今頭礼央
妃陀羅
オレ今頭礼央と妹の春子は、血族が信奉する妃陀羅の神子だ。血族といっても今では100名に満たないが。
オレと春子はある小さな漁村で産まれた。
オレたちの親は、今は廃れ誰も住めなくなった集落『はぐれ堂』の出身者だ。
オレたちが産まれた漁村の南西部には海食崖が連なっている。その海崖には一部谷間があり、かつてそこに集落はあった。
『はぐれ堂』は妃陀羅を崇拝する血族で構成されていた。
『妃陀羅』の読みは『ヒダラ』という。
大正時代のことだ。
関東大震災で集落を挟み聳えていた崖が崩落すると、家屋倒壊後に大火となり集落は灰塵と帰した。
数人の生き残った者たちは、移住を余儀なくされる。
移り住んだ場所で、はぐれ堂の出身者たちは『はぐれ筋』と呼ばれ迫害された。
はぐれ筋が忌諱された理由に妃陀羅信仰がもつ排他性がある。
妃陀羅の本尊も形も災害によって残っていないが、神の名だけが血族の中で、守られ密かに伝えられてきた。ということになっている。
血族は移住先でも妃陀羅を信仰することで、他の宗教行事への関わりを全て無視した。
それは風習や因習を重視する古い土地柄では致命的な選択だ。
オレたちの先祖は迫害されて当たり前のことをしてきた訳だ。
しかし、忌み嫌われている本当の理由は他にある。
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はぐれ堂で妃陀羅信仰が始まった時期は判らない、江戸初期に信奉されていた記憶が残っているが、それ以前から信仰されていたようだ。
血族は昔から『神の御心を受け取る』神子の神託に従い生きてきた。
神子がいるだけで、本尊など鼻っからなかったのだ。
はぐれ堂には『今頭、江井、上井戸』の3つの苗字しかない。
はぐれ堂の住民は全てが血族であり、例外はなかった。
震災以前のはぐれ堂の住民たちには、悪い噂が流布し近隣の人々から忌み嫌われてきた。
そしてその噂の大半は真実であった。
その地方で起きていた神隠しは、集落が消滅した後は発生していないのだから。
妃陀羅は神子を通じて生贄を要求してくる。
集落が存在していた時期は血族はそれに従っていた、しかし集落から離れると妃陀羅の神託は以前とニュアンスが変わってしまう。
いや変わったのではない、今までは読み取れなかった点に気づいてしまったのだ。
つまり震災以前の先祖たちは、神託の解釈を間違えていたのだ。
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男性でも女性でも、純潔を失うまで神子は妃陀羅の御心を神託として受け取る。
神子は血族の中から希に産まれてくるが、神子が途切れることはなかった。
神子が妃陀羅から受け取る御心は言葉ではなく、
現実の風景や人物に象徴を組み合わせた抽象表現によるメッセージだ。
その実際の世界にはない映像イメージを解釈するため、オレたちの先祖は膨大な思慮を重ねていった。
これらの蓄積された知識を用いて、審神者は妃陀羅の御心を読み解いてきた。
審神者は神子の能力を喪失した人間の役割となる。
しかし今では血族の中に審神者は誰もいない。
震災以後に解釈が誤っていたことが判り、誰も妃陀羅の御心を読み解けなくなったのだ。
審神者はいなくなり、妃陀羅と血族は断絶されたのだ。
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