第3.5章【ニューゲーム/ショッピングモール編②】

第32話【本作の主人公は、生き返った】

 現在、火の海となっているショッピングモールリオンの正面駐車場には天能リアと皆音カオリが立っていた。そして、その正面に立つアグレストは右腕を失いながらも屈託のない笑みを浮かべている。


 カオリは目を見開き、シンヤがアグレストの巨大化された左腕に吹き飛ばされる瞬間を見ながら、名前を呼ぶ事しか出来なかった。


「シンヤ、後ろに!!」


 ゆっくりとシンヤの体がくの字に曲がる瞬間を見てしまい、その場から消えたシンヤは遠くで燃えている自動車に激突して、顔や肩の皮膚を溶かしながら吹き飛ばされる。空中へ飛び上がり、回転しながらショッピングモールリオンのガラスを突き破って施設内へと飛んで行ってしまった。


「化け物が、来た……よ?」


 私はいつもそうだ。


 こんな世界になっても私は何もできない無力な人間。まるで寄生生物のように誰かと共にいなければ、自分自身を保つことも出来ない。


 私はそんな人間だ。


 皆音カオリ――最も人間の言葉を受け入れ、そして自分自身を偽り続ける。人間と言う言葉を体現したような少女だ。そして、それを理解しているからこそ自分自身を変えたいと思っているのだが、それが出来ずにいる。


 ポニーテールの茶髪がシンヤの引き飛ばされた風圧で舞い上がり、血液がカオリの着ている制服や眼鏡に少量付着した。


(嫌、嫌、嫌!! 気持ち悪い、気持ち悪い。なんで私は……)


 カオリは制服についた血を裾で強く拭いながら、広がっていく血痕に歯を食いしばる。崩れ落ちるようにヘタレ込み、青白くさせた表情が自らの弱さを体現していた。


「どうするべきか」


 一方リアは、エクスプロージョンの銃口をアグレストに向けるが、それと同時に肉体が発光してしまい、引き金を引いた銃弾がアグレストに接触する寸前で姿が消えてしまう。シンヤの背後に瞬間移動した光景を見ていたリアは、正面に倒れ込むようにしてアグレストの巨大化した左腕を避けた。


 それは目の前でバットをフルスイングされるような、風を切る音と背後に感じる涼しい風。肉体では無く精神的なダメージが激しく、(これに当たったら)そう考えるだけで冷や汗が止まらない。


「っく!」


 消えては出現するアグレスト。


 リアが銃口を向けた瞬間にはアグレストの姿が消えている。そしてすぐに背後を取られてしまい、巨大化した左腕を避けるので精一杯だ。体力も徐々に削られていき、ジリ貧になる未来が見え始めていた。


(シンヤは死んだ。なら、私が取るべき行動は)

「カオリ! ――シンヤは諦めて逃げることだけを考えたまえ!」


「え、でも」


「私は彼の持っていた銃を回収しなければならないのだよ! ――この化け物は足止めする。君がいては邪魔だ!!」


「っ……」

(私は邪魔、何もできない)


 リアのように強くなりたい。


 もう誰も目の前で殺されないほどの強さが欲しい。


 だが、そんなカオリの願いがすぐに叶うはずもなく、震える足を老人のように動かしながらゆっくりとアグレストから距離を取る。涙ぐんだ表情を浮かべて体を小さくさせながら。


 リアは紙一重で攻撃を回避しながら、少しずつカオリと距離を取るようにして戦っていた。カオリをエクスプロージョンの爆風に巻き込まないためだ。しかし、巨大化した左腕がリアの肩に少しだけ接触した。その部分の裾が千切れて、風圧で肩を持って行かれそうになる。


「っ、調子に乗らないで欲しいのだよ! 全く」


 舌打ち交じりに覚悟を決めて、巨大化した左腕をしゃがみ込む体勢で避けた後、リアは右手でアグレストの顎を押し出し、それと同時に右足でアグレストの両足を引っ掛けた。


 これは合気道と言うよりは相撲に近い。今まで合気道も相撲も経験したことは無かったが、成功させなければ死ぬのであれば成功させる。


 それが天能リアだ。


 アグレストはそのままバランスを崩しながら後ろに倒れ込んだ。そして流れるような動作でリアは片足を振り上げ、目玉に向かってかかとを振り下ろした。


 柔らかな眼球から血しぶきが噴き出し、それを浴びる。


 しかし、目玉を潰されたアグレストは何もなかったかのように立ち上がり始めた。そして血液を沸騰させながら目玉の再生が始める。


「やはり、左腕の破壊が必要なようだね」


 先程まで右腕で攻撃をしていたアグレストは現在、左腕を使ってリアに攻撃を仕掛けている。アグレストの右腕が灰となって消えてから、再生せずに左腕を使い続けている。


(この化け物を殺すなら、左腕の破壊は必須のようだね。しかし、今以上に手強くなる可能性もあるのだよ。なら、やはりシンヤが持っていた銃の回収を優先させるべきかな?)


 エクスプロージョンの銃口を左腕に向けて引き金を引くが、赤色に点滅する銃弾はアグレストの発光と共に空を切って地面に銃弾がめり込む。そしてリアは背後を警戒しながらシンヤの元へと走り出した。


 しかし、リアの背後にアグレストの姿が無い。


「? ――っ、しまった!」


 アグレストはリアの背後では無く、カオリの背後に立っていた。


 素早く振り上げられた左腕にカオリの目が見開く。そしてリアはカオリから距離を取るように戦闘を行っていたため、助けが間に合わず歯を食いしばっていた。


 この瞬間、時が止まったようにカオリは死を覚悟する。


 恐怖で身動きが取れず、その場で立ち尽くしていた。


(あぁ、私ここで死ぬんだ。誰も救えないまま、弱いまま死ぬんだ)


 アグレストの巨大化した左腕がカオリに向かって振り下ろされた。


■□■□


 気付いた時、信条シンヤは『白い空間』に立っていた。正面には30代前半ぐらいの男性が呆れた表情で対面している。どこかで見た事のある顔だが、思い出せない。


 その男性はスーツ姿で、上には白衣を羽織っている。


(まるで医者か研究者だな。似合ってると思ってんのか?)


 男性は呆れた表情のまま、ため込んだストレスを発散するように大声で喋りだした。そしてその声も、どこかで聞いたことがあるような違和感を抱く。


「てかさぁ、死ぬの早すぎだろ!? もう少し頑張れよ。カイトに笑われんぞ?」


 正面に立っている男性は年の割には元気が良くて、頭を抱えながら冗談だと分かる声でシンヤに伝えた。そして、自分が化け物に殺されたことを思い出し、正面に立つ男性に声をかける。


「あんた、神様?」


「マジで? そんな神々しい感じに見えちゃう?」


「いや、見えないけどさ」


「まぁ、全然違うよ。信条シンヤ――お前の意識を借りている『β世界線』のお前自身だ。正確にはβ世界線の未来の信条シンヤが俺だ。学校で助けてやったんだ。少しぐらいは感謝して欲しいもんだな。リアならメモで俺の存在にも気づき始めた頃だろう」


(未来の俺? 何を言ってんだよ。意味が分からない)

「どういう、事だよ?」


「今のお前に、俺が言えることは無いんだよ。余計な説明をすると計画のバランスが崩れる。――そろそろ『コルトガバメントの効果』が出る時間だな。2日目で天使の羽を使っちまうとか、やっぱりどの世界でも俺は変わらないな」


「意味が分からねーよ! 俺はもう死んだんだろ!?」


「死んだな。これから生き返るお前は『人間じゃない』……言ってしまえば、お前を殺したアグレストと同種になるだろう」


「悪いがもう少し分かりやすく説明してくれよ。お前は俺の未来なんだろ?」


「最初に言っただろ? 今のお前に喋れることは無いんだよ。喋っても理解させる自信もない。俺が伝えられることは2つだけ」


「何だよ?」


 正面に立つ未来のシンヤは目を細め、その瞳は色を失ったように黒い。そしてその言葉は人間を殺せてしまえるんじゃないかと思えるほど、重みを感じた。


「一つ目は天能リアを死んでも守れ。二つ目は、人間をやめた【アイリス・時雨】を殺せ。それで世界は救われる」


 シンヤは息を忘れて、その言葉の意味を理解するのに時間をかけた。そして目を見開き、驚愕した表情を浮かべながら詰め寄るようにして、その意味を問い詰める。


「世界が救われる? 化け物が消えるのかよ!!」


「そうだ。化け物は消えて、すべてが元通りになるはずだ。ついでに今のお前にしか出来ない事を頼みたい。これは未来の俺が残した後悔だ」


 シンヤは正面に立っている未来のシンヤに近づこうとするが、その距離は徐々に遠のいていく。走って走って、それでも距離が縮まる事は無い。


「まだ聞きたいことがある!! 話は終わってない」

(何で!? あっちは動いてないのに、まだ聞きたいことが……)


「いいか、俺は天能リアとショッピングモールへ行く約束をした。ずっと昔に、悪いが俺の代わりにデートをしてくれ。一階に置いてある趣味の悪い服が並んでいる店だ。そこにガラスケースに入ったゴシック服が置いてある。それを渡せ! 『ラーメンのお返しだ』って言ってな。――あいつならそれで真相まで辿り着く」


 最初から最後まで良く意味が分からなかった。そのまま、白い空間は崩壊を始める。白い世界に亀裂が入り、その隙間から黒い世界が姿を現す。白い空を覆いつくす勢いで、世界は黒く染まっていった。


 そして遠くに見える未来のシンヤは白衣をなびかせながら悲しい表情を浮かべている。何を考えているのかは分からない。しかし、その表情は母親が家を出て行く瞬間に見せた表情と似ており、同情してしまった。


 そしてこれは、関係の無い独り言だ。

 リアは最後まで俺に真実を伝えてはくれなかった。

 嘘を付いていると分かっていたのに、それを話してくれる事は無い。

 そして最後の最後まで俺なんかに期待して、その期待に答えられたのだろうか?

 最後まで偽物だった俺は、お前が本物であることを祈る。

 あぁ、そういう事か……思い出せて良かった。


「頑張れよ、シンヤ――あいつが待ってる」


 そして信条シンヤは、ゆっくりと立ち上がった。


■□■□

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る