魔犬の騎士と八咫烏の巫女~役立たず扱いされてた僕ですが、巫女様のために最強目指して頑張ります~
まさたか
第一章:始まりの町、エリス
1.裏切りの一撃
あの日の事をよく覚えている。
雲一つない青空。ハウンド団、結成の日だ。
「よろしくな、相棒」
ジェスターは屈託のない、さわやかな笑顔で僕に手を差し出した。
「よろしく……ジェスター」
嬉しかった。
『神獣』を宿すことができなかった、僕へと差し出されたその手が。
孤児である僕に、分け隔てなく向けられる笑顔が。
力を持たない僕を、仲間に誘ってくれた事が。
そして、諦めかけた『あの子』との約束を、果たすことが出来る事に。
僕たちは二人で、冒険者となった。
名を『ハウンド団』と決め、将来の夢を語り合った。
――1年が経ち、仲間が増えた。
前線で魔物と戦う機会が減り、サポートに回ることが多くなった。
ジェスターと肩を並べて戦うのは、新しい仲間が担っていた。
――2年が経つと、戦闘にも出れなくなり、荷物を管理するようになった。
『神獣』を持たず、戦いで役に立たない僕は、地図を学び、装備を調達し、仲間のために裏方でできることを探した。
3年になると、僕よりも後に入った仲間が出世していき、いつしか僕が『お荷物』と呼ばれるようになった。
――4年目。
僕は『役立たずのエリオット』と呼ばれ、みんなの後をついて回るだけになっていた。
出来る限りの事はした。できそうな事は何でもやった。
でも結局、僕が『できる事』なんかなかったのだ。
それでもジェスターは僕を見かけると、
「――ようっ相棒」
と笑顔で語りかけてくれる。
彼は僕を仲間として見ていてくれた。
彼が仲間と言ってくれるから、何とか頑張ってこれた。
それに――夢にまで見た冒険者なれたのだ。挫折する訳にはいかない。
だけど、それもすべて失った。
森の中の街道で、炎が上がる。
僕らが護衛していた馬車は横転し、ごうごうと火の手を上げている。
仲間たちの怒号と悲鳴。
月あかりしかない、闇夜の中。
炎に照らされて、人の影が真っ二つに斬られていく。
突如、現れた強大な魔物。
『厄災』の魔物が、僕たちが築いてきたものを容赦なく、蹂躙していく。
物資、仲間、名誉。
すべてを壊してまわっていた。
次々とやられていくハウンド団の仲間を助ける力が、僕にはなかった。
今すぐにも逃げ出したい。
だが、目の前の彼だけは助けたかった。
ハウンド団の最期の生き残り。僕を相棒と呼んでくれた少年。
「ジェスター!」
『厄災』の魔物にやられ、右足を引きずる彼に、僕は駆け寄った。
軽傷だが、このままでは魔物にやられてしまう。
精いっぱいの力を込めて、抱え上げ、身体を貸す。
「ありがとな。相棒」
ジェスターがあの時のような笑顔を見せる。
「逃げよう!もう、俺たちしかいない……!」
『役立たずのエリオット』。
そう呼ばれた僕でも、できることがあるはずだ。
もうもうと黒煙が立ち込め、魔物の雄たけびが背後からこだまする。
魔物がすぐ後ろにまで来ているのが、分かった。
「――なあ、相棒。……俺の『代わり』に死んでくれ」
ジェスターが耳元で呟いた。
ずぐり。
わき腹に、暖かい感触がする。
熱を帯びていくようなその感触は、次第に鈍い痛みへと変貌していった。
痛い。
思わず、手を触れると鋭い何かが、指先に触れた。
鋭利で硬い、金属でできた物。
目線を落とす。
これは――ナイフだ。
僕のわき腹にナイフが刺さってる。
なんで。
「これから英雄になろうって男がさ。こんな所で死ねないよな……」
ナイフに触れた手が真っ赤に染まっている。
身体の震えが止まらない。
なんで。どうして。
ジェスターの顔を見上げると、そこにあったのは――いつもの笑顔だ。
「役立たずのお前でもさ……こういう時なら役に立つと思ってたよ」
わき腹からすべて流れ出すように、血の気が引いていく。
膝ががくがくと震え、力が入らない。
痛みに耐えきれなくなって、僕はとうとう、膝をついた。
ジェスターがそんな僕を見下ろす。
「後は、よろしくな。相棒」
その言葉には、何の躊躇いも、後悔も、懺悔すらも感じられなかった。
呟くように言い残して、彼は足を引きずりながら去っていく。
徐々に小さくなっていく背中。手を伸ばしてもけして届くことは無い。
ただ、見送ることしかできなかった。
頭では理解していても、納得できなかった。
4年も一緒にいたのに?
僕を相棒と呼んでくれていたのに?
だが、紛れもない真実がそこにある。
――見捨てられた。
背後に迫る絶望よりも、目の前を過ぎ去っていく絶望の方が――遥かに大きかった。
僕の最期はこんなものか。
わき腹を襲う激痛と、仲間に見捨てられた絶望から、僕は走ることを諦め、腰を降ろす。
振り返り、見上げる。
『厄災』の魔物。
月明りを覆うような巨大な体躯。黒い鳥の頭を持った異形は『アンドラス』と名付けられていた。
まん丸とした不気味な瞳孔で僕を見下ろし――人の背丈よりもあろうかという大ナタを振りかざす。
僕はここで死ぬんだ。
鉄の塊のような大ナタを見上げる僕にはもう――恐怖心はなく、この痛みから早く解放されたいという諦めの方が強かった。
思いのほか、あっけない最期だったな……
過去の思い出を振り返ろうとしても――辛い事ばかり浮かんでくる。
神降ろしの儀式で、ただ一人、『神獣』が手に入らなかった僕を、皆が嘲笑する。
力を持たない人間が、魔物と戦う冒険者などなれるはずがない。
その通りだ。
だけど、僕は――諦めきれなかった。
幼いあの日、『あの子』と約束したからだ。
冒険者になり、世界中を旅しようと。
一緒に世界を見て回ろうと。
『あの子』とはそれきりで、思い出も色あせてしまっていたけど。
その約束だけは、忘れる事ができなかった。
冒険者にはなれたけど、うまくいかなかったよ……
思い出の中の『あの子』へと告げる。
頑張っても、力がない僕は仲間に追い抜かれ、置いて行かれる存在だった。
今もまた――置いて行かれた。
アンドラスがその大ナタを僕へと振り下ろしたのを見て、僕は死を覚悟して目を閉じた。
頭の中でループするのはジェスターの最期の言葉。
――後は、よろしくな。相棒。
真っ暗な世界で凶鳥の雄たけびと、大ナタの風切り音が聞こえる。
――それが僕の最期になると思っていた。
強い衝撃――だけど、大ナタでかち割られたにしてはあまりにも軽い――まるで、誰かに突き飛ばされたような衝撃。
死ぬときの感覚ってこんななのかな。あんまり、痛くないもんだ。
違和感を感じて、目を開ける。
うすぼんやりとした視界に映りこんできたのは――
藍色の髪をした、女神様だった。
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