第11話 middle battle 6 ~”にじのうつわ”とティタニア~

 これで“心の色”は宿主である少年に戻り、一件落着――のはずだった。


「…………あれ?」


 何も起こらない事にルチルが首を傾げた直後、心の色が目も眩むような強烈な光を放ち始めた。


 それに共鳴するかのように、町のどこかでも光の柱が2本出現した。


「な、何だこりゃ!?」


 あまりの眩しさに腕で顔を覆っていたペインだったが、彼自身も初めて見る現象に驚きを隠せないようだった。


「ミドルン、一体何が起きてるんですか!?」

「一体どうなっているんですの! 何て眩しい光……!」


 しずくとるりが眩しさに目を顰めながらミドルンに尋ねる。


 そして尋ねられた当の本人、ミドルンはその光景に心当たりがあった。


 その光景は、妖精の長老からずっと聞かされていた現象――まさに妖精たちが待ち望んでいたものだった。


『こ、これは……これはもしかして……!――“にじのうつわ”ミド!』


 初めて聞く単語に、プリズムガールも目を瞬かせる。


「それって何ですの……!?」

「にじのうつわ!?」


 るりと2人の目の前に降りてきたルチルが尋ねるが、ミドルンは真剣な表情で口を真一文字にしていた。


『そ、それは……!――分からないミド!』


 予想外すぎる発言にルチルは地面すれすれで着地に失敗し、頭から盛大にずっこけた。


「わ、分からないんですか……」

『ミドルンも長老から聞いた事があるだけで、よくは知らないんだミド~!』


 ふるふると頭を振りながら必死に弁解するミドルンに、しずくはつい苦笑してしまう。


『ごめんミド~、ミドルンも長老からしっかり聞いておけばよかったミド~。――ッ!?』


 顔を隠してめそめそ泣いているフリでその場を取り繕おうとするミドルン。


 だが、猫のような鋭い視線と目が合い、ミドルンは思わずびくりと身を震わせた。


 視線の正体は、体育座りでミドルンを見下ろしているルチルだった。


「…………ほんとになにもしらないの?」


 蛇に睨まれた蛙のように硬直するミドルンだったが、ゆっくりとルチルから顔を背ける。


 この何もかもを見透かすようなルチルの鋭い目が、ミドルンは大の苦手だった。


『し、しらないミド……!』


 謎の冷や汗をかいているミドルンの傍らで、プリズムガールに最後のヌリツブーセ一機までも倒されたペインは、がっくりと膝を突いた。


「畜生……女王陛下に合わせる顔がねェ……! お前らのせいだ、プリズムガール!」

「どんまい!」


 項垂れていたペインが悔し気に吠えるが、空気を読まないプリズムルチルは陽気にグッと親指を突き立てた。


「じゃあこんな事もうやめればいいじゃないですか……!」

「そうはいくかよ!」


 再三の説得にも応じないペインに、しずくは困ったように表情を曇らせる。


 直後、4人の頭上から少女の声が聞こえてきた。


「――惨めなものね、ペイン」


 少女の声に反応し、4人は空を仰ぐ。空中に現れたのは、プリズムガールたちが見たこともない仮面を被った少女だった。


「ティ、ティタニア……!」


 ベネチアンマスク、というのだろうか――目元のみを隠した銀の仮面から覗く冷ややかな瞳が、ペインを射抜く。


「もうお前は城へ戻る必要はないわ。何処へなりとも行きなさい」


 ゴシック調の漆黒のワンピースドレスに身を包んだ華奢な少女は、腕を組んだままペインに告げる。


「そんな……!」

「この空白の使徒の恥晒しめ……! 度重なる失態でこの場で始末されない事を、お母様の慈悲と思いなさい」


 その威圧的な態度に気圧されるように、ペインは悔し気に歯を食いしばる。そして巨大な黒の絵筆を振るい、宙に撒かれた黒のペンキと共に姿を消した。

 

 ペインが消えたのを見届けた少女は続いて3人に向き直り、ドレスの裾を摘んで優雅にお辞儀をした。


「お初にお目にかかりますわね、プリズムガール。わたくしはティタニア。“虚無の女王”の娘ですわ」


 仕草は優雅で美麗なはずなのに、その声はどことなく冷たさを感じさせた。


 ミドルンとるりは拒絶すら感じさせる声色に警戒し、身構える。


 しかし……。


「初めまして。プリズム・モルガナイトのしずくです」

「そこ律儀に自己紹介するとこなのっ!?」


 丁寧に頭を下げるしずくに、ルチルはちょっとびっくりしてしまう。


「え。自己紹介していただきましたし、私も返すのが礼儀なのかなって」


 いつもとても真面目なのが裏目に出て、時々天然が入るしずくだった。


「分かった! アレだね、しずくちゃん! 名前を聞くときはまず自分から、ってヤツだね!」

「そうですね。あちらの方は、自分から名前を名乗っていただいたわけですし」

「……ねぇ二人とも。でもあちらの方は虚無の女王の娘さんのようですわよ。つまり敵なんじゃないかしら」


 ボケとボケで収拾がつかない二人に、るりがやっと話を元に戻す。


「……そちらは察しが良くて助かりますわ」


 想定外のしずくの自己紹介に気を取り直し、居住まいを正したティタニアはるりとしずくに鋭い視線を向ける。


――……? 一体何ですの? これは、敵意……? 憎悪?


 仮面の下に隠れた視線は、るりとしずくに明らかな敵意を向けていた。


 ぎり、と歯噛みするような音が微かにるりたちの耳に届くが、すぐに氷を思わせる冷たい視線へと戻る。


「今日はただの挨拶よ。ですが、“偽り”の色使いたちよ。この私がいずれ、高貴で完璧な漆黒で塗り潰してさしあげましょう」


 ティタニアがつい、と宙を指でなぞると周囲で漆黒の闇が膨れ上がり、それに呑まれて消えてしまった。


 ミドルンが“にじのうつわ”と言っていた二本の光の柱も、いつの間にか消えていた。


『とりあえず、一件落着ミド。ミドルンは商店街を直してくるミド~』


 ふよふよと宙を飛んでいたミドルンの身体が鮮やかな緑色に包まれると、光り輝く緑色の粒子が雪のように商店街に降り注ぐ。


 エメラルドの欠片のような、緑色の粒子に触れた途端、噴水やアーケードなどの建物は綺麗に元通りに戻っていった。


 “妖精の結界”の範囲内では、どんなに激しい戦闘があってもミドルンの力があればたちまち元通りなのだ。


 ルチルの手には、ヌリツブーセの原動力だった“心の色”が収まっていた。


「では、この子に心を返しましょうか」

「うん、そうだね」

 

 先ほども見た赤みがかったオレンジ色の光。


 ルチルがそれを翳すと、3人の脳裏にある情景が浮かんできた。

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