第4章【ステージ1.5/サチ&リョウ】

第74話【森根サチは普通の女の子】

【4月5日(月曜日)/6時05分】


「僕は、サチ先輩の事が……好きです」


 可愛らしい顔つきをした少年の一言に、胸を突き刺す鼓動の高鳴り。いつもの可愛らしさからは想像もできない、不意に見せる男らしさ。


「俺はサチを愛してる! 俺と付き合ってくれ!」


 ワイルドな男らしさに頬を赤らめ、パーソナルスペースと言うべき結界を突き進み……私の心はあなたの物です。


「サチ――君を他の男には渡せない。僕の熱いポ〇キーを受け止めてほしい」


 クールで冷たいと思っていたあなたは野獣の様に猛々しい。そんなことを言われてしまえば、断る事など出来ません。


 ディスプレイに移り込んでいる美少年たちを眺めながらENTER、ENTER、ENTER――画面に映るサチはあられもない姿になりながら、男たちの欲望の渦に流されてしまう。それぞれの熱い抱擁を受けながら画面越しで不敵な笑みを浮かべて思う訳だ。


(グヘヘ、私ってモテモテなんじゃない? 控えめに言って、最高)


 緑色のショートカットヘアーはどこかボーイッシュな雰囲気をまとっており、首に付けている機械じみたヘッドホンは近未来的なデザインをしていた。それだけでキャラ付けが完了しているのだが、アメリカンサイズのTシャツは右肩を丸出しにして水色のブラジャー紐がはみ出している。


 女性らしさは皆無な【森根サチ】だが、あながち思っている事は間違っておらず、学校では複数の男子から視線を集めていたりした。主に目立ちすぎる緑色の髪が原因で。


 人生とは楽しんだ者が勝ちで、そして苦労した人間が決して正しい訳じゃないと言うのが彼女の言い分であり、スリリングな体験に飢えているサチは用意された人生のレールに乗る事を嫌う。


 これはそんな自分勝手な考えを持った少しおかしな少女がある日突然、ゾンビ世界で日本中がパンデミックになってしまったらと言う話であり……熱意リョウと言う少年と出会うまでのお話である。


■□■□


 夜中からずっと部屋でやっていた恋愛シミュレーションゲームは気付くと時間を忘れて次の日の朝方になっており、エンディングを見終える頃には学校へ登校する少し前ぐらいの時間になっていた。


「いやぁ~私の学園ラブコメは恋愛調味料の『さしすせそ』が足りない……なかなかの名作だったよぉ~面白かった。やっぱりR18バージョンは挿絵に気合を感じるね! これを理解できないユーザーは馬鹿だよ、馬鹿!」


 そして風呂に入っている間にゲームのプログラム解析を行い、AIが全く同じ動きをするソースコードを自動で作成していた。違法行為だが、プログラマーとしての好奇心は法律をぶち破ってその先へレッツゴーしてしまうのだから仕方がない。


 洗面台で服を脱ぎ捨てた森根サチはメジャーを片手に90°のお辞儀をして、トップバストを緩く締めてサイズを測った後に、アンダーバストをメジャーが引きちぎれるほど締め上げる。


「ふん! はぁああ! よしDカップ!!」


 頭の中でトップとアンダーの差を直線距離で求めると同時に四捨五入と言う天才的な発明をした人間をサチは誇りに思う。時と場合によっては怨むことも多いが、この場合は素直に感謝するべきだろう。


 湯浴びを済ませた後は制服を着用してスカートの丈は短く、ワイシャツのサイズは男物で揃えてある。ワイシャツの裾は外に出しており、遠目で見るとスカートを履いているのか履いていないのか分からないレベルだ。そしてその上にブレザーと首元にはリボンが付いている。


「――予想だとそろそろ何だよねぇ」


 ポツリと独り言をこぼした後に、コンビニで買ったスティックパンを片手に自分の部屋へ向かって行く。登校時間までの間にプログラムの解析が終了し、AIによって不規則に並べられたソースコードを数秒ほど眺めた後に自分の中でそれを人間の形に修正していく。


 ――何万行も並べられた一つのソースコードを頭の中で複数のcppファイルとhファイルに分けた後に、それぞれの画像データや音声データなどを別のファイルで格納して置き、パスを通していく。頭の中では先程までやっていたゲームが完成していた。


 何時間もかけて攻略したゲームだが、森根サチにとってプログラムで見れば一瞬で処理出来てしまえる程の解析速度と開発速度。この瞬間であればどのゲームエンジンを使ったとしても、素材さえあれば目をつぶっていても全く同じゲームを開発する事が出来る。


 しかし言ってしまえば、それは天能リアも同じことが出来てしまえる。プログラミングに精通していなかったとしても、数時間ほど時間を貰えば同じレベルまでたどり着くことが天能リアなら可能だ。


 あくまで森根サチは一般よりは頭がいいと言うだけの話である。


 そしてサチ自身もそれを何となくだが理解していた。自分よりも優れた人間は必ずいて、得意だと思っている事でトップに輝くことは出来ない。オリンピックでメダルをぶら下げた選手を見てもサチは同じ事を思うだろう。それは競技人口の中でトップと言うだけであり、更に優れた人間は必ず世界のどこかに存在すると。


(まぁ、輝けない私の妬みですとも……言い訳ぐらいさせてくださいな)


 そのまま高校のスポーツバックを背中に背負って家を飛び出した。少し歩いた後に財布の中身を確認して駄菓子が少し買える程度の金額に目を見開いたりもしたが、それもそれで人生と言うべきだろう。


「ん~マジ!? でも、今日の昼は焼肉の食べ放題が食べたいなぁ」


 そのあと数分ほど歩いた先で最寄り駅に到着した。


 学校へ登校するために使っている定期券を財布越しで改札口の横に付いている電子決済スキャナーにタッチして、改札口の先へと進んでいく。神奈川県相膜原駅へと向かう電車に乗る訳だが、横浜線の駅は朝方の通勤ラッシュで押しつぶされてしまい、少しばかり身動きが取りづらい。


 そしていつも通りの時間に、自分自身で決めた車両に乗り込み――そろそろ来るだろう運命の人を待ち続ける。


(まだかなぁ……? そろそろ来てくれないかなぁ?)


 ドキドキと高鳴る胸の鼓動と不敵な笑みを浮かべながら、各駅停車で止まっていくとある駅からその人は入って来た。それは中年の少し清潔感にかける30代後半のおっさんだが、森根サチは待っていましたと言わんばかりに相手の瞳にキラキラとした視線を向ける。


(あっはは! 待ってたよぉ~待ってました! そろそろ私が勝てると思うんだけどなぁ……連敗続きだから今回は本気出しちゃうよぉ!?)


 人生は楽しんだ者勝ちで、そのためにはスリリングでアグレッシブな出来事が必要だ。そのためなら多少の軽犯罪を犯すことは間違っていない。それはサチと言う人間の考え方であり、最も常識に近い考え方だ。


 そのための事前準備は最高に楽しい。毎日女子高生と言う武器を最大限利用して色気のある制服の着こなしをして、緑色と言う髪はそれだけで周りの目を引く。間違ってもらってほしくないが、別に冤罪をかぶせるつもりも無ければ痴漢されて訴える気もない。


(焼き肉が食べたいから、そのぐらいの請求なら通るかな?)ぐらいである。


 多少なら許されるのではないか? そう言った雰囲気をその男性に向ける事、ギリギリを味わう事が何よりも楽しい。そのためなら初恋の様に女子力を磨くし、初デートの様に作戦を考える。


 これはサチにとって対戦ゲームで、人生とはそういうミニゲームの集合体でしかないのだ。そして中年のおじさんはサチに視線を向けて鼻息を少しばかり荒くしながらゆっくりと近づいてくる。


 長い期間を使ってやっとここまで引き出す事が出来たのだから、そろそろサチ的にも勝ちたいところだ。サチは狙ったように少しだけ体勢を崩して、おじさんにもたれ掛かる様にして軽く下半身を触れさせる。


(ゲームスタートだよぉ! おじさん?)

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