グランモナルクの密偵

三重野 創(みえのつくる)

第1話 そして俺もいなくなった

 日本は平和だという。それは本当であり、嘘でもある。


 大事件が起こる未然に、エージェントたちによる絶え間ない行政警察活動が行われている。


 本来なら、彼らには何不自由ない生活が保障されるべきである。

 常に死と隣り合わせ、人間の悪業と対峙しなければならない彼らが、その任務から逃げ出したとして、誰が非難できよう。


 ――白馬安曇はくばあづみ――

数年前、苛烈を極めた特別任務で、彼は魂の片割れを失った。いまとなってはオンボロ倉庫を住処とし、眇眇びょうびょうたる探偵稼業で食いつないでいる。



「ふぅ・・、ふぅ・・」

壁面にせり出した鉄パイプを握り、男が体を上下にリフト運動させている。

背中の凹凸が、見る者の戦意を喪失させるには十分だった。



 懸垂を終えると、男は逆立ちに取り掛かる。最初は壁面に向かって。次に足を蹴って二本腕だけで体重を支える。頃合いを見計らって片腕を床から離すと、残された腕で70キロの身体をジャッキアップさせた。

この大技が1回でも出来たら、アームレスリングで負けることは無くなるだろう。


トレーニングの終わりを告げるように、チャイムが鳴り響く。

「白馬さ~ん、小包で~す」

白馬がモニターを確認すると、緑と黄色の帽子を被った青年が映っている。


 上半身ハダカのまま白馬が応答すると、宅配員はハッとした表情を浮かべたが、小包を渡すとそそくさと次の配達現場へと向かって行った。


 京都からの荷物である。が、差出人は不明だ。文字絵のようである。「960」と思しき数字が使われていて、これだけなら携帯番号か番地の一部を間違って書いたのかと錯覚してしまう。


 爆弾ではないのを確認すると、白馬はナイフで開梱した。中には、3×3×3サイズほどの金色のピラミッド細工が納まっていた。


「ボスも年々手が込んでくるな」

 ピラミッド上部が開く仕組みになっている。おそらく、ピラミッドストーンに見立てているのだろう。白馬が内部にある緑のボタンを押すと、白壁のスクリーンに人のシルエットが映し出された。


「白馬、指令だ」








 




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