第51話【ショッピングモールラスト】

 しかし、いずれは終わりがやってくる。


 名残惜しい気分になりながらも、カオリから「リアちゃん左足が治ったね」っという一言で、物語は大きく進展することとなった。リアがこちらへと視線を向けて口を開く。


「シンヤ、もう大丈夫なのだよ」


「――そうか、分かった」


 ゆっくりと両足を地面につけたリアはシンヤとの会話に熱中していたことを思い出し、カオリに近づいた。その表情は珍しい人物に出会ったような驚きが見て取れる。


「先ほどから蚊帳の外で申し訳ない――カオリ。私は君に一言だけ言っておきたいことがあったんだが、何と伝えるべきかな……申し訳ない。君との『約束』は守れなかったのだよ」


「大丈夫だよ? ――約束って……」


「今のカオリは知らない――大切な約束さ。それを今の君に伝える私を許してほしいのだよ。これはただの自己満足……罪悪感から逃げ出した私のケジメなのだよ」


 カオリはそんなリアを見ながら、少しだけ黙り込んだ。

 そして視線を動かして考えがまとまったのか……そのあとゆっくりと口を開く。


「大切な約束だったんだよね? う~ん……――じゃぁ、許しません!! 何のことかさっぱり分からないけど、たぶん私は頑固だから許さないと思うよ」


 リアを真っ直ぐと見つめるカオリに、視線を合わせることが出来なかった。乾いた笑みを浮かべながらため息が漏れてしまう。リアの意外な反応にシンヤが少しだけ驚く。


 どうやら別世界のリアは、カオリが苦手らしい。


「――本当に君は、どこでも変わらないのだね。――……(尊敬するよ)」


 リアがそのまま黙り込んでしまい、カオリは場の空気を何とかしようと慌てて会話を続けた。乾いた笑みを浮かべており、無理をしているのがバレバレである。


「えっと!? ――リアちゃんは、この後はどうする予定なの?」


「ふぅ~カオリは私が聞いてほしくない事を的確に聞いてくるね」


「え!? え!? ――そうなのぉ!?」


 もしかしてリアちゃんに嫌われてる?

 嫌だよ、そんなの!?

 別の世界の私はリアちゃんに一体何をしちゃったんですか!?


「構わない、私はそんなカオリが好きだからね。これから私とシンヤはショッピングモールの裏手に存在する山に向かうのだよ。――ラミリステラを殺しに……ね」


 リアの問題発言に目を見開き、シンヤは大声で抗議する。


「え!? え!? 何で!? ――嫌なんだけど!」


「ラミリステラを殺さなければ後々面倒なことになるのだよ。――正直、サチがいてくれると助かったんだが……まだ神奈川にいるだろうからリョウと合流する方が早い。仕方ないので私とシンヤで相手取ることにした」


 サチの『雷切』とリョウの『メリケンサック』は、どちらも天使の羽ほどではないがゾンビに対する対抗策を取ってある。――まず死ぬことは無いだろう。

 早めにシンヤが持っている天使の羽を渡す必要があるが……


「サチ? リョウ? ――それにラミリステラってさっきも話に出てきたが、何なんだよ? あの腕が巨大化したり、両手が刃物だったり、球体で空飛ぶ奴らと同種ってことか!? あんな化け物相手に戦い挑むとか嫌だぞ!」


「残念だがこれは確定事項なのだよ。――彼らは感染者とは少し違う。人体実験で完成した人間の成れの果て……『生命の実』によってそれぞれコードネームが付けられている化け物。ラミリステラはその中でも少し厄介でね……今ならゾンビも養分にされて少ないはずだ。私とシンヤなら確実に殺せる」


「待てって! カオリとツキさんはどうするんだよ!?」


「ここで待っててもらうに決まっているじゃないか。心配しなくていい、ここにゾンビはいないし、私とシンヤも朝方には帰れるはずさ」


「それでも……あんな化け物と戦うのは嫌だぞ? 俺は」


「はぁ、なら私一人で構わない。シンヤは魅力的なレディーを一人で行かせる鬼畜野郎になってしまうが、それで構わないのだね?」


「シンヤ、君……」


 いや、だからその流れはズルじゃんか!?

 嫌だよ。

 何であんな化け物とまた殺し合いしなくちゃならないんだよ!

 絶対に嫌だぞ!?


「いや、カオリ……さすがに嫌だよ」


「まぁ……だよね」


 さすがにカオリも、リアに同意しかねている。

 リアはカオリを優しく抱きしめて、カオリの表情を赤面させた。


「なら、私は一人で行くのだよ。もしも私が帰ってこなかったら墓には……」


「シンヤ君、お願い!! 一生のお願い!!」


「――カ、カオリ?」


「いや、だって可愛い……じゃなくて可哀そうだよ。私とツキちゃんは大丈夫! 安全な個室に隠れて朝までなら平気だから!!」


 カオリが瞳をうるうるさせており、両手をガッチリと掴まれてしまった。

 可愛らしく体勢を前屈みにさせて、とてもあざと可愛い。


「分かったよ! 行けばいいんだろ行けば! 自分の身に危険が起きたら俺はリアを見捨ててすぐに逃げるからな!? それでいいな?」


「構わないよ。――カオリに対する優しさをもう少しだけ私にも分けてほしいのだよ。それと、念のためにカオリにはこれを渡しておくのだよ。シンヤ、コルトガバメントを貸したまえ」


 リアが従業員用の個室で使用した赤色の液体を思い出し、シンヤは頷きながらコルトガバメントをリアに渡す。どんな薬品かは理解していないが、カオリへの危険が減るような気がした。


 薬品自体もリアが使用しているので、肉体に害はない……はずだ。


 コルトガバメントのグリップ部分に埋め込まれている校章から注射針が飛び出し、その針を引き抜くと中から百グラムほどの赤色の液体が出てきた。不規則に動き回る液体はマグマのようで、物珍しさに見惚れてしまう。


 そして再度グリップから飛び出したキャップを針に取り付け、それをカオリに渡した。(色々と手の込んだ銃だな)と、少しだけ感心してしまう。


「もしもカオリの身に危険が起きたら、迷わずそれを使いたまえ。君の適合率は知らないが、逃げる程度なら問題は無いはずだ。それが君の助けになると私は確信しているのだよ」


「これって……」


 カオリはこの液体を少しだけ知っている。リアが従業員用の個室で左腕を切り落とされた際に使用した物だ。そして先程まで失っていた左足も再生している。カオリは渡された液体が医療用のアイテムだと勘違いしていた。


「それは『天使の羽』――しかし単体では役に立たない。ミヌティックドックウイルスの感染時に使用することで効果を発揮するのだよ。――それを理解しておきたまえ」


「感染時……ってことは」


 私が化け物に殺されそうになったら……いや、殺される寸前で使用しないといけないってこと? リアちゃんみたいに腕を切り落とされた後ってこと?

 絶対に嫌なんだけど!?


「安心したまえ、君がそれを使用する前には戻る」


「う……うん。約束……だよ?」


「――……あぁ、約束なのだよ」


 シンヤとリアは、それからしばらくして森へと向かおうとした。リアは自信に満ち溢れた表情を浮かべており、シンヤは下を向きながらため息を漏らしている。


「それじゃ、嫌だけど行ってくるわ」

「安心したまえ。シンヤなら大丈夫なのだよ」


「行ってらっしゃい! ツキちゃんは私に任せて。私も出来ることをしないと」


「「あぁ、またあとで!」」


「うん。――また……」


 ――それから地獄のような戦いを繰り広げたシンヤとリアは『様々な物を失い』ながら、この絶望だらけの世界で……さらなる地獄に突き落とされる。


 ショッピングモールリオンに戻ったシンヤとリアの前には、生存者を含めて誰一人として残ってはいなかった。消えたのだ。


「嘘だろ? ――カオリ!? どこ行ったんだよ? カオリ!!」


 その背後で、動かなくなった天能リアが横たわっている。


■□■□


【新宿区 アヴァロンタワー】


 化け物が左右に横一列で並んでおり、その地面にはレッドカーペットが黒塗りの高級車からアヴァロンタワーの出入り口までズラリと敷かれていた。そして高級車のドアを黒人の黒服がゆっくりと開ける。中から漆黒のドレスに身を包んだ『白色の女性』が出てきた。


 まるで雪のように白い肌と髪を持つその女性は【アイリス・時雨】だ。


 その静かな立ち居振る舞いとは裏腹に、内心はカオスである。


 晴れ! 晴れ! 晴れ! 晴れ! 

 晴れ! 晴れ! 晴れ! 晴れ! 

 晴れ! 晴れ! 晴れ! 晴れ! 

 晴れ! 晴れ! 晴れ! 晴れ! 

 晴れ! 晴れ! 晴れ! 晴れ! 

 晴れ! 晴れ! 晴れ! 晴れ! 

 晴れ! 晴れ! 晴れ! 晴れ! 

 晴れ! 晴れ! 晴れ! 晴れ!

 太陽の光ガァァアアァァアアァァアア最高ゥゥウウ~に! 

 眩しい!! 

 晴れた空が最高に眩しくてしょうがないんですけどぉ!?


 しかし、上空を見渡しても飛び回る化け物で日影が出来ていた。

 そして、地上を見渡してもゾンビの大群と血の海が広がる光景。

 挙句、海を見渡しても……新宿区では見えない。


「――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――……――やっぱり東京は駄目ね。ビルしか見えないじゃない? ダンスでもしたい気分だわ。音楽をかけて頂戴!」


 高級車のドアを開けた黒人の黒服が、スマートアイを起動させて空中に表示された画面を動かし始める。そして次の瞬間――アヴァロンタワー全体からアメリカンでテンションの上がるミュージックが東京中を駆け巡った。


 それはDJでも居れば、今すぐ渋谷に直行できるような曲だ。


 漆黒のドレスや高いハイヒールにそぐわない、ヒップホップな曲に口が裂けるほどの笑みを浮かべて吊り上がった口から大声が出る。数秒後にはエクスタシーでいってしまいそうな表情を浮かべていた。


「最高だわ! ――パーティー何だからこのぐらいぶっ飛ばなきゃね!?」


 いきなり膝を軽く曲げてリズムを取り出すと、両手を叩きながら一人で踊りだす。最初はプロに引けを取らないヒップホップ……曲に合わせてタップダンス……そしてリズムが変わるとベリーダンス。そして高く飛び上がりヒールをへし折ると、ブレイクダンスまで始め出した。


 数名の黒服はダンスに合わせて必要な設備を取り揃えている。

 主にタップダンス用の板や照明やマイクだ。


 そしてアイリスはレッドカーペットに両膝を付きながら両手を大きく広げた。

 まるでサッカー選手がオリンピックでゴールを決めたような表情を浮かべている。


 そして一人で大爆笑しながら――


「はぁぁぁぁぁあああああい! 世界侵略完了したんでっす!?」


 ――はしゃいでいた。


「ボス」


「なに!? ――今テンションが上がってるんだけど!」


「GODが消えました」


 次の瞬間――ロボットのように立ち上がったアイリスは無表情のまま、発言した黒服に近づき、ビンタする。ビンタされた黒服は頭部が引き飛び――そのまま死んだ。それと同時に流れている曲がピタリと止まり、静寂な空気に包まれた。


「ちょっとちょっとちょっと! はぁ? GODが逃げちゃったの!? ――答えろよぉ!? なに死んでんだぁぁああ!? オイ!!」


 頭部が損傷している死体の肩を左右に揺らしながら驚愕した表情を浮かべたかと思ったら、次の瞬間には肩を揺らしながら笑い出す。全てが壊れていた。


 そんなアイリスの背後から声をかける少年が一人。


「あのぉ、あなたは何なんですか? 話があるって言われて来たのに」


 少年は開きっぱなしになっている高級車のドアから顔を半分ほど出していた。深い青色の髪をした少年だ。高校生服に身を包んでおり、頭が良さそうな秀才をイメージさせる。


 アイリスは視線を向けると、優しい笑みを浮かべながら口を開いた。


「あぁ! ごめんごめん……【道徳カイト】君。これからアヴァロンタワーに君を招待しようと思ってたわーけ! 安心していいよ。ここにいる化け物は、全て私達の味方だからさぁ。――カイト君は死にたくないでしょ?」


「――はい」


「あとは皆音カオリちゃんだけ。彼女をこちらに引き込めば全て解決なんだよねぇ。ただなぁ、カオリちゃんとリアちゃんが接触したみたいだから世界線が変わっちゃったんだよね。ほんと、リアちゃんは余計な事しかしないんだからさぁぁぁああ!! なぁ、おい」


 自分自身で殺した黒服の肩をさらに揺らす。

 そして一通り愚痴を言い終えたアイリスは、黒服に指示を出した。


「神月家にGODを探させろ!!」

「すでに連絡済みです。ボス」

「ナイスゥ!」


 そんな光景を埼玉県のとある場所から覗く少年が一人、それはショッピングモールリオンでシンヤと会話をした白髪の少年である。背中には巨大な十字架の羽が生えており、頭上は十字架を重ねて作られた『天使の輪』が浮いていた。


「どうやら僕が消えたことにアイリスが気付いたようだね。――ごめんよ。僕は君の考えに納得できていない。僕はアイリス以上にシンヤ少年を愛しているんだ。自由にやらせてもらうよ? どうせなら、楽しまなくては」


■□■□


 とある学校のグラウンドに二人の学生が立っている。


 一人は緑色の髪をしたロックなイメージを持たせる少女で、その手には日本刀が握られていた。そして刀身は雷を帯びており、雰囲気だけでもやばそうだ。


 もう一人は赤色の髪をした不良をイメージさせる少年だ。両腕には手袋型のメリケンサックが着用されており、その背後で大勢の学生が睨みを利かせていた。


「あんただよね。私と同じような武器持ってるの?」


「そうだが、あんた誰だ?」


「私? ――森根サチ。あなたの名前は?」


「熱意リョウだ」


「じゃあ、リョウっちだね!」


「――は?」

(いきなり何言ってんだ? こいつ)

「――えっと」

(リョウっちと付き合いそうな男子生徒は……)


■□■□


 自衛隊第四小隊はショッピングモールリオンの屋上に着陸した。

 そして屋上にいる複数の生存者を運送ヘリへと乗せる。


 それから数分ほどして施設内への突入作戦が開始されたが、その光景にマド隊長を含めた自衛隊員は驚愕することになる。


 一階の中央通りに死体の山がいくつも出来上がっていたからだ。

 そのすぐ近くで、二人の少女を発見。


 一人は気絶しており、もう一人は酷く混乱している様子だ。

 部下を呼び出して、強制的に運送ヘリまで避難させた。


 混乱している少女の声がショッピングモールに響き渡る。


「待って!! まだ、シンヤ君とリアちゃんが森にいるんです!!」


「森? ――いいですか、落ち着いて聞いてください。あなたのご友人はもう、生きていないと思われます。我々自衛隊と共に来ていただきたい」


「待って!! 待って……お願いだから……シンヤ君! リアちゃん!」


「時間がありません。すいませんが来ていただきます」


「嘘でしょ……くっ! こんなところで、リアちゃんとの……約束が」


 自衛隊員に軽々と持ち上げられたカオリは、抵抗することもできずに運送ヘリに乗せられてしまう。屋上の出入口扉に手を伸ばすが、シンヤとリアが現れることは無かった。


 そして最初から行動を共にしていたシンヤとカオリはここで別れる。


 運送ヘリの中で一人の少年が冷たい表情を浮かべながらカオリを見ていた。

「あいつ……本気で友人が生きてると思ってやがる……嘘は付いてねぇ」


『コールドリーディング』と言う優れた才を持つ少年だ。


■□■□


 物語は同時進行で新し展開と古い展開を好き勝手に繋げて、一つの物語を生み出していく。それがただの遊びであるならまだしも、真理を追究する作家であるなら輝かせて見せましょう……道化師のように。


 そろそろ本番を始めます。


 無理ゲークリアしたらゾンビ世界になってしまったんですが※

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