第4章【ステージ1.3/カオリ&ツキ】

第52話【カオリ&ツキエピソード①】

【5月2日(日曜日)/9時14分】


 私たちは現在――群馬県の自衛隊駐屯地で生活している。


 パンデミックが起きてから約1ヶ月が過ぎようとしています。日本では関東地方の『完全封鎖』が決定されており、関東にいる生存者はこの地獄の中に閉じ込められて死を待つ状況が続いています……誰か、助けてください。


 ――私たちは見捨てられた……だがそれもそろそろ意味がなくなる。ゾンビの拡大は徐々に増していき、静岡の半分は壊滅状態で山梨もそろそろ落ちる頃……少しずつではあるが、化け物やゾンビによる人間殲滅は進んでいます。


「私達には『英雄』が必要ですっと……」


「カオリさん、何してるんですか?」


「ツキちゃん! 今日記を書いてるの。まぁ、意味は無いんだけどね。いつ死ぬか分からないから今のうちに残せるものは残しておきたいってところかな?」


「下手ですね……字」


「仕方ないでしょ~左腕無くなっちゃったんだから!」


「あ! ――すいません、カオリさん左利きだったんですね」


「いいよ! 全然気にしてないから」


 誰もいない食堂場の長椅子に座りながら、カオリはボロボロのノートをゆっくりと閉じた。正面にいるツキはおもむろに申し訳なさそうな顔をしているが、実際の所本当に気にしていない。


 左腕をゾンビに噛み千切られた時は、死ぬほど痛くて泣き出しながら大声を叫び散らして失禁してしまう苦しみに精神崩壊を起こしたが、リアちゃんからもらった薬のおかげで私は今も生きている。


 リアちゃんやシンヤ君みたいに腕が再生することは無かったが、悪い事だけでもない……まず視力が何故か上がった。今まで眼鏡をかけていたけれど今はかけていない。


 ――そして


「――ゾンビの足音が聞こえる……マド中尉に報告しないと、いくよツキちゃん!」


 皆音カオリの耳は数キロ離れた音を見逃さない――そしてその全ての音が統一に聞こえていた。それは人を越えた化け物じみた力の一つだ。


■□■□


【4月7日(水曜日)/22時03分】


 ショッピングモールの屋上で照らされた大量の明かりに、自衛隊は生存者の救出を決行した。夜中の空を照らすほどの明かりをどうやら従業員通路から持ち出しておいたらしく、それが功を奏したと言うべきか、このように自衛隊に助けられたのだから素晴らしいの一言に尽きる。


 自衛隊はその後ショッピングモールの中へと突入するが、ゾンビや化け物の死体のみが1階の中央通りに山積みになっており、冷や汗を流しながら女性二人を発見して保護した。


 それがカオリとツキである。


 カオリは自衛隊隊員に対して他に生存者がいる事を伝えたが、それを精神的なショックによる受け入れがたい事実だと誤認しているという事で、強制的に運送ヘリに押し込まれたわけだ。


「待ってください!! 本当なんです――本当にまだ生きているんです」


 ――リアちゃんとシンヤ君は生きてる……森で化け物と戦ってる……今私がこのまま連れて行かれたら……もう二度と会えないかもしれない。


「はぁ……うるせーなぁ、少しは落ち着けないのか?」


「もう諦めろよ……どうせ生きてないっての。生きるの諦めたんだろ?」


「そうねぇ、きっとつらい事があったんでしょう……まずは落ち着いて、ね!」


 屋上にいた他の生存者たちからの声にカオリは歯を食いしばって、睨め付けるように口を開く。カオリとシンヤと気絶したツキは一度屋上へと向かっている――しかしここにいる生存者が屋上の鍵を開けなかったのだ。どちらにしてもシンヤとリアは森へ向かっただろう……結果は変わらない。しかし偽善者ぶっているここにいる人間に対しての怒りが収まらないのも確かだ。


「あなた達が屋上を完全に封鎖していたせいで私たちは屋上に入れなかった!! 仕方なくリアちゃん……っ! 友達の所へ向かったの!! ――こんな人達と一緒に脱出するぐらいなら、降ろしてください!!」


 その言葉に他の生存者たちは皆黙り込むが、カオリの元へ一人の自衛隊隊員がやって来る。それはこの自衛隊第4小隊の隊長である【武半マド中尉】だ。その鋭い眼球にカオリは震える足を前に出して睨め返した。


「私は自衛隊だから君に手を上げることは出来ないが、もしも私が自衛隊でなければお前を殺している。ふざけるなよ!! ――貴様は自分の好き勝手な行動で私達を危険な目に合わせようとしている……ヘリから降ろしてほしいだ? なんでお前の様な人間が生きてる? 自殺志願者であるお前の様な人間が!!」


「隊長……そのぐらいで。まずいですよ、一般人にそれは……それに聞いてる感じ怒るのも仕方ないと思います」


「分かってる――だが命を無駄にするやつ。それが小娘であっても変わらん……生意気なガキは嫌いだ。好き勝手で口だけは良く回る……イライラしてしょうがない」


「私も――あなたが嫌いです……」


 カオリの言葉に何人かの自衛隊隊員が笑いを堪える。隊長であるマドにここまで言う最近の女子高校生に恐れ知らずだと賞賛しているのだろう。部下ならその後どれだけの地獄を見ることになるか想像して苦笑いを浮かべる者もいる。


 しかしカオリの意見は無視され、ヘリはショッピングモールからどんどん離れていく。ヘリの窓から遠ざかるショッピングモールを覗き込んで見るが、真っ暗で何も見えない。それは森も同じだ……真っ暗で何も見えない。


 ――シンヤ君、リアちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい。私のせいで、リアちゃんにまた私は嘘を付かせてしまうんだよね……私に謝った約束――私はそれを知らないけど、多分――それも私が……


「ごめんなさい……リアちゃん」


 ――その後……まもなく……ヘリは墜落することになる。

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