にじのくじら √ティルナノーグ
ライチ
第1話 opening phase 1 ~ルチル 日常編~
それは、ありえたかもしれないもう一つの世界のお話。
私たち、
だけどその正体は正義の味方! 三人はある日、妖精の“ミドルン”と出会い、人々の心の色を漆黒で埋め尽くそうとする黒の魔女“空白の使徒”と戦う
――その名も、“プリズムガール”となったのだ!
月虹町の皆んなを助けて人々の心の色を守る“にじのくじら”を眠りから覚まさないと、この世界がたいへんなことになっちゃう!
今日も町で暴れる空白の使徒の一味をやっつけたけど、そこに新たな幹部“ティタニア”も現れて……これから一体、どうなっちゃうの~!?
ダブルクロス the 3rd Edition
“にじのくじら” √ティルナノーグ
ダブルクロス――それは裏切りを意味する言葉?
夢。
夢を見ている――と
遠くで自分を呼ぶ声がする。
それは、どこかで聞いた事のある少女の声だった。
ゆっくりと瞼を開けると、ルチルは何もない真っ白な空間にいた。
そのはずなのに、不思議と足場はしっかりしていた。
雲の中に居るような靄のかかった空間を、ルチルはぼんやりとした頭のまま進んで行く。
歩みを進めていくと、いつの間にか現れた光の球がルチルの周りでクルクルと回っていた。
蛍よりも一回りほど大きさの淡い光は、ルチルを先導するように前へと飛んでいく。
ルチルは光の後ろを歩いて行くと、やがて目の前に黒い格子が現れた。
その中には、ルチルと同い年くらいの少女が閉じ込められていた。
――また此処へ来ちゃったの……? ルチルちゃん。
気が付いた少女はルチルに声をかけるが、ルチルは何も答えない。
その少女の悲し気な表情を、ルチルはよく見慣れていた。
だが肝心の誰なのかが、何故かよく“分からない”。
たった一つだけ分かっている事は、彼女は世界の誰よりも大切な友達――それだけだった。
――覚えてないかもしれないけど……いつも来てくれるね……。
悲しげな表情のまま、格子の中の少女が微笑む。
だが覚えのないルチルは、それに小首を傾げるだけだった。
ルチルは少女に視線を向けると、少女の“心の色”――プリズムガールになってから、ルチルたちは人の心の色が見えるようになった――がルチルの目に映った。
今まで自分たちが助けた町の人には、少なからず“色”が存在していた。それが鮮やかであろうとも、濁っていようとも。
しかし彼女の心は――“空っぽ”だった。
少女の心の色は、殆ど無かったのだ。
何故だろうとルチルは再び首を傾げると、ツンと鼻を突くような香りがした気がした。
薬品のような匂いだったかもしれない。
しかし、それが何なのかはよく分からいまま匂いは消えてしまった。
首を傾げているルチルに、少女は再び声をかける。
――もう大丈夫だから……。もう此処へは来ないで。私の事は忘れて、ルチルちゃんは幸せになって。
自分を気遣う言葉に、ルチルは目を瞬かせる。
――あなたは………………だぁれ?
大切な人であるはずなのに、彼女が誰なのかどうしても思い出せない。
思ったことをすぐ口にしてしまうルチルは、深く考えもせず少女に尋ねた。
その問いに目を見開いた少女は、くしゃりと顔を歪ませ、今にも泣きそうな顔になる。
一度だけ俯いた少女は顔を上げ、ゆっくりと首を振り笑ってみせる。
だがその笑顔は、あまりにもぎこちなかった。
―― それは……ルチルちゃんにはもう必要ないの……。だから、私の事は忘れて……。
少女が震える声でそう答えると、白い靄の世界はどんどん薄暗くなっていき、一歩も動いていないはずの二人の距離は、不思議とぐんぐんと遠ざかって行く。
薄暗くなった世界の向こうに、彼女は音も無く消えて行った。
「…………ほぇ?」
仰向けで目を覚ましたルチルは、ベッドから上半身だけ落ちていた。
床には教科書や散乱したプリントとノート。
ベッドにはお気に入りのぬいぐるみと携帯音楽プレーヤー。
デスクには教科書と姉から借りた少女漫画の単行本。
まるで泥棒が入ったかのように散らかっているが、これがいつもの莟ルチルの部屋だった。
そんなお世辞にも綺麗とはいえないルチルの部屋を、誰かがノックする。
「ルチル、起きてるの?」
「お姉ちゃん?」
ドアから顔を出したのは大学生の姉、リチアだった。
「あんたまた夜更かししてたんでしょ」
「そ、そんな事ないもんっ!」
姉に図星を突かれたルチルは、顔を真っ赤にしながら反論する。
「好きな事やってるんだったらある程度はいいと思うけど、あんた今年受験なんだからね。しっかり勉強しなさいよ。それに、こんな時間まで寝てていいの? お友達、待ってるんじゃないの?」
「ほぇ?」
ルチルは仰向けのまま部屋の時計を探す。お気に入りの目覚まし時計はいつの間にか床に転がっていた。
時計は、八時を回っていた。
るりとしずくと一緒に登校する待ち合わせ時間は八時。
ルチルは二、三度目を瞬かせ、脳内で状況を整理する。
服も着替えていない。
顔も洗っていない。
朝食も食べていない。
ついでに宿題もやっていない。
ないない尽くしのルチルの現状は、最悪としか言えなかった。
「…………ほえええぇぇぇぇえ!?」
家を揺らすどころか、近所にまで聞こえるほどの悲鳴が莟家に響き渡る。
「……ちょっとでも朝ごはん食べてきなよ。お母さん、せっかく作ってくれたんだから」
「お姉ちゃん! 何でもっと早く起こしてくれなかったの!?」
「私はちゃんと声はかけました。でもあんたが起きなかったの」
いつまでも姉に甘えるルチルを、しっかり者のリチアは一刀両断する。
恥じらいもなくパジャマを脱ぎ捨て、慌てて制服に着替えたルチルは姉の横を通り過ぎ、階段をダッシュで駆け下りて行った。
「今日も鈴原先輩に迷惑かけんじゃないよ~」
「分かってる~!」
吹き抜けの階段から聞こえてくるリチアの声に、ルチルは適当に返事をする。
ダイニングキッチンには、朝食後のコーヒーで一息ついている両親がいた。
「お父さんお母さんおはよう!」
「今日も慌ただしいな、ルチルは」
「ルチル、また急がないと。るりちゃんとしずくちゃん、待たせちゃうわよ」
西洋文学史専攻の大学教授の父に、図書館の司書をしている母。
ごく普通の、しかし小さい頃から御伽噺の本に囲まれて育ったルチルの家族。
いつもは四人揃ってからゆっくりと食卓を囲むのだが、今日に限ってルチルはあまり時間が残されていなかった。
「お母さんも何で起こしてくれなかったの!」
「私もちゃんと起こしました。けどあんたが起きなかったの」
姉と全く言葉を母に返され、ルチルは不満げに頬を膨らませる。
「あ、今日も帰るの遅くなるかも!」
「はいはい。最近いつも遅いんだから」
「うん、ちょっとね。行ってきま~す!」
黄色い包みの弁当箱とバターロール――ルチルの好物のマーガリン入りだ――を母から受け取ると、ルチルは大急ぎで家を飛び出していった。
山肌を切り崩した新興住宅地。
よく陽の当たる坂の上にあるルチルの家は、眼下に町が一望できる立地となっていた。
昨夜の雨から一転、朝から虹のかかった青空は澄み渡っていた。
町の名前は月虹町。
ふわふわのショートの金髪を揺らしながら、莟ルチルはるりとしずくの待つ坂の下まで転がる勢いで駆けて行く。
莟ルチル、十五歳。ごく普通の中学三年生。
こうして、彼女の一日は幕を開けた。
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