第45話【ショッピングモール⑨】

 そして男の声にミカが青白い表情を浮かべながらその場でヘタレ込んだ。数時間前まで自分が受けてきた恥辱を思い出し、激しい過呼吸になりながら瞳を揺らす。リアへと震える手先を伸ばして、優しく抱きしめられた。


 リアの小さな体が自分を包み込む感覚。

 優しい温かみがミカを安心させる。


 ミカはリアと離れたくないのか、ぎゅっと……力強く抱きしめ返す。しかしリアの視線は、正面で縛られている男の方へと向けられていた。その表情は凍り付くほど冷たい。


 そしてリアはゆっくりと立ち上がり――ミカの手から離れてしまった。


(もう少しだけ、リアさんにぎゅっとしてほしかった……)そんなミカの可愛らしい内心は、恥ずかしくて誰にも言えない。ミカはリアの真っ直ぐで力強く、その大きな背中に『憧れ』や『尊敬』や『感謝』……様々な気持ちが渦巻いている。


 ――これからもずっとリアさんと一緒にいたい。

 ミカにとって、リアはまさに『光』であり『英雄』だ。


 そしてカオリは男に対して軽蔑する視線を送っており、シンヤはミカを見ながら(一体なにをされたらこんな風になるんだよ?)っと、想像してみた。そして正面で立っている男をもう一度眺める。


 かっこいいかと問われれば『年齢=彼女いない』とは言えないレベルの男性だ。彼女がいても可笑しくはないだろう。そしてシンヤの中で許せないレベルが上昇していく。


 断じて、ミカに行った恥辱がちょっと羨ましいとか、自分より女性経験豊富そうで嫉妬したとかではない。(いや、ホントだから……マジで許せない!)


 本来であればここでシンヤが男らしくガツン! と言ってやるべき場面なんだろうが、どうも年上相手には尻込みをしてしまう自分がいるらしい。適材適所、ここは年上相手だろうが関係なく対応できるリアに任せるべきだろう。


 決して逃げたわけでは無い。

 ここで俺が怒鳴ると、ミカを怖がらせちゃうかもしれないだろ!?


 リアと男が無言で視線を交差させ、リアが口を開いた。

 とても冷静な声色だ。


「まさか君から目覚めるとは思わなかったのだよ。――おはよう」


「クソガキがぁ! ――この縄解けよ。ぶっ殺すぞ!!」


「クソガキ? どうも君との会話は上手く成立しないね。周りを見て自分を律することが出来ず、欲望のままに振る舞う自分勝手な人間が餓鬼と似ているからガキと呼ばれるのだよ。どっちがクソガキか自分の行動を振り返るべきじゃないかな?」


「知らねぇーよ! 日本語喋れや!!」


「それはこっちの台詞なのだよ。仕方が無い……君に会話の主導権を渡した私のミスのようだね。――君に質問したいことがある」


 リアの瞳は男を見透かすように、その人間の本心に触れる。会話を有利に進める最も効率の良い手段は『質問』と『共用』だ。コミュニケーション能力の高さはその二つの使い分けで自在に操作ができるとリアは知っている。


 男は無意識に黙り込む。

 質問があるとリアに言われたからだ。無自覚で質問を聞く体勢を取っていた。


「――誰を殺されたんだい?」


 男の表情に動揺が現れた。目を見開き、思い出したくないことを思い出したのか下を向きながら歯を食いしばっている。


「友人? 恋人? それとも家族かい? どんな辛い目にあってミカをこんな場所に連れ込んだんだい? ――ついでに私は、学校の友人を目の前で殺されたのだよ。私はどうすれば大切な人を守れたのかな……君の目の前にいる私達は同じ境遇を味わった同士だ。――答えろ」


 『答えろ』――強調されたその言葉に、男は子供にしか見えないリアに尻込みしていた。そして、視線をそらしながら瞳に涙を溜めて……つたない言葉が語られる。


「っく! 彼女を……殺されたんだよ。結婚だって、するつもりだったんだ。――デートのチケット買って、数日後には……プロポーズだって! ――何だこれ!? 意味わかんねーよ……もう、どうでもいい」


 本音をぶちまけたためか、カオリやミカからも同情の視線が送られていた。

 そしてリアが真っ直ぐに、男の目を見て話す。


「私では君の辛さの一割も背負ってあげることは出来ない。が、これだけは分かるのだよ」


「なんだよ……今更」


 リアは冗談めいた笑みを浮かべながら答える。


「女は嫉妬深い生き物なのだよ。君の彼女は今頃、浮気したことに対して天国で激怒している頃だろう。それにその彼女は、最後の最後で誰のことを考えていたんだろうね?」


 リアの言葉に男は『ッハ!』っと顔を上げた。なにか思い当たる節でもあったのだろうか? そんな光景をシンヤは(リアのマインドコントロールガチで怖い……女神にしか見えねぇよ)などと空気をぶち壊しかねない事を考えていた。


「俺は……俺はなんてことを……」


「それは私に言うべきことでは無い。ここからは好きにすると……「カツン」」


「「「「「――……!?……――」」」」」


 聞き覚えがある音。


 時が止まったような感覚だ。あらゆる衝撃を詰め込めるだけ詰め込んだ、想像外の奇襲。さすがのリアもシンヤも動けなかった。――そう、気が緩んでいたんだ。そして改めて再確認する――ここは地獄だと。


「――ミ……つけ……ッダ!」


 出入口付近にいきなり現れたカブリコは両手を振り上げており、シンヤはその姿を見て歯を食いしばりながら目を見開いた。ショッピングモールの駐車場で、大量のゾンビを引き連れながら先頭を歩いていた化け物だ。


 そしてこのカブリコは、リアが山の中で倒し損ねた化け物でもある訳で……


 振り下ろされた両手の刀身は縦一直線に見えない斬撃を飛ばす。そして射線上で縛られていた男は真っ二つに切り裂かれた。先程まで話していた男は、化け物が登場して数秒ほどで即死する。


 もしかしたら改心して……そんな未来があったかもしれないのに。


 ――何だい、これは?

 ――何だよ……これ?


 シンヤは気絶しているツキを抱きしめて、転がりながらカブリコから距離を取る。そして激しい衝撃に襲われたツキは慌てて目を覚ます。シンヤに抱きしめられている状況に目を見開きながら、あわあわと動揺していた。


 リアは視界に入ったカオリの腹部を蹴り上げて、カブリコから最も距離がある個室の端まで吹き飛ばした。いきなりリアに蹴りを入れられたカオリは腹部を激しく抑えながらその場でせき込んでいる。そのまま、目の前でヘタレ込んでいたミカに左腕を伸ばす。


 ミカは絶望した表情から、リアと言う光に手を伸ばした。

 そしてその手を握ると同時に……フラッシュバックする。


 私の前に現れた、金髪が綺麗な妖精。

 その妖精は、実は英雄だったんだよ。

 力強くて、とっても大きな背中。

 生きてくれてありがとうなんて、初めて言われた。

 とっても温かくて、私が普段使ってるシャンプーの匂いがした。

 まるで元の世界に戻ったみたい。

 これから、私はリアさんのことをもっと知りたい。

 辛い出来事が終わって、これから何だよ?

 ツキとリアさんもきっとすごい仲良くなる。

 あれれ、出会ったばっかりなのに……リアさんのことばっかり。

 そろそろ私も誕生日だし、リアさんにプレゼントが欲しいって……


 ――死にたく、ないよ……


 ――もしも君が生きていたら、私は命がけで君を守ろう――


 嘘は嫌いだ。

 私は英雄なんかじゃない……あれは自分を追い込むための嘘。

 人は平等に対価を支払うべきで、それがみんなの幸せになる。

 理由なんて無い。

 私は強くなんてない。

 自分自身を、追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで追い込んで、それでも私は前に立ち続ける。


 でも、少しは助けてほしいな。


 リアは目を見開き、血が滲むほど歯を食いしばった。ミカの熱が左腕に伝わり、それを涙目になりながら引っ張り上げる。


 絶対に助ける。私は天才だ! これは確定事項だ。失敗は許されない、必ず……必ず……そうやって私は自らを崖っぷちに立たせてギリギリの細い糸を渡り続けるのだよ!!


 だけど。


 カブリコの斬撃はリアの左腕ごと切り落とし、そのままミカの体を雑に切り裂いた。リアは自分の左腕から大量の出血をしていることに気付いていない。


 ただ、死んだ魚のような瞳で『死体』を見続けていた。


 目の前で守ると約束したミカが殺された。

 その瞬間――学校で殺されたアルビノの友人を少しだけ思い出す。


あぁぁっぁっぁあぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁああっぁあ……あぁ、何だいこれは?


 噴き出した血液で頭が回らない。

 世界が白い空間に包まれると同時に、天能リアはノイズ音と共にゆっくりと意識を落した。そして白い空間に立っているもう一人の天能リアが呆れた表情を浮かべながら歩き始める。


 そしてツキは、シンヤから抜け出すと同時にその光景に絶望した。

 状況は何一つ理解できない。


 ツキが見た光景は、死んでいるミカの姿と左腕から赤黒い羽を生やした『化け物』の姿だ。その金髪の少女は羽を揺らしながら、右腕をミカへと伸ばす。


 あぁ、この化け物がミカを殺したんだ。


 それと同時にツキの中で小さな復讐の火種が灯る。


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