アリバイ

第1話

　誰でも一度は、魔が差すってあるだろう。

　えっ、そんなこと一度もないって？　

　まあ、そういう人もいるさ。

　でもさ、冴えない自分を好きだと言ってくれる女がいて、いくら断ってもアプローチしてくるとしたら、どうする。男として突き放すか？

　俺は出来なかった。

　一度きり、一度きりの関係でいいから。

　彼女の、その言葉に乗ってしまった。

　据え膳食わぬは男の恥、て言うだろ。だから友人達と旅行に行くと言って、彼女と温泉に行ったんだ。

　証拠として温泉まんじゅう買って帰ったさ。

　でも、うちの女房。俺を疑って何かと聞いてくる。

　あの旅行、誰と行ったのとか、どこに泊まったのとか。

　あまり、うるさいから写真を見せたんだ。旅館の部屋で、俺が布団の上でピースサインしてる写真。

　そしたら女房。

「これ誰が撮ったの？」

　浮気相手とは言えないよな。一緒に行った友人だと応えた。

「へー、何人かで行ったのに、誰も貴方と撮らなかったの？」

　慌てたね。で、こう応えた。

　みんな酔っぱらっていたし、恥ずかしがり屋なんだ。

「そう。じゃあ、この写真に写ってる女もののコートも、その恥ずかしがり屋さんのなのね」

　慌てて受け取った写真の隅に、彼女のベージュのコートが写っていたよ。

　そうだね。恥ずかしがり屋のコートだね。

　あの時の妻の顔、俺は一生忘れられそうもない。