第2話 俺という人間が
俺には優秀な妹が居た。
誰もが羨む品行方正な優等生。どうして彼女の兄がお前のような男なんだと何度も言われ続けてきた。それだけじゃない、影で妹のファンクラブとやらに呼び出しをくらい殴る蹴るの暴行を受けたことも一度や二度ではない。
両親からの愛情も期待も、その全ては妹に注がれる。
ネグレクトこそ受けてはいないが、そこに居ても関心を向けられることはない。居ても居なくても俺は同じだったのだ。
だけどもそれは別に悲しいだけではない。期待を受けないということはプレッシャーも与えられることがないということなのだから。
両親を含む周囲から妹がどれだけの期待という名のプレッシャーを与えられ続けてきたか。そしてそれを乗り越えるために影でどれだけの努力を積み重ねてきているのかを俺は目にしている。
確かに彼女に才能はあったのだろう。だけど、それを超える努力を重ねてきたからこそ俺の妹はあの場に立ち続けたのだ。
そんな彼女を見ていたのだ。
誰にも優しく、誰にも弱音を吐くことのない彼女を見ていたのだ。
そんな彼女が唯一甘えることが出来る存在が俺なのだとしたら、
『兄貴!』
少しの我が儘くらい、聞いてあげようと思ってしまったわけだ。
『チョコ食べたいから、コンビニダッシュな。もち、お前の金で』
…………。
…………。
後悔とは、後から悔いると書くわけでありましてな。
初めは小さな我が儘だった。
彼女にだって嫌いな人間はいるだろう。そんな相手の愚痴を聞くだとか、忙しい彼女に代ってコンビニへお菓子を買いに行ってあげるだとか、見逃してしまったドラマのDVDを借りに行くだとか。
少しでも小さな妹の肩にのし掛かるプレッシャーを軽くすることが出来れば良いな。そんな軽い気持ちで始めたことが、積もり積もって……。
妹が俺にだけはモンスターと化してしまった時には、時すでに遅く。
彼女の俺への注文は日に日に苛烈さを増していく。両親に相談しようとも無駄である。可愛く優秀な妹と、怠惰に過ごしているだけの兄。
どちらの弁を信じるかと言えば、日頃の行いが全て物語ってしまうだろう。そんな両親を恨むことはない。なにせ、努力を怠ってきたツケが回ってきただけなのだから。
『これ、やっといて』
ある日顔に投げつけられたのは一本のゲーム。
イケメンだらけに囲まれた一人の少女がパッケージに描かれたそれは、どこに出しても恥ずかしくない乙女ゲームでありました。
『クリア率100%にしといてね』
土下座して詳しく聞けば、メイン攻略キャラであるアルバーノ様を目当てに購入した乙女ゲームを隠し攻略キャラを含めて全制覇したのは良いものの、バッドエンドにも専用スチルがあることが判明したらしい。
購入したのだから全スチルは見てみたい。けれども、せっかくハッピーエンドを迎えたイケメン達と何が悲しくてバッドエンドを迎えなければならないのか。
見てみたい。けれども、悲しい恋愛はしたくない。
であれば、兄にさせておけば良い。
なにせ俺は彼女にとって都合の良い奴隷なのだから。
幸いにして、ノベルゲームであった当ゲームにプレイヤースキルは必要とされない。ちょっとパソコンで調べればスチル回収までの道のりだって示してもらえるのだ。
作成者側のちょっとした拘りなのか、未視聴部分のスキップ機能が使えないことだけはネックであったのだが、スマフォ片手にただボタンを押すだけで話は進むのだからこれ以上肉体的に楽な仕事はないだろう。普段はイケメン達と心温まる交流を楽しむゲームのはずが、ただイケメン達に嫌われ続けるという作業は精神的には辛かったけども。
ゲームをしている姿を親に見られてしまい、母親には泣かれ、父親には病院に連れていかれそうになったけれど、問題と言えばそのくらいのものだろう。
無駄に莫大なデータ量を誇るゲームをクリアするのに二週間もかかってしまったが、ようやくクリアした俺は、久しぶりに散歩でも行こうかと外に出て。
居眠り運転に巻き込まれてあっけなく人生の幕を閉じた。
きっと、便利な奴隷がいなくなったことに妹は腹を立てるだろうが、彼女が生きているのだ。両親も数日悲しむ程度のダメージで済むだろうさ。
……、せめて一週間くらいは悲しんでくれると良いな。くれるよな?
こんなことならもっと何かを頑張ってみれば良かった。
結局、何も誇れることがないまま俺の人生は終わりを告げた。
もしかしたら俺は妹に嫉妬していたのかもしれない。
なにをやっても上手に出来る妹に。彼女が影で努力をしているのは知っていたけれど、昔は俺だって何かしようと努力を重ねた時期はある。
俺が何かしようとしていると、妹がそれをあとから真似してすぐさま俺以上の結果を出す。そして周囲が彼女を、彼女だけを褒め称える。
繰り返される同じことに、いつしか努力をしなくなった俺がいる。
きっと、妹に嫉妬してなにもしなくなった怠惰な俺に神様が罰を与えたのだろう。だからって、命を奪うことはないじゃないかと思うけれど。
もしも、
もしも、もう一度人生を送ることが出来るというのなら、
今度こそ腐ることなく、なにかをしようと思う。
それが大きな事じゃなかったとしても、他人様を助けることが出来ることじゃなかったとしても、
死ぬときに、俺はこんなことを頑張ったんだぞ! そう、胸を張って死ぬことが出来る人生を……。
「だからってこれはねえよ、神様……」
鏡に映される悪役令嬢の姿に、何度目か数えることも忘れた溜息を零すしかなかった。
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