第12話 おばけ  その四  地獄編 地獄とは?

  その四  地獄編 地獄とは?

三崎伸太郎 08・29・2021


地獄に落ちようとした人間には疑問が残る。

「地獄とは?」と言う疑問だ。

死ぬと三途の川を越える。そして、閻魔大王様の裁きを受けるなどと教わった。そこで,嘘をつくと舌を抜かれるなどとも教わった。果たして本当かどうか。地獄に落ちて帰った人から本当のところを聞いたことがない。天国から返ってきた人は、まれにあるようで、天国はとてもよいところとか。

私は、お化けに「地獄って本当にあるの?」と、率直に聞いてみた。

「何を仰いますのや。現にわては地獄に住んで居りまっせ。間違いあらしません」と、彼は言いきった。

「しかしだねえ、地獄に落ちて再び現世に帰れなくなったら嫌だし・・・地獄って、何?」

「地獄でっか。よろしいおます。説明しましょう」と、お化けは講釈を始めた。

座標軸の図でY軸とX軸を考えます。そして、+は現世です。-は地獄です。現世から地獄に落ちるにはベクトルを考慮しなければなりません。

「ベクトル」って何?

大きさと方向を一緒に持っている量です。Zで表します。そして、空間ベクトルは、私が利用している家の天井の隅のようなモノです。あの三角錐のようになっている部分。あの点からマイナス方向に進むと地獄です。

お化けは、少し頭のよさそうな説明をしたが私には分らなかった。

「お化け君。さっぱり分らないぜ」

「さよですか。ほなら、ワープ航法はしってまっか?」

「ああ、テレビで見たよ。UFOはワープで他の天体から太陽系に来るんだって」

「あのようなモノですわ」

「すると、僕はワープ航法で地獄に落ちるということ?」

「違いますがな。あんさんは、蒸気機関車地獄便の三等席ですう」

スター・トレークなどの、カッコイイ宇宙船を思い描いていた私は、正直とまどった。蒸気機関車は、北海道を旅行したときに乗ったことがある。乗り心地の良い物ではない。正直、好きではない。

「まず、お化け服をきてもらいますう。着ないと、あんさん永久に地獄でッせ」お化けが電話口で怖そうに言った。

「よ、よせよ。ぼく、地獄に行きたくなくなりそう・・・」

「ほなら『クネクネ』見たくないんでっか?」お化けが聞いた。

「エッ? それは見たい。しかし、蒸気機関車の三等席って・・・・なんとなく、座り心地わるそうじゃない」

「クネクネ観てたら、一二時間って、アッと言うまですわ」

「そ、そうだね・・・」私は、お化けに言含まされた。

結局、それで私はお化けの服を着て「それでは、行って来ます」と、妻に言って「地獄への道」と書いてあったインストラクション(取扱説明書)通りに“地獄行き鉄道42番”と声を上げた。

(駅?)昼のようだが暗いところだった。「地獄駅」と書いた古ぼけた看板が見える。かなりの人ごみだ。お化けの服を着ているのは私だけだった。他は・・・死装束とか訳の分らない黒っぽい服とか、赤い線の入った服とか、色々な人々が並んでいた。不思議なことに皆、首をたれて足下を見ているように見える。うろ覚えだがこの場面は、テレビで見た「ゲゲゲの鬼太郎の幽霊電車」にも似ていた。ただ、妖怪たちではなく死んだ人達のようだ。皆顔色が悪いし、中には死に化粧と思われる顔もある。

「もし、そこの人」と、私は呼びかけられて声の方を振り向いた。駅員のようだ。

「はい、何でしょうか?」ありきたりの言葉で答えていた。

「あなたは『お化け』のようですが地獄行きですか?」と、顔色の青ざめた相手は聞いてきた。

「友達に呼ばれたもので・・・」

「友達?」

「はい。地獄に住んでいるお化けですけど・・・あの、暑中見舞いに案内が書いてあったものですから・・・」私は服の中から、持って来ていたお化けからの暑中見舞いを駅員に見せた。

彼は、暑中見舞いに目を通した後、携帯で誰かと話した。

そして、彼は私に近づくと「確認させていただきました。後部車両の三等席にご乗車下さい」と、言った。

電車の後ろの方に歩いていくと、車両が闇を背景にあった。現在は昼なのだが太陽の光はまったく無い。ぼやけた灯りがあちこちに揺らめいているだけだ。

私は、駅であれば駅弁とかお茶とかが買えるのではないかと思い、あちこち目で探してみたが何も無い。普段の服装の死人や、白い死装束の人が風のようにフワフワとした感じで目の前を通り抜けていく。死人の頭には、白い紙でできた三角形の頭巾(天冠)と呼ばれるものが付けてあり、死人達が歩くたびにひらひらと揺れている。

あまり怖くないのは、私がお化けの服の中にいるからだろう。寒くも無く暖かくも無く、快適だった。安心感もある。防護服のような感じだ。

車両の中は、既に満席だったが私の三等席は最後の車掌の席と思われる近くで、一人席だった。

固い席に着くと、改めて車内を眺めた。皆首をたれて一言も話さない。

(なるほど、地獄に向かう人々に元気を与える為に『クネクネ』のサービスがあるのだろうな)と、私は勝手に考えていた。

汽車が汽笛をあげると動き始めた。

「次は“三途の川~”」と、案内が聞こえた。間違いなくゲゲゲの鬼太郎の「幽霊電車」に似ている。しかし、汽車が動き始めると辺りは一変した。先ず、稲光と雷があり雨も降り始めた。嵐である。汽車は次第にスピードを増した。この分では、三途の川は洪水であろうと思われた。

私は、うろ覚えの「三途の川の渡り方」を思い出した。三途の川駅で降ろされて、あれこれと現世の事を聞かれたら、当然私は罪びとで深い急流を泳がされて地獄行きとなる。私には後悔が応じていた。三途の川駅で降りて地獄駅に、戻ろうと考えた。

私は車掌の席に行くと「あの、僕は、何となく乗り物酔いで気分が悪くなりました。忘れ物もしたので、三途の川駅で降りて地獄駅まで帰りたいのですが・・・」と言うや否や、車掌は鬼の形相。口は耳まで割れ、赤い口には牙がある。頭に鬼の角が出てきた。

「何じゃこの餓鬼は!」と、彼はすごんだ。まるでヤクザである。

気の弱い私は、ひるんだ。それでも、このまま地獄に落とされたら、二度と現世には戻れないような気がして来た。お化けは、私を騙したに違いない。

私は、現世現世と念じて元に戻ろうとしたがお化けの服は力を発揮しなかった。電車の中では無力のようだ。

良く観ると車掌は、足下に棍棒のようなモノを置いている。車掌は間違いなく鬼だった。

「僕は、生きている人間ですよ。ほら」と、私はお化けの服を脱いで彼に見せた。

「それが、どうした!」彼は、さらに声を上げた。

「乱暴はいけません。人権尊重。僕の住んでいるカリフォルニアは民主党」と、訳の分らないに事を口走っていた。

不思議なことに、この言葉は少し効き目があった。

「カリフォルニア?」と、相手は聞いた。

これは、いけるかもと思った私は「その通り。ナンシー・ペロシさんは友達」と、嘘をついた。まだ、裁かれる前だ。嘘でも何でもして、とにかく地獄駅に戻らないといけない。

しかし、逆効果だった。ナンシー・ペロシの名前を出したのがよくなかったようだ。鬼の姿になった車掌は棍棒をつかむと、私に振り下ろしてきた。流石にお化けの服は良く出来ていて、自動的に私は棍棒をよけていた。棍棒は近くの金具にあたって火花を上げた。それは、ドアを開くレバーだったようで、電車のドアが開いた。

私は「地獄」と言いながら、電車の外にジャンプした。すると、お化けの服は力を発揮した。私は突然と、巨大な門のある場所にいた。門の後方には地獄の火炎が見える。「地獄駅」と言わなかったので、どうやら直接地獄に来たようだ。

私は怖くなった。(現世、現世・・・)と、何ども念じたがお化けの服は力を発揮しない。変だ、お化けは「まず、お化け服をきてもらいますう。着ないと、あんさん永久に地獄でッせ」と、言った。お化けの服を着ていても、地獄から、出れないではないか。私はあせった。この際は、妻が米軍か特殊部隊に電話を入れてくれることを、チラリと思ったりした。しかし、バイデン大統領はアフガンから米軍を撤退させたばかりだ。地獄に一日本人を助ける為に軍を派遣することはない。すると、自衛隊のレンジャーに救助してもらうしかない。テレビで見た陸上自衛隊のレンジャーのたくましい姿が思い出された。4,50キロの背嚢を背負って苛酷な山道を歩くぐらいである。地獄に、善良な日本人を救助に来ること等朝飯前だろう。岸防衛相なら、助けてくれるかもしれない。

その時、目の前の門が地獄落ちの人間を自動的に捕らえたのかギギッと音を立てて開き始めた。


つづくおばけ



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