大宮魔導士事務所へようこそ
笛吹ケトル
第1話
——ピアノの音がする。
HRが終わり部室に向かう途中、依田誠は音楽室の前で立ち止まった。
(今は誰もいないはずなのに)
放課後、授業をやっているはずもなく、吹奏楽部が集まるのにもまだ早い。
戸に手をかけてみると鍵がかかっているのかガチャガチャと不快な音がするばかりだ。
「ひとりでに鳴るピアノか」
話のタネになるだろうか。
依田は不安を紛らわせようとひとりごちた。
今日は週一回のオカルト研究会の集まりがある。「無人のはずの音楽室でピアノの音がする」なんてお誂え向きの話題だろう。
「学校の七不思議が好きな後輩も入ったし」
そう呟きながら足早にその場を去る。
窓から差し込む西日が眩しい。
微かに聞こえるピアノの音が何か悪いことが起きる兆しのように感じられた。
▼
駅前の雑居ビルの3階、大宮魔道士事務所に来客があったのは午後4時のことだ。
事務所のブラインド越しに見える駅には、学校終わりの学生たちがちらほらと現れ、和気藹々とした雰囲気が醸成されていた。
「今日も一日、終わりだね」
大宮はブラインドに指をかけながらコーヒーに口をつける。窓から視線を外し、散らかった大宮のデスクを片付ける助手に目をやった。
閑散とした事務所には、大宮とその助手の2人しかいない。
「雰囲気に浸るのもいいですけど、片付けを手伝ってくれてもいいんですよ」
「手伝うけどさ。ちょっと待ってくれよ、古城くん。雰囲気に浸るって結構楽しいんだぜ」
「じゃあ、もっといい雰囲気に浸るためにも事務所の片付けは急務ですね」
「馬鹿だなあ。少し散らかってる方が雰囲気があるじゃないか」
古城つかさは、屁理屈をこね事務所が散らかっていることを良しとする大宮に冷ややかな視線を送る。大宮はそれに気づいたのか、また駅を眺めた。
「来客が来た時に恥をかいても知りませんよ」
「こんな時間に客なんて来ないだろ」
うるさい助手は適当にあしらうに限る。
そんなことを考えながら、大宮がコーヒーを飲もうとした時、駅にいた1人の学生がこの雑居ビルに入ってくるのが見えた。駅の明るい雰囲気とは対照的な陰鬱な空気をまとった学生だ。
「前言撤回。来客があるかも」
大宮はコーヒーを置き、そそくさと応接用のイスや机の周りを片付け出す。
古城はその姿に呆れ、ため息を吐いた。
「これで様になるかな」
散らかった事務所に最低限の見栄えを取り戻せたか、というころに事務所のドアがノックされた。
「どうぞ〜」
大宮の気の抜けた返事の後、ドアがゆっくりと開いた。
学ラン姿の高校生がおそるおそる入ってきた。
「すいません。大宮魔道士事務所はここであってます?」
▼
「……つまり、学校で怪奇現象に悩まされている。そして、それを解決してほしい、と」
一通り話を聞いた大宮は、依頼内容を確認した。
どうやら、彼は学校で怪奇現象に悩まされているらしい。無人のはずの音楽室でピアノの音が響き、理科室へいくと人体模型が動いているような気がする。そして、そうした現象に気づくのは自分だけらしい。クラスメイトやクラブの部員に相談しても真剣には取り合ってもらえず、藁にもすがる思いで大宮魔道士事務所の扉を叩いた、と。
「はい……」
弱々しい返事の後、依田はお茶を口に含んだ。
「しっかし、無人音楽室のピアノに動く人体模型か、ベタだね」
陰鬱な高校生が打ち明けるにしては、ベタで幼稚な悩みだったことに拍子抜けしたのか、大宮は軽口を叩いた。
「ベタとか不謹慎ですよ。彼は真剣に悩んでるんですから」
ピシャリと古城に正論を放たれ、大宮はゴメンゴメンと小さく謝る。
そんなやり取りをする2人に不安になったのか、依田は「ホントに解決してくれるんですか? ここ魔道士事務所ですよね」と早口でまくし立てる。
震える声に申し訳なくなったのか大宮は依田に向き直った。
「まあ、今日は帰りなさい。お金もいらないから」
「でも、僕本当に悩んでるんです。確かに起きたことなんです。けど、こんな事誰に相談しても真剣に取り合ってもらえないし……」
「落ち着いて。何も信じないって言ってるわけじゃない。ちゃんと調査はするよ」
古城は見直したように大宮を見つめた。
「一応高校名と連絡先だけだけ教えて。ちょっと調べるからさ」
大宮は依田から情報を受け取ると、すぐに彼を帰してしまった。
「悩んでるようだったけどいいんですか?」
「だからちゃんと調べるって。今は情報が少なすぎるし、時間も遅いからね」
大宮の対応が不満だったのか古城は眉にしわをよせた。
大宮は、古城の不機嫌顔に気づかずに続ける。
「そうだ。駅行ってちょっと聞き込みして来てよ、まだ高校生いるしさ。高校名は分かったろう」
いまいち本気に見えない様子の大宮に、古城は眉のしわを一層濃くし乱暴な足取りで事務所を後にした。
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