夢喰花 九条静寂の冒険

第1話 出逢い

薄暗い階段が地下へと続いている。じめじめした土壁を右手で伝いながら、俺はゆっくりと一段一段、歩みを進める。まるで奈落の底に向かうような気持ち。


地下の行き止まりに位置する扉の向こうからは、何やら呪文のようなものが聴こえている。

不明瞭だし何語かもわからぬが、どうせ理解出来なくとも録な内容ではなかろう。


扉を開く。室内は20畳ほどの広さだろうか。キリスト教に似た装飾のされた部屋だが、そこにいる人々の姿は異様である。

頭に黒頭巾を被っているが、下は全裸なのだ。体つきから、老若男女が10人以上はいるだろうか。


彼らよりも俺の目を捉えたのは、石のベッドに拘束された幼子の姿だ。


歳は10歳前後か、栗色の巻毛、細身というよりは痩せこけた少年である。

彼は黒頭巾はないが、やはり服を着ていないことには代わりがなかった。


考える時間は必要なかった。俺は着ているベストの内ポケットに素早く手を差し入れ、掌サイズの十字架を取り出す。

裏側にあるボタンを押すと先端から鋭い刃が飛び出す仕組み。


「その子に何をしてやがるッこの下衆どもがッ」


問答無用、斬りかかる。彼らは戦闘意思はないようで、此方の動きを見ると蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。本当は追いかけて全員ふん縛りたいところだが、まずは少年の救出が先だろう。


縛られている少年に近づいた時、階段を駆け降りてくる音が。


赤毛で短髪、修道服に身を包んだ女性が飛び込んでくる。


「遅いぞ、アンジェラ。奴らは逃げた。さっさと追い掛けてくれ」


俺がアンジェラと呼んだ修道服の女性は息を整えてから、キッと形のいい眉をあげて。


「はあ?なんで逃がしたのよ。1ヶ月かけてやっと邪教の集団の巣を見付けたのに。」


「この子を助けるのが先だろが、ボケ」


「ボケとは何よッ」


「いいからさっさと追い掛けろ。俺は、この子を保護する」


アンジェラはまだ悪態をつきたそうだったが、最後に此方を睨み付け、信者たちが逃亡した先に消えた。


俺は少年の両手両足を縛り付けているロープを切る。


「……ッ!」


自由になった少年は起き上がると、恥ずかしい部分を隠しながら身を縮める。怯えているようだ。俺は両手を広げ、攻撃の意志がないことを示し。


「あー、なんもしねえよ、安心してくれ。俺は九条静寂。駆け出しのエクソシストだ。お前を生贄にしようとした奴らを追ってきたんだよ…ほら、うちに帰してやるから。」


そんなに俺は怖がられる容姿だろうか。ここニューヨークでも、今は日本人はさほど珍しくもない。格好も、白のベストに黒ネクタイ、緑のシャツ、灰色のズボンと至って普通だ。

伊達眼鏡が怪しいといえば怪しいかもしれないが、ファッションである。


エクソシストというと物々しい格好がイメージされるが、俺は現代版だ。


少年は表情を引き締め、俺の差し出した手を取ろうとはしない。やれやれ、どうしたものか。


ーーそれが。俺と有彦の、初めての出会いだった。

(続)

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