影姫~最強伝説のくノ一は異世界でも忠を誓う~
猫乃手借太
第1話 異世界にて目覚める
気が付いたとき、身体が動かなかった。横たわっている自分の身体はガタガタと不規則に揺れ、時折跳ねる。木製の寝床が固かった。
「アニキ、ちょっと味見しちゃっても良いっすかね?」
近くで男の声が聞こえた。
「拾いものとは言え、売り物だ。傷はつけるなよ」
「わかってやすって」
もう一人いる男との会話の後、一人が側に寄ってくる。まだもうろうとした意識の中、男が自分の顔を見ていた。
「へへっ、拾いものにしちゃ、可愛らしい顔だ。身体は、見たところ物足りないけどよ、元々ただで拾ったわけだ。良い値で売れてくれよな」
男はそう言うと衣服の上から胸に触れる。
「…っ!」
触られたところに痛みを感じ、少し声が漏れた。
「ん、何だこりゃ…」
胸元に触れた男の手が離れた。
「アニキ、こいつの服、変わってんなぁと思ってましたが、ちょっと変ですぜ」
「あ? どういうことだよ」
「いや、なんて言うか、固まっていて固いというか…」
「固まってりゃ、そりゃ固いだろ」
「いや、そうじゃなくて、赤黒い粉がいっぱいで…」
「はぁ?」
少しして揺れが止まり、馬のいななきが聞こえた。どうやら馬で荷車を引いていて、その荷台に乗せられているようだ。
「お前が何を言いたいのかさっぱりだぜ」
馬を操っていた男が荷台にやってくる。そして先ほど胸を触った男の傍らにやってきて、着ていた服に触れた。
「な、なんだ、こりゃ…」
馬を操っていた男も服に触れて驚いている。
「こいつは血が固まってやがる。元々布の色が黒いようだったから気付かなかったが、こいつの服は血だらけだぞ」
馬を操っていた男が服の上から身体をまさぐる。そして胸元を勢いよく、開いた。
「こ、これは…」
「お、おえぇ…」
馬を操っていた男は言葉を無くし、もう一人の男は吐き気をこらえきれず、荷台から飛び降りていった。少し離れたところで嘔吐しているのが音でわかった。
「お前…何者だ?」
もうろうとした意識の中、自らの目で衣服の下を確認する。はだけた胸元から見えるのは無数の傷跡。切り傷、刺し傷、抉れた痕に火傷。五体満足、さらに首から上が無傷なのが不思議なくらい、身体は傷だらけだった。
しかもその傷の全てが癒えていない。血が固まって出血が収まっているだけで、傷の治癒は全く進んでいるとは言えなかった。そのあまりにも酷い有様は一人の男を一瞬で嘔吐にまで追い込むほどだった。
「アニキ、こいつ…売り物になるんすか?」
顔色の良くない男が荷台に戻ってくる。戻っては来たが、こちらを一切見ようとしない。
「良い値では売れねぇな。この死にかけの有様と怪我だ。売れても端金だな」
話の内容からこの二人の男が人身売買に携わっていることはわかった。しかしそれ以上のことはわからなかった。なぜなら二人の男の衣服を見たことがなく、どこの国の誰ともわからなかったからだ。
「どうしやす?」
「連れてくっきゃねぇだろ。端金でも何も無いよりはマシだ」
馬を操っていた男ははだけた胸元の衣服を適当に戻した。そして一度荷台から降りて、嘔吐。その後、戻ってきて再び馬を操る。
荷台がまた揺れ始めた。
「ご馳走にありつけると思ったんだけどなぁ」
顔色の悪い男はこちらを見ることなく、視線をそらしたままそう一人で呟いた。
揺れるに台の上で自分の置かれた状況を確認する。身体が動かないのは怪我のせいもあるが、手足が縛られているせいだ。そして見慣れない服装の男達に連れて行かれる自分はどこかで拾われたらしい。
記憶を遡っても拾われるような場所での倒れるようなことはなかったはずだが、そういう場所で拾われたのだからしかたが無い。
今はとにかく体力の回復に努める必要がある。固い木製の荷台は不規則に揺れるが、身体がかなり限界であることは自分自身がよくわかっている。今ならどんな場所で会っても眠れるだろう。幸い彼らに拾われたおかげで、野犬や烏に身体をついばまれる危険は無い。ならばこれからどうするかは体力が回復してから考えればいいだろう。
そう思うと自然とまぶたが重くなり、目を閉じるとほぼ時を同じくして意識は遠のいた。
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