの偶然だと言うのでしょうか。それにしては、些か以上に不自然なことが多いような……。


「あのルイーザとか言うクソガキャァァァ! サンドラたんに気安く近づきくさって、しかも色目まで使ぎぃぃぃ!!」


 別の生物に転生しそうなほどの憎悪を振り撒いている処を目の当たりしながら考えたくはありませんが、サンドラ様ではなくわたくしの方に被害が出るようにするほうが素直な考えだと思うのですよね。


「呪いっぽいことを起こせばあのガキが正しい相手じゃないことを証明できると思ったのにィィ!!」


 あー……。

 なるほど、そちらの方向で攻めていこうとなさったのですね。わたくし個人といたしましては、サンドラ様の熱を冷ましたいので実にありがたい話ではあるのですが、それで他の方やサンドラ様自身の命に関わることを起こされるのはちょっと……。


 といいますか。

 本当に全ての謎が解き明かされていくのですが、これは良いのでしょうか!? 大丈夫ですか!? なにがどうとは分かりませんけれど、これは本当に正しい流れなのですか!?


 こほん。

 思う所は多々御座いますが、ひとまず。ひとまずです。最近の不自然な事象が彼女の仕業だと分かった以上は最早この場に用はありません。今すぐにでもこのことを伝えて彼女を捕まえて頂かなければ。


 ――パキッ


 おうふ……。

 木、の枝ァァァ!? うっそぉぉ!? なかったじゃん! そんなもの今まで足元になかったじゃん! 確かに庭園だから枝が落ちてても不思議じゃないけれど、そんなものなかったじゃん! さっきまで尾行している時には何も踏まなかったのにどうして逃げようとしたこのタイミング!? なに! これがヒロイン力! ヒロイン力か! 俺は悪役令嬢だよ! ヒロインじゃねえよ! 要らねえよその意味不明な力! 力が欲しいか、じゃねえよ! 要らねえよ!?


「絶対に許ざんッ! あのクソ虫をどうやって殺してやろうか! 否っ! 否否否ァ! 殺すでは許されん! 死以上の恥辱を与えてからぐっちょぐちょにして殺すのだァァ!!」


 あ。気付いてねえ。

 ……、冷静に考えてみればあれだけ叫んでいるのですから、小枝を踏んでしまった音で気付くはずがありませんものね。良かった良かった。

 これで心置きなく、わたくしはこの場から逃げ、


「お嬢様! そんなところに居らっしゃったのですね!!」


 叫び声をもかき消すほどの大きな声をあげながら笑顔で駆けよってくるニクラが、いまのわたくしには悪魔にしか見えませんでした。

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