「始まり、そして旅立ち」1 研究所3 奪還5


* * *




 黒球のエネルギー波によって気を失っているミシェル。エニグマ博士はそのミシェルをまじまじと見つめ、感心しきっていた。


「この娘のどこにこれ程までの黒球への反応があるのか……興味津々じゃわい」


 ミシェルへの興味が尽きないエニグマ博士。しかしそれは歪んだ研究意欲からなる黒い心の塊からくるもの。その貪欲な研究意欲は常軌を逸している。


「んっ、なんじゃこれは」


 エニグマ博士はミシェルが横になっている実験用ベッドの近くにキラキラと光る銀色の何かが落ちているのを見つけた。エニグマ博士はそれが何かを確認する。


「なんじゃこの娘がしておったイヤリングじゃな。さっきの黒球のエネルギー波が出た際にこの娘の耳から取れたんじゃな。わしには関係ないわい」


 エニグマ博士は落ちているミシェルの銀色のイヤリングはそのままに、研究用メーターなどを見て何やら「これがこうで……あれは……そうなんじゃな、ふむふむ……」などとぶつぶつ呟き始めた。


 ザザザッザザッザザザッ


 黒球研究室の実験用モニターに何かが映し出された。エニグマ博士は「なんじゃ」と実験用モニターを見る。そこにはある人物が映し出された。


「エニグマ博士よ、首尾はどうだ?」


「――博士!?」


 モニターには高齢の、白衣を着た老人が映っていた。しかしその体躯はがっしりとして、見た目の年齢とはかけ離れた若々しさが備わっているようにも見える。エニグマ博士はモニターに映ったその老人を博士と呼んだ。


「博士、今回は何用でしょうか」


「なぁに、黒球に反応する娘が見つかったという事で、エニグマ博士よ、ぬしと話がしたくてな……通信を送ったのじゃよ」


 実験用モニターは通信用も兼ねていて、その通信を使って、「博士」という老人はどこからか通信しているのである。


「それが、例のミシェルという黒球に反応する「ダーク・プリンセス」の娘!凄いのです!この娘によって計器では測りきれないほどの黒球のエネルギー波が発せられました!」


「――ふふふ、そうか。やはり「ダーク・プリンセス」の娘。黒球にはうってつけの娘じゃな」


 「博士」という老人は満足すると「では、首尾よく進めよ……またな」と言って通信を切った。エニグマ博士は「「博士」のお言葉有難く頂戴致します」と丁寧に答えた。実験用モニターの通信はザザザッザザッザザザッという音と共に途切れた。


 その様子を、黒衣の男は静かに見つめていて、そのやり取りが終わると黒のマントを翻し〈研究所〉の奥の方へと消えていった。




* * *




「――この辺りのようなんだが……」


 サントモス山の麓の森の中を進むジョニーとビルとニッシュ。三人はミシェルの〈電話〉から発信されている位置情報を頼りにミシェルのもとへと進んでいる。そろそろGPSで発信されている場所の辺りへと来ているので、ジョニーはもう着くころなんじゃないかと感じている。


「あっ、あの辺り、明りが見えないか」


 ビルが木々の隙間から明りが漏れているのを見つけた。夜の闇の中にその辺りだけが光っている。


「本当だ。車輪の跡もあるし、あの辺りまで行ってみよう」


 三人は森の中、明りの漏れている辺りへと向かう。


「――ミシェル、無事でいてくれよ……」


 ニッシュはただミシェルの無事を祈っていた。




「――ここ、か」


ジョニーとビルとニッシュ、三人は森の中の明りがある場所へと来た。そこは、様々な大型の建造物が動いている、巨大な要塞の様な物が建っていた。


「ここにミシェルが――」


 ジョニーは〈電話〉でミシェルの〈電話〉の位置情報を確認する。すぐ傍まで来ているようで、GPSの反応は地図を拡大しても数ミリ程しか離れていない。


「うん、GPSの反応も、ここを示しているようだ」


 ビルが「いよいよ姉ちゃん救出ってわけか」と意気込む。ニッシュは「やつら、侮れません、気を付けてください」と忠告する。ジョニーは、ミシェル救出へ建物に乗り込む前の心構えを説く。


「ここからは、ミシェル救出へ向けて本番だ。恐らくニッシュ君の話から推測するにあの中では闘いが起こるだろう。ビルとニッシュ君は、私の後に付いてきてもらい主に私が敵の主力を叩く。実戦でのレイピア術は、なかなか侮れるものではない。ミシェル救出が最優先だが、自分達の無事も図り戦うぞ。ここからが本番だ!」


「はい!」


「父ちゃんの言う事だからな、聞かなきゃな!」


 ニッシュとビルがジョニーの言う事に呼応する。


「では建物に入れるぐらい近くまで移動する」


「はい!」


「おう!」


 三人は要塞の様な建物のすぐ近くに移動する。


 そこには見張りが一人いて、少し離れた所にももう一人いた。入り口近くの見張りは眠そうにふぁあっ、と欠伸をしている。


「見張りがいますね」


「そうだな……だがミシェルはあの中だ。突破させてもらう」


「そうこなくちゃな!」


 三人の内、ジョニーが見張りに近づく。見張りは、ボーっとしていて、近づかれているのに気付かない。そして、ジョニーはわっと見張りの前に現れた。


「ご機嫌よう、いい夜だね」


 見張りは急に現れ挨拶するジョニーにビックリして、慌てふためきあたふたしている。ジョニーは落ち着いていてレイピアを左手に持ち更に喋ってみる。


「ここに、女の子が来なかったかな?私と同じ金髪で青い瞳、白い肌なんだが」


「――!?」


 見張りは状況をようやく飲み込むと、言葉を叫んだ。


「――敵襲!」


 そしてジョニーに警棒の様な物を腰から抜き襲い掛かってくる。ジョニーは相手の右手から繰り出される攻撃を自身の左へ素早く体を捻って動き交わした。


「私は闘いは極力避けたいんだが、そっちがその気ならこちらも容赦しないぞ」


 攻撃を避けたジョニーに体を右に反転させ再びジョニーを襲う見張り。見張りが警棒の様な物でジョニーの首の辺りを狙い突進してきた。ジョニーは「なら」と言いレイピアが届くかという辺りで右の腰の後ろ辺りまで引いたレイピアを、相手が突進してくるスピードに合わせ凄まじい速さで見張りの胸の辺りに突きを放つ。


「ぐわぁあっ!」


 見張りは悶絶しその場に倒れ込んだ。息はしているが痛みで気を失っているようだ。


「ミシェル救出だ、さっそく中へ入るぞ!」


「さすが父ちゃんだ!」


「――凄い」


 ビルとニッシュがジョニーの後に続き、要塞の建物の中に入る。


 ビィイィィィーーー、ビィイィィィーーー


 その時、要塞の建物の中で警報が鳴り出す。すると建物に放送が流れだす。


「〈研究所〉内に侵入者!〈研究所〉内に侵入者!至急、排除せよ!」


 そして要塞の中から四、五人の男達が現れる。男達はジョニー、ビル、ニッシュの三人を襲ってくる。


 ジョニーは先頭の男の顎に走り込み突きを放つ。先頭の男は顎に強烈な突きを浴び、顔を揺さぶられてそのまま気を失った。ジョニーは走り込み突きを放った勢いで二人目の男の顎にレイピアを上に振り上げ打撃を入れる。二人目の男は顎に打撃を受けその場に倒れ込む。そしてジョニーは三人目の男に振り上げたレイピアを相手の頭部に振り下ろし打撃を与える。三人目の男もその場に崩れ落ちた。


「――凄い――たった一瞬で!」


「父ちゃんの実力はまだまだだぜ!」


 四人目と五人目の男は、ジョニーが手強いと見るとビルとニッシュに襲い掛かってきた。


 ビル対男一人、ニッシュ対男一人。しかしビルとニッシュは落ち着いていて、一対一ならばと相手の警棒の様な物の攻撃にきちんと対処する。


 ビルは、相手の連撃に対して全てを避けると、相手が体勢を崩したところを胸の辺りに強烈な突きを浴びせる。相手はその場に崩れ落ちた。


 ニッシュも、レイピアで相手の攻撃を全て防ぐ。しかし黒衣の男との闘いで負傷したニッシュ。一瞬動きが遅くなったところを相手が首の辺りに攻撃をしてくる。ニッシュは(ここで負けるわけにはいかない)と槍と剣を融合させたレイピア術ならではの体を反転させての一撃をここでも放ち、相手の左あばら辺りに強烈に当たる。相手は一瞬呼吸が止まり、骨が折れた衝撃と痛みでその場に倒れ込んだ。


「ニッシュ、あぶねー。でも今の一撃は凄かったな」


「うん――でも金属製のレイピア、凄い威力だ。こんな奴等にも同情しそうだよ」


 二人が危機を脱すると、ジョニーが「うん、二人とも、いいレイピア術だ。でも無理は禁物だぞ」と労いと忠告の言葉を掛ける。


 ビルとニッシュの二人は、こんな緊急事態の中、ジョニーが二人を闘いやすくしているのだと既に気付いていた。一人で三人を相手に一瞬で片づけるジョニー。特にその闘いぶりを初めて間近で見るニッシュは、その圧巻のレイピア術に感動すら覚える。


(俺も、これ位強ければ!――ミシェルも守れたかもしれないし……)


 ニッシュはレイピア術への想いが、改めて強くなる。


 その時またビィイィィィーーー、ビィイィィィーーーと警報が鳴る。すると要塞の中の奥の扉が閉まり出した。


「緊急警報、緊急警報。メインフロアへの入り口を閉じる」


 要塞の中の奥の扉が閉まる。


「これじゃあ、先へ進めないじゃないか」


「――ミシェル!」


「……」


 ジョニーは黙り込み考えを巡らせると、白いワゴンカーから持ってきて背負っていたバッグを手に取り、金属製のレイピアをその場に置く。


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