第46話【最強リーダーは誰にも負けません】

 眩しい太陽の光を浴びながら、高校の屋上で昼休みに昼食を楽しんでいた。本当は学食でラーメンを食べたかったのだが、私が学食に向かうと何故か次の日に噂が広がる。


 そして教師や校長から「家庭環境になにか問題が起きたのか?」っと、特別待遇生徒になるための必須書類を渡された。ただ学食で食事を取っただけなのだが、どうやら私が庶民的な料理を食べていることが他の生徒にとっては衝撃だったようだ。


 家庭環境に問題が起きて『大金持ちのお嬢様から庶民に転落した』なんて噂が広がり始める。私はもともと一般的な家庭なのだが、知らず知らずのうちにお嬢様扱い。


 そんな事件が起きてから、ほかの生徒の前で昼食を取らなくなった。そして私は、こうしてほかの生徒にばれないよう屋上で昼食を取っている。


 そんな私の前に『黒い日傘』を差した先輩が現れた。

 きっと今、先輩は私と同じことを考えているのだろう。

 集合場所は特に決めていない。しかし先輩は必ず私のことを見つけてしまう。


「あれれ~、リアちゃん! 早いんじゃない?」


 白色の長い髪が揺れる。

 その肌は色彩を失っており、髪の色と区別が付かないほど同色だ。


「待ち合わせも時間指定もしていないではないか。早いも遅いも無いと思うが? それに【アイリス】先輩はここに来るべきじゃないだろう?」


 アイリスは日傘を差していなければ太陽の元を歩くが出来ない。

 それほど素肌が白く美しいく、そして脆かった。

 アルビノによる影響だ。


「リアちゃん酷いなぁ~私のことが嫌いなの?」


 リアとアイリスは高校で、唯一の『親友』と断言できた。と言ってもアイリスは高校三年生で今年が最後の年である。二年生に上がったリアはその最後のひと時を大切にしたいと考えていた。


 ――心からあなたを尊敬している。アイリス先輩――


「好きだよ。こういった曖昧な定義を単語に集約する辺りが人間味あふれている」


「リアちゃんは馬鹿だなぁ~、曖昧な定義なんて存在しないよ。全ては複雑な数式で表現できるようになってるんだから」


「はぁ、それは仮説でしかないのだよ。それに数学は『感情』を切り離して考える世界。――その世界で感情を理解することなんて出来ないのだよ。それを人類が望んでいないのだから」


「どういう事かなぁ?」


「ただの自己満足でしかと言うことさ。コンピューターが効率の悪い二進数で処理を行っているのと同じ……三進数では『はい』と『いいえ』以外に曖昧な感情が生まれてしまう。『使い勝手の悪い』と言う理由から、物事は全て人間を中心に回っているのだよ。数式で表現できるのは外面だけで、内面に触れることは出来ない」


「あっはっは、でもそれも仮説でしょ? リアちゃんは生意気で可愛いなぁ」


「ふふ、私が可愛いのは当たり前なのだよ。それは褒め言葉ではなく正論という。私もアイリスがとても可愛く見えるのだよ。――私からの褒め言葉さ」


「――ん? それディスってない?」


「いや、褒め言葉なのだから褒めているのだよ」


「そう? ……まぁ、なら大丈夫だね」


 こんなどうでもいい会話を、高校の屋上で何度繰り返してきたことだろう。生意気なリアを受け入れてくれる人間は少なくなかったが、ここまで自分に入り込んでくる人間は少なかった。


「そう言えばアイリスは屋上に来ると、辺りを見渡す癖があるね。私が入学してくる前に、大好きな彼氏にでもふられたかい?」


「ハハ! 高校生活で彼氏はいないよ。私に告白する馬鹿は多かったけどね。――でもどんなに言葉を重ねても告白って『好き』を相手に伝える行為でしょ? 私はその固定概念を崩す言葉を待ってるんだよ。『死んでほしいから付き合って』って言われた方がリアちゃんも嬉しいでしょ?」


「そんな特殊な趣味を求められても困るのだよ。まぁ、理解できなくもないが……随分と周りから逸脱した人間らしさだ」


「でしょ!? ――それと屋上で辺りを見当たす癖ね。理由は簡単だよ、白黒の世界で綺麗な色を見つけるためさ。ここから街並みを眺めると時々、綺麗な色が見えるの。これはリアちゃんには分からない感覚かな。――もっと普通の人なら理解できると思うんだけど、この考え方を共感できる人間には会ったこと無いんだよね。もし共感できる人間が現れたら、リアちゃんととっても仲良くできそうだね」


「アイリスと同じような感性を持った人間ってことかい? お断りだね。君のような人間がゴロゴロ居てたまるか。私を発狂死させるつもりかい?」


「いいね。私のために死んでくれるリアちゃんを私はとっても見てみたい」


 ――アイリス、君は嘘つきなのだよ。


 そんなアイリスは、パンデミックが起きた『4月6日』にリアを庇って死んだ。目の前で切り裂かれたアイリスは両手を広げながら優しい笑みを浮かべていたが、私はその心中を察することができなかった。


 私は震えて、そう……何も出来なかった。私とアイリスが協力すればもっと上手く対応できたはずなんだ。私に覚悟があれば、アイリスが死ぬことは絶対になかった。


 次は失敗しない。


「全く、私もまだまだだね」

(もう目の前で、大切な人が死ぬ姿だけは見たくない)


 底の見えない崖に吊るされた細い糸をリアは登り続ける。


 リアはそのあと、返り血を風呂場で綺麗に洗い流す。そして素っ裸のまま見知らぬ住宅のリビングで『高橋ミカの誕生日写真』を見つけた。その日付は『5月2日』と写真に記載されている。


■□■□


 丸い眼球が飛び出しそうだ。


 そう思えるほどリアの目は見開かれており、視線の先に映るミカを見続けていた。床に滴る血液が赤い海を生み出し、その真ん中で雑に切り裂かれたミカが倒れている。


 ミカの両手には、リアの切り裂かれた左腕が抱きしめられていた。

 色の失った瞳とは真逆に、その表情は小さく笑みを浮かべている。


 そして(花火でもやっているのかい?)っと錯覚するほどのノイズ音に脳内が侵食されていく。徐々に意識は遠のいていき、視界が白一色に変わっていった。


≪私達はこの重みに耐えられない。変わりたまえ、今の君では誰も救えない。――それでも私は、今の君の優しさを尊敬するのだよ。それはきっと正しいことだから≫


 次の瞬間――鋭いリアの蹴りがカブリコを引き飛ばした。従業員用個室の出入口扉を突き破り、そのまま通路で倒れ込んだ。そして左腕を失ったリアはゆっくりとミカに右腕を伸ばし、優しい笑みを浮かべる。


 ツキはその表情に恐怖して、あり得ない現実に目を閉じた。

 永遠に目覚めたくない優しい夢に逆らうことなく、その意識を無理やり落していく。

 精神的ストレスが限界を超えたのだろう。


「シンヤ! ――コルトガバメントを私に貸したまえ」


 左腕から大量出血しているリアがそんなことを言ってきた。いつもとあまり変わらない堂々とした態度だ。もう助からない致命傷を負ったにも関わらず、焦りが感じられない。


 そんなリアの態度に、こちらが動揺してしまう。


「おい……、おいおいおい!! 左腕!? 大丈夫なのかよ!」


「早くしたまえ、君のせいで私が死んだらどうするんだい?」


「あ、あぁ……ほら。――本当に大丈夫かよ?」


 リアはコルトガバメントを右手や歯を使いながら色々と動かしている。すると、グリップ部分に埋め込まれた『SEED』の部分がスライドし、中から注射器のような物が飛び出す。


 それは不規則に動き回る『赤色の液体』だ。


「シンヤが近くに居てくれたのは奇跡だね。まぁ、そんな不確定なものを信じるほど……今の私は綺麗な人間じゃないが」


 そう言いながら注射器を切り裂かれた左腕に差し込む。そして不規則に動き回る赤色の液体が容器から体内へ注入されると、リアは体中を激しく震わせた。


 体中から血管が浮き出ており、一部の皮膚が膨らみながら動き回る。

 そしてリアは膝を地面に付けながら、荒い呼吸と共にその目を見開く。


「「!?」」


 カオリとシンヤがその光景に驚愕する。

 リアの瞳から、淡い青色の光が漏れ出していたからだ。


 それはシンヤがショッピングモールリオンの駐車場でアグレストと戦闘を行った時と似ている。シンヤは赤色の光だったが、リアは青色の光を目の周りに覆っていた。


 天使の羽とミヌティックドックウイルスが分解と再生を繰り返しながらリアのDNA情報を組み替えていき、その肉体を制御するのは無理ゲー攻略者である……別世界線の天能リアだ。


「カツン!」


「ん?」


「コロ……ス!!」


 リアの背後に現れたカブリコが鋭利な右腕を真横に振り下ろした。しかしそれを、手に持っているシンヤのコルトガバメントで受け止める。


「ちょ!?」

(俺の生命線である武器が壊れたらどうするんだよ!?)


「安心したまえ、シンヤ。この程度でこの武器は壊れない」


 コルトガバメントとカブリコの右腕が火花を上げながら、互いに牽制し合っている。しかしリアの『つま先』がカブリコの顎に蹴りを突き刺し、空中へ持ち上げると同時に足を360°回転させながら地面に叩きつけた。


 激しい揺れと、地面に深い亀裂が走る。


 そして気付いた時にはリアの左腕から噴き出していた大量の出血は止まっており、ゆっくりではあるが再生が始まっていた。シンヤはその人間離れした野性的で美しい攻撃動作に見惚れてしまう。


 ゴシック服のスカートが円を描くように規則的に広がり、カブリコを地面に叩きつけると同時にリアは少しだけ宙に浮きながら綺麗に着地する。重力を感じさせない、風に流される花びらのようだ。


 カオリはそんなリアに違和感を抱いていた。


 確かに綺麗で力強い、リアちゃんの戦い方だ。

 でも今までと何か違う。

 私が憧れたリアちゃんじゃない。――この人は誰?


「ここは狭いのだよ。シンヤ、私はこのまま下へ降りる。カオリとそこで倒れている少女を頼んだよ? ――カオリ、君とは随分と久しぶりなのだよ」


 コルトガバメントをシンヤに投げ渡して、懐に入っているエクスプロージョンをカブリコの口に押し込んだ。そしてリアが一通り喋り終えると同時にその場で大爆発を起こし、シンヤ達がいる従業員用の個室に巨大な穴が開いた。


 リアとカブリコが二階へと落ちていく。そしてシンヤとカオリとツキがその個室に取り残されてしまった。


「嘘だろ!? あれがリアか。あり得ないだろ、こんなの」


 左腕を切り落とされたはずのリアが平然と喋りながら戦っていた。普通なら死んでても可笑しくない重傷のはずだ。


 これじゃ、まるで……『俺と同じ』じゃないか。


 カオリはその場で固まっており、シンヤもしばらく動けずにいた。しかし切り裂かれたミカと男の死体に視線を移し、爆発音で集まったゾンビ達が扉を叩く音が聞こえる。


「カオリ、ここから逃げるぞ。――俺らまで殺されちまう」


「分かってる」


 そう言いながらも、カオリはなかなか動こうとしない。


「おい!」


「分かってるよ。分かってるけど!! ――もう嫌だよ。命が……勿体ない。何でよ!? なんでリアちゃんもシンヤ君もそんなに強いの!? ――ずるいよ」


 死体を見ながら涙目で本音をぶちまけるカオリに、シンヤは苦い表情を浮かべる。


「カオリ、悪いが今はそんな話をしている時間も余裕もない」


「――分かってるよ……」


 気を使えるほど、今のシンヤに余裕が残っているわけでは無かった。

 それに自分が強いなんて思ったことは一度もない。

 生きるために使える物は何でも使っているだけだ。


 ――本当の意味で強いわけじゃない。


 ツキを抱きかかえたシンヤは、カオリと共に一階の裏口を目指して走り出す。


■□■□


 激しい衝撃と共にカブリコとリアは二階へと落ちていく。


 明かりなどは一切ついておらず、天井に開いていた穴から蛍光灯の明かりが降り注いでいた。リアが先ほどまでいた個室の蛍光灯だ。そして先ほどまでいた個室よりもこの場所は広く、大量の荷物などが保管できるような物置部屋になっていた。


 リアはカブリコから距離を取り、懐かしい左足の感覚に笑みが漏れる。


「アッハッハ! やぁ、カブリコ。残念だが君では私の相手にはならないのだよ。それにしても、この世界線にいる私はどうやら頭が良くないらしい。エクスプロージョンの使い方をまるで理解していなかった」


「カツン! カツン! カツン!! ――オマ、エ……ダレ?」


「ほぉ。すでに言語を理解しているのか……随分と早い進化を果たしたものだ」


「――コ……ロス」


「しかし意思疎通には至っていないか。かかってきたまえ」


 カブリコは鋭利な両手を地面に突き刺して自らを持ち上げる。

 そして両足を90°上げた。

 とても気持ちが悪い体勢だ。……オリンピックの体操選手がギリギリ真似できそうな体勢であり、そのまま右腕だけ一回転させ、そのあと左腕を同じように一回転させる。


 徐々に回転速度は速まっていき、それは斬撃の大車輪となってリアを襲う。


 カツ! カツカツ! カツカツカツ! ――カツカツカツカツカツカツ!!


 一方リアは、カブリコとは『正反対の誰もいない方向』にエクスプロージョンの銃口を向けた。――そして銃弾を撃ち込む。


 その瞬間、リアの淡い青色の光が増した。


 瞬時に銃弾の速度と角度、そして爆風による影響とマガジンリリースボタンが指に接触するまでの時間、そのほかにもカブリコとの距離やこの部屋の情報などが全て集約して脳内に届く。そしてリアは不敵な笑みを浮かべながら反対方向に飛んでいく銃弾を爆発させた。


「――ジェットコースターは好きかい?」


 リアの背後で大爆発が起きると同時に、その爆風でカブリコとの距離を一瞬で縮めた。そして再生しきっていないリアの左腕がカブリコの顔面に叩き込まれる。カブリコは首から下を、鉄棒で逆上がりでもするように浮き上がり、そのまま空を切るように吹き飛ばされた。


 ――爆風を使った『超高速移動』である。


 カブリコは壁を突き破って大量のゾンビが徘徊しているショッピングモールリオンの表通り二階へとぶっ飛び、ガラスで出来た転落防止柵に突っ込んだ。そんな光景を見ながら一人、部屋に取り残されたリアは小さく呟く。


「この武器はね……使い方によっては空中も移動できるのだよ」


 背後にエクスプロージョンを構え、まるでロケットのように大爆発を繰り返しながらリアは爆風で宙を舞う。そのままカブリコの顔面に蹴りを入れながら転落防止柵を突き破り、共に一階へと転落した。


 それは人間技ではない。連続的な爆風による高速移動と跳躍――少しでもタイミングと角度を間違えれば自爆してしまう紙一重の戦法。それを淡い青色の瞳によって得た情報で制御しながら戦うリアは、同時に数十名は必要であろう作業を一人でこなしていた。


 そして一階へと転落しながらリアは笑っている。

 それはまるで悪魔のような笑みだ。


 別の世界線で【森根サチ】はそんなリアの戦い方を見ながらこう呼んでいた。

 ――『ラプラスの悪魔』っと。


 だって、最高に楽しいだろう?

 壊れてなどいないよ。これが私――天能リアなのだから。


「ぶっ殺す!」

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