魔法のクレヨン

高橋レイナ

第1話

 あるところに、小さい女の子が暮らしていました。名前はリアちゃん。

 リアちゃんは、絵を描くのが大好きでした。紙とペンを見つければ、

 すーいすい。いろんな絵を描きました。象さん、くまさん、お花、おうち、

 ママ、パパのにがおえ、となりの家のマキちゃん、マキちゃんの飼っている 

 かめ。将来の夢は、絵描きさんでした。

 そんなある日。事件が起きたのは、ある日曜日の昼さがりのことでした。リア

 ちゃんが、お庭のプールでスケッチブックに絵を描いていた時のことです。リア

 ちゃんの隣に、すっと誰かが立ちました。そして、リアちゃんの肩をぽんぽん

 とたたいたのです。リアちゃんは、気配がなかったので、びっくりしてわあ、と

 声をだしてしまいました。スケッチブックと鉛筆が、床に散らばってしまいま

 した。隣に立っていたのは、なんとまあ、不思議ないでだちをしたおじいさん

 でした。夏だというのに、ふかふかの紫のローブを羽織り、一メートルくらい

 の杖をついています。杖の先の部分は、ぐるぐるにカーブしています。そして、

 分厚いめがねをかけており、長い真っ白な口ひげを生やしています。とんがり帽

 子の先っちょは、空に向かってのびています。

 「こ、こんにちは」怖いものしらずのリアちゃんは、おそるおそる声をかけて

 みます。

 「やあ、やあ、リアちゃんかい?」

 リアちゃんは、少し安心してこくんとうなずきました。

 「君は、絵を描くのが好きなんだね。そんなリアちゃんに、今日は少し早いクリスマスプレゼントがあるんだ」

今は夏なのに、クリスマスプレゼントとは、ずいぶん早いなあ、とリアちゃんは思いました。

「これは、魔法のクレヨンだよ。実はだな、このクレヨンで描いたものは現実になるんだよ」

魔法使いは、声をひそめてそう言いました。

「ええ?!」

リアちゃんは、驚いてすっとんきょうな声をあげてしまいました。

「クレヨンで描いたものが、本物になるの?」

「そうだ。だが、それにはちょっとしたルールがあってだな。まず第一に、命あるものは生み出せない。第二に、人の気持ちは変えられない。第三に、人を嫌な気持ちにさせることには使えない」

「えーと……」

リアちゃんは、頭が少し混乱してしまいました。

「わかりやすく言うとだな、例えばリアちゃんがウサギさんが欲しくて、このクレヨンでウサギを描いたとしよう。それでも、絵に描いたウサギは絵のままだ。命のあるものだから、本物のウサギさんにはならないんだよ。動物も、人も、花も、このクレヨンで描くことはできるけど、本物にはならないよ」

「うん」

一つ目のルールはなんとなくわかった気がします。

「それから、リアちゃんに好きな男の子ができたとしよう。その子と、両思いになりたくて、リアちゃんがその子とカップルになった絵を描いたとしよう。でも、それはクレヨンの力では叶わないんだよ。人の気持ちを変える力を、このクレヨンはもっていない」

「人の気持ちは変えられない……」

「そうだ。最も、本当にカップルになったら、その願いは叶うがね」

「それと大事なこと。人を嫌な気持ちにすることにも、このクレヨンは使えないんだ。例えば、リアちゃんに嫌いな子がいたとしよう。その子のかばんに、かえるを入れていたずらしたくて、かばんにカエルが入っている絵を描いたとしよう。でも、それも叶わない。人の心を傷つけることは、このクレヨンではできないんだよ。最も、リアちゃんはそんな絵を描くとは思わないがね」

「わかった」

「良い子だ。この三つのルール以外のものは、描くと現実になる」

「どんなものを描くのが良いんだろう……」

「よーく考えてごらん」

見ると、魔法使いのおじいさんの体は少しづつ透明になっています。

「おっと、時間がきてしまったようだ」

魔法使いのおじいさんは、あわててそう言いました。

「これを」

そう言って、手渡されたのは、12色のクレヨンが入った箱でした。クレヨンの表面には、銀の粉がまぶされ、太陽の光に照らされてキラキラと光っています。

「ありがとう」

そう言って魔法使いを見ると、彼の体はどんどんどんどん、透明になっていきます。

「きれいなものをたくさん描くんだよ……」

そう言い残して、魔法使いのおじいさんは、完全にいなくなってしまいました。

「待って……!」

そう言ったのもつかの間、魔法使いの姿はどこにもありませんでした。銀の粉がキラキラと輝いているだけです。

でも、手にはたしかにクレヨンの入った箱がありました。キラキラと輝いているクレヨンは、とてもきれいに見えました。けれども、それ以外は、ふつうのクレヨンと何も変わりがありません。

「本当に、これが魔法のクレヨン……」

リアちゃんは、少し半信半疑でした。描いた絵が、現実になるなんて、おとぎ話のようです。

「何を描けば良いんだろう」

リアちゃんは、考えこんでしまいました。

それに、さっきのおじいさん!魔法使いのような格好をしてたけれど、本当に魔法使いなのでしょうか?でも、たしかにおじいさんは、リアちゃんの目の前で、すっと消えていなくなりました。

「やっぱり、私は魔法を見たんだ」

リアちゃんは、ふるふると頭をふって頭の中を整理しようとしてみます。

「私、魔法使いから、魔法のクレヨンをもらっちゃったんだ」


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