第5話 お前たちは居ないはずだろ!



あの地獄の二日間から、約八か月ほどたった今日。

俺は中学校を卒業した。


結局のところ、中学三年間を俺はヤンデレに囲われて過ごすことになってしまった。

そんな彼女たちでも遠慮という文字を知っているのだろうか?

卒業式の日だけはいつもとは違った様子で、俺の隣にいる時間が少なかった気がする。

卒業の日には女の子に囲まれて、ネクタイや校章、ブレザー本体を取られたのだが、関わってくる気配を感じなかった。それにしてもなぜ俺はネクタイやブレザーをとられたのだろう?

気になって、ネットで調べてみると、モテる男だけが通る道だそうだ。


やはり、やはりな女の子はちょろい。足が早けりゃモテるんだから。

ハァーハッハッハァー


少し嬉しくなり、記念としてスマホに日記をつけていると、俺に一つのメッセージが届いた。

メッセージの主はネットに強い彼女だ。一つ付け加えると、俺を最後の最後に裏切った能天気な彼女だ。

その内容は、


『喜んでるとこあれなんだけど、あなたの制服やネクタイを取っていった彼女たち、放っておいたらまたヤンデレになっちゃうかもだぞ。』


と言った物だった。

何で俺が喜んでいること知ってんだよ。やっぱり監視カメラで見てんのか?

なんてツッコミは置いておく。今はそんなこと言ってる場合じゃない。


彼女にはよくヤンデレたちのことを相談していた。

まあ、限られた時間での話だが。


だがそれでも、どのようにしてヤンデレを育成したのか、どのような過程で彼女たちはヤンデレになっていったのかなどを話し、彼女達との距離感をどうするべきかぐらいは相談するような仲だった。彼女は絶対に秘密をばらしたり裏切ったりしないと信じていたからこそ話せた内容だった。

ヤンデレと決別を決意できたのもこいつのおかげだったのに…最後には裏切りやがった。


だが彼女の頭脳は頼りになる。そんな彼女だからこそ気づいてくれたのだ、俺がヤンデレを育成するために使っていた手段に今回のケースが当てはまってしまうと。

俺が使っていた方法である、特別なもの(今回は校章やブレザー)を複数の相手にあげ、嫉妬の心を生み出すといった方法に。

今思うと本当に「やってんなー小学生の俺」といった感じだ。


昔のころの純粋な心があったからこそ悪怯わるびれもなくできた行動だ。今の俺がやればただのクズ男じゃないか。


昔の状況と今の状況は俺が意図して渡したか、そうでないかといった点が少し違うが、特別なものを渡してしまったことに変わりはない(昔は指輪だった)


今の状況を理解し、手放しでは喜んでいられないと思い、ボタンやブレザーを取っていった女の子たちの家に急いで向かうことにし、

メッセージでそのことを能天気な彼女に伝えると、思わぬ返事が返ってきた。


『ヤンデレたちのことは任せて!もう手は回してる。』


といった内容だった。

そうやはりこいつは気が回る。彼女が動いてくれて本当に助かった。

なぜならヤンデレたちの予測不可能な行動は俺が危惧していたことでもあったからだ。

ヤンデレたちが俺の行く手を阻むといった未来が見えたのだ。その問題をどう解決しようか考えていた時のこいつの一言、今となりもう一度思い直す。

こいつもう一度俺の味方になってくれないかな?


ヤンデレたちのことは彼女に任せ俺は家を飛び出した。


¢   ¢   ¢   ¢


俺のものを奪って言った女の子たちは10数人に及ぶ、よってたくさんの家を回らなければならないため、なかなかに骨が折れるものだった。


だけど大変だったのは家を回ることぐらいで、肝心のボタンやブレザーは


「他のことだったら何でもするから!」


と言ったら快く返してくれた。

こんなにすぐに返してくれるなんて、やはり女の子達は俺の制服などには興味がなく、興味本位でとっていたのだと気づき、モテモテだなんて喜んでいた自分が恥ずかしくなった。


¢   ¢   ¢   ¢


卒業式の日から二日経過し、俺はこの一年間を振り返っていた。


ヤンデレにあの動画をとられていた事件。

あの動画はいまだに消してもらえてない。


佳奈に無理やり契約書にサインさせられた事件。

結局あの契約書の内容はわかっていない。


今思い返すと本当に最悪な一年だった。


そして俺の行動はあの二日間からさらに制限されることとなった。


あいつらがあまりにも容赦がないと理解したからだ。


例の動画で脅され、できることが限りなく少なくなった八か月前、俺に取れる行動は勉強をしてヤンデレたちが絶対に入れないであろう学力の高校を受験し、高校での自由時間を手に入れることだった。そのため俺は、毎日必死に勉強した。


今日はその努力の結晶をぶつけて戦う日だ!


そう、俺はいま受験の日を迎えている。

おなかが痛くならないように、朝ごはんを控え早めの時間に家を出た。

いつもの朝ならば、ヤンデレ美少女たちいずれか一人は俺の家の前に迎えに来るはずなのに、今朝は来ていない。つまりそういうことだ。

「彼女たちは俺とは違う高校を受ける」ということだ。


迎えにきていないという情報だけで決めつけるのは、尚早かと思う人もいるかもしれないだが、あいつらが家に迎えにきていないという、情報はそれだけの価値を持つ。


電車に乗り込み、受験会場である、高校へと向かう。

都心の中央に位置する、俺が受ける都立千歳高校とりつちとせこうこうは偏差値75を超える高校だ。当然誰でも入れるってわけじゃない。

国からの支援金も多く、プログラミングの技術も学べ、校則も緩い。

そんな俺の求める最高の環境がそろっている高校だからこそ受験を決意した。


俺が求めるほどの整った環境である以上、当然ほかの人が求める環境でもあるらしく、今年の倍率は3倍を超えていた。だからだろうか千歳高校の校門の前には人だかりができていた。


受験前なのに緊張感がないなと不思議に思い人だかりのほうへ耳を傾けると、その人だかりからは、見知った女の名前が聞こえてきた。


「もしかして、朝日あさひ佳奈かなさんですか?私ファンなんです。

あの…サインってもらっても?」


「あの…受験前ですし控えて頂けると嬉しいかな」


「佳奈さんの周りの美しくも麗しい5人の美少女たちは、佳奈さんが所属する、朝日プロダクションの新人さんですか。すっごくかわいいし、そうですよね!」


「いや、彼女たちはただの私の中学校の同級生だよ!」


「えっ!マジマジ?俺ファンになりそう」


はッ…ハハハ。

色々と可笑しなことが起きている。少し思考をクリアにしよう。


ポク・ポク・ポク・ポク・チン!


うん。そうだ。あれは俺が聞いている幻聴だ。そうに違いない、絶対に違う。

違う違う違う違う。ほら、耳をふさげばもう何も聞こえない。

あいつ等がいるはずがないんだよ!そうだよ、なんだか複数人の美少女がいるということも聞き取れたが、それもきっと聞き間違いだ。


気を取り直して、受験に集中するために「フンフフンフンフンフーーー」

と最近はやりのバンドの楽曲を鼻歌で演奏しながら、校門の前を何も聞かなかったふりをして通り過ぎようとすると一人の女の子の声が聞こえた。耳を塞いでいても聞こえるほどの大声で


「あっ、いーくんだぁぁぁ」


と女の子は言ったように聞こえた。

どうやらあの人ごみの中心が声の発生源らしい。周りの観衆が

いっ、いーくん?

なんて、驚いたようにザワザワと騒ぎだしている



もちろん、いーくんなんて名前の人は知らないので、無言で立ち去ろうとしたのだが


「いーくんもこの学校受験するの?」



かわいらしい声音、でそういった彼女は人込みをかき分け俺の胸元へ飛び込んできた。


栗色の髪を頭の右側であざとく束ね、少し幼さを見せる華奢な美少女はキッチリと、重みがある。それどころか彼女の熱も感じる。

目を背けていた現実に、グイっと引き戻される感覚を味わい理解した。

彼女は俺の幻覚でもなんでもなく、俺が育成した(してしまった)ヤンデレが一人。七瀬ななせまどかだった。


美少女である彼女はそれだけで目を引く存在であるにもかかわらず、俺の胸に飛び込んできたことによってより注目を集めた。

本来その状況だけでも十分に俺の胃を痛めつけるのだが、それ以上の危機が自分の身に迫っていることに気が付き逃げようと、少々強引にまどかを引きはがし足早にその場から立ち去った。


今俺に迫っている危機とは二つ、一つは要らぬ注目を集めてしまうということ、もう一つは彼女たちが暴走してしまうかもしれないということだ。


まどかは少し俺との距離が近い。そのためいつもそのことが喧嘩の火種となるのだ。

ヤンデレたちが俺を奪い合う喧嘩の火種に。


ヤンデレ美少女たちは普段ならば世間体や体面を気にするが、頭に血が上ればそんなこと考えなくなる。



「伊都は私の婚約者ですよ!」


「何いってますの?わたくしのですわよ!」


なんて服の引っ張り合い、髪の引っ張り合いの喧嘩にでもなりかねない。


ああ、やめてくれ!俺の俺のトラウマを呼び起こすな!


過呼吸になりかけたが、すぐさま気を取り直す。

 

そうだ。そんな状況はまずい。なんたって国民的女優である朝日佳奈の好きな相手が俺だと発覚するのだから。

しかも、佳奈だけでなく、佳奈と同等の容姿を持つヤンデレ美少女も俺のことが好きだとほかの人に知られれば、これから受験する、千歳高校の男子はもちろんのこと。

今の時代SNSですぐに情報が拡散できる時代だ、話題性抜群で直ぐに日本国民の全男児に広まり、敵に回すことは目に見えた帰結だ。


佳奈は芸能界ではアイドルのような存在だ。女優として活躍しているのは勿論のこと、その恵まれた容姿を使い、売り出した写真集は水着など肌を露出させた写真が一枚も無いにもかかわらず、初版15万部を売り上げ、写真集の歴史に名を刻んだほどだ。


黒髪ロングの清純派で売り出している彼女に好きな男などもってのほかだ。

誰だって、清楚だと思っていた推しが裏切ったとなるとその怒りの矛先は、男の方に向くはずだ。


また、テレビなどへの露出が全くない謎の美少女たちも、国民的女優が好きな相手である俺のことを好きだとネット民たちが知れば、俺に決断を迫ってくるだろう、誰か一人を選べと。

だが俺は選びたくないんだよ、むしろ選べないんだよ。



妬みに嫉妬、中学生の時に散々味わった人間の醜い一面だ。あの頃はいじめられそうにもなった。中学生の頃の二の前はごめんだ。絶対に避けなければならない。




そのため絶対にこの場で彼女たちの怒りを買うわけにはいかない。



俺は足早にその場を去る。

「あの男の人だれ?」

なんていう質問が聞こえた気がしたが、そんなもの後回しだ。


人込みと喧騒をかき分け、自分の受験番号と受験をする教室とを確認しながら、最上階にある自分の受験する教室へと向かった。


だけど俺は、一つの事実を見落としていた。俺と校門の前で話題になっている彼女たちは同じ中学校なのだ。つまり彼女たちとの受験番号の違いは小さくなり、受験をする教室が同じになるのだ。


はてさてどうしたものか、なんて考える間もなく、合計十二個。人数に換算すると6人の足音がこの教室に近づいてくる。


あっ…終わった。

そう思うと同時に


ガラガラガラ


「さーかーきーさん。わたくしたちから逃げられるとでも?

何を思ったかはわかりかねますが、わたくしたちを無視して一人で勝手に教室へ向かったのは有罪ギルティですわよ!」


教室のドアが開かれる音と同時に甲高い女の声が教室中に響き渡る。


幸い教室にはまだだれも来ていない。ほかの受験生の邪魔をせずに済んだと安堵の息をついたのも束の間、間髪入れずに先ほどのお嬢様口調の彼女は叫びだす。



そんな彼女の名前は花山院かさんのいん桜白おしろ

すごい金持ちでプライベートビーチ付きの別荘を持ってたりする。

歪みのない白銀の髪を肩のあたりで切りそろえた風貌の彼女は佳奈とはまた違った威圧感を漂わせている。


桜白の碧眼の圧倒的な剣幕に気おされたじろぐこと三歩。椅子に足をとられ思わずこけそうになる。

そんな俺を見かねて手を差し伸べてきた桜白は口角を右に吊り上げ、顔の筋肉をヒクヒクさせながら


「聞いてますの?貴方は有罪ギルティですのよ!謝罪の一つぐらいあってもよくってよ?」



 彼女は謝罪を要求(無理矢理)してきた。

だけど俺はその要求にすぐには答えない。

今は他のことだ。


「ちょ、ちょっと待って!謝罪は後でするよ、その前に一つ確認したいことがあるんだ。

なぜ桜白おしろ、まどか、佳奈かな満知まち風香ふうか早紀さき、お前たち六人がいるんだよ!

お前たちは居ないはずだろ⁉︎」


「あれ?何を言ってますの坂城さん。あなた自身がわたくしたちがこの学校に来るのを望んだのでなくって?それでなくともわたくしは最初からこの学校に通うつもりでしたのよ?」


桜白は淡々とした口調でそう告げた。



「ちょっとまっ————」


俺の声で会話を途切れさせようとしたのだが、相変わらずまどかは話を聞かない。


「そうだよ!いーくん。まどかはいーくんがこの学校に行くって知る前から狙ってたんだよ」



あざとくも愛らしい声音で栗色の毛を頭の右側で束ねた彼女もそういった。



「伊都の~おねえちゃんの~あたしが来なくて誰が来るの?」



それに続くように、本当の姉ではないが姉であるかのような言い方で豊満な胸を強調させながら満知はふふんと鼻を鳴らし、右手で青碧せいへき色の髪をかき上げた。



「早紀はいつでも伊都の隣。それは変わらない。」



白衣を着ている早紀は不愛想な物言いで口を尖らせながらも、長い前髪からは金色に輝く一対の瞳が瞬き一つせず俺を見つめている。



「ハハッ。皆のことは止めたんだけどね。言うこと聞いてくれなかったんだ。」



無邪気な笑顔を光らせながら風香は無責任に匙を投げる。頭の横に作られた二つのお団子を解きながらツインテールへと変化させる仕草になんだか少しドキッとさせられるが…


俺は忘れないぞ。お前が匙を投げる姿を見て思い出した。あの日に似ているな!

俺を裏切った時に似ているな!俺は結構根に持つタイプだぞ!


そして彼女たち五人の最後を飾るかのように、笑い声が不気味な女優は言葉を紡ぐ



「うふふ、私はいつでも伊都のそばにいますよ。だって私は伊都のお嫁さんですから」



めまいがする。気分が悪いようだ。なんだか空っぽの腹も心なしか痛くなってきた気がしなくもない。


だがそんなことなど気にも留めず俺は絶対に言わなければならない言葉を腹の奥から探し出して伝えることにした。


「なんでお前たちがいるんだよ。


六人に悪態をつきながら、後悔の念が自分を包む感覚を約八か月ぶりに味わった。


あの時確かにもう油断はしないと決めたのに。

まただ、また、またもや彼女たちに嵌められた。


いやでも、よく考えると

あれ?これは嵌められたのか?

あいつらは最初からこの高校を受験するつもりだったと言っていた。それが確かならば俺は自分から死地へ飛び込んでいったのではないか?


それってもはやドMってやつじゃないか?


いや、でも…満知と早紀は俺についてきたような物言いだったし…。


何が何だかわからない!




―――――――――――――――――――――――


流れるような登場ですみません。突然でしたが出させていただきました。


ですが、やばいです。書き分けが難しい。

これから六人をもっと掘り下げたりは受験編(小説での)が終わってからしますので、それまでに推しは決めないでください(切実)


軽くだけ人物説明します。


¢   ¢   ¢   ¢


坂城伊都 さかきいと

→ヤンデレを愛する一男子。


朝日佳奈 あさひかな

→女優。○○系ヤンデレ


水瀬早紀 みずせさき

→研究者、○○系ヤンデレ


花山院桜白 かさんのいんおしろ

→お金持ち、○○系ヤンデレ


黒瀬満知 くろせまち

→お姉さん(自称、伊都がヤンデレ好きになった原因のエロゲ好きの姉とは別)、○○系ヤンデレ


七瀬まどか

→あざとい、しかしかわいい。○○系ヤンデレ



佐竹風香

→ネットに強い、○○系ヤンデレ

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