おかし(お菓子)短編集 1の20、2の20
三崎伸太郎
第2話 経典三昧
1983年の作品、私はロス・アンゼルスにいてレストランで皿洗いをしていた。
経典三昧
アパートの小さなゲートが閉じているので、私はそこから熊井さん、と呼んだ。
オッという返事があって部屋のドアが開くと、ドテラ姿が現れた。
「これ食べてください。タコスですが・・・・・・」
「オオ・・・・・・。まっ、ちょっと入れ」
私は彼の暗っぽい部屋に入って、乱雑に散らかった中の、ソファに腰掛けた。
「どうですか、調子は?」と、ありきたりに話しかけた。
「だめだな」
「何をやっているのですか、今」
「――勉強、それだけ」
「何のです?」
熊井さんは、テーブルの上にあったノートを取り上げると、開けて私の前に差し出した。
「――何ですか。これ・・・・・・」
「サンスクリット」
「ヘェ・・・・・・」
なにやらゴチャゴチャの字らしきものがあって、その下に英語の文章が書いてある。
「教えているのはドイツ人のおっさんで、奴は少し狂っている」
「狂っているのですか・・・・・・」
「うん。こんな事をやっていると、狂ってくるんじゃあないか」
彼は腕組みをして、そんな事を言い、自分で「ウム」と頷くとノレン(どうして暖簾がロスに?)をくぐって、キッチンの方に行った。
やがて、何かゴソゴソやっている音がしたと思うと、紙パックに入ったフルーツ・ジュースを二個持って戻って来た。一つを私に与え「――このように、あれ? おかしいな」
小さなストローを、飲み口に差し込もうとしているらしい。
熊井さんは、しきりに「あれ? あれ?」と、紙パックをひっくり返しては首をひねっている。
「どうかしたのですか?」
「いや、この辺にストローを突き立てると、思うのだが・・・・・・」
私は、なんだか白けて手にしていたノートをめくった。その内、彼はあきらめた。紙パックの一部を破り、近くにあったガラス・コップにフルーツ・ジュースを流し込んで、ストローで吸いながら「ところで君は『ボサツ』(菩薩)と言う言葉は、何から生まれたか分るか?」と、私に聞いた。
「――やはり、インドの経典あたりからじゃないですかね」
「ウムウム」と、彼は紙切れを取り上げると、鉛筆で「菩提薩多」と、書き入れた。
そして「菩」と「薩」に丸印をつけると「ここと、ここを取ったんだなァ」と、感慨深そうに言った。
「ボサツとは、釈迦になる前の呼び名なんだ」と説明しながら、英語で「BODHISATTVA」と、書いた。
「こ、このように・・・・・・」
紙切れを私の前に示すようにして、鉛筆で不思議な文字を書き始めた。
「エーと、このようにして、ここが上がって・・・・・・真ん中が開くんだ、な」などと言いながら、昆虫のチョウチョウやアリ等――これは、あくまでも私の視覚が取られた概念からの私見だが、そんな形をした文字が書きつづられた。
「――これ、何ですか?」
「サンスクリット・・・・・・」
「へエ―、変な文字ですね。どういった意味なのですか?」
「ボサツ・・・・・・。ところで君は『ナムアミダブツ』と言う言葉は知っているか?」
「先達て、加州毎日新聞社の隣にある寺に行ったら『ナンマイダブ』と、言っていましたよ」
「いろいろ、言い方はある・・・・・・」
熊井さんはサンスクリット文字を紙に書き「これな、これ。ナアーム・アミ・ダ・ブホウと言うんだが、ちょっとうまく発音できない」
私のほうに向き「なぁむあぁみだぁぶぅほう」と、口をとがらして発音してみせる。
乱雑にちらかった薄暗い部屋に、パジャマの上にドテラを着た、徳川幕府時代の旗本直参くずれのような大男が、しきりにへんな音節を繰り返す。
「一体、それは何を意味するのですか?」と、私は聞いてみた。
「『南無』は、サンスクリットのNAMSA,ハーリー語のNAMOの音訳で『帰依すること』『帰命すること』で『阿弥陀簿』はAMITABHA・・・・・・つまり『無量の光』と言う意味になる」
「いやに複雑ですね。さっぱり分らない。簡単に言って、どういうことなのですか?」
「それは、なかなか難しい。難しいが、知りたいか?」
「エエ・・・・・・まあ、知りたいです」
「『AMITABHA』、つまり『無量の光』と言う言葉があって、それから阿弥陀如来とか阿弥陀仏に変化したと考えたら良いだろう」
「――では、阿弥陀如来に帰依するという意味ですか?」
「そう言った事になるか・・・・・・な」
「『信ずれば救われる』と、言うことですかね?」
「まあ、近いだろう・・・・・・」
「ああ、ぼくは頭が痛くなってきました。こんな事を聞いているだけでも、狂って来そうです」
「ウフフ」熊井さんは品の悪い微笑をし、両手を高々と上げると、欠伸をかみころして言った。
「最近は、経典三昧だよ。アア・・・・・・ホレ、このようにキリスト教の聖書なども、アア・・・・・・あわせて読んでいるんだ」と言い、近くにあったキリスト教の聖書をペラペラとめくった。
その音が私の耳に大きく聞こえるくらい辺りは静かで、アメリカ西海岸のロス・アンゼルス市で勉強している学生達の苦しい生活状態が、何となくわかる気がした。
「熊井さん、栄養失調ではないですか。どうも、気怠るさそうに見えますよ」
「そう思うか・・・・・・ウフフ・・・・・・」
なんだか怪しくなってきた。熊井さんもそれを察したのか、
「ああ・・・・・・心配ない。心配ない。大学院の言語課程では、書物を耽読(たんどく)している男が突然『イヒヒヒ、ヒ』と笑い出すことなどは、しばしばある」と、言った。
「・・・・・・」
「――本当だよ。イッヒッヒと笑うんだ。それを聞くとゾッとするね。ウフフ」
「・・・・・・」
今日私は、この栄養不良のような状態の学者から「南無阿弥陀仏」という、大変良い言葉を教わった。
私は熊井さんに「頑張りましょう」と言った。
印欧学の博士課程に在席して日々勉強に夢を追う男は、半ばあきらめたように、
「オオ・・・・・・そうだな。ヘッヘッへ・・・・・・」と、小さな笑い声で語尾を濁してしまった。
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