台風の騎士
雨世界
1 第一章 台風の騎士
台風の騎士
プロローグ
大丈夫。あなたはきっと救われる。(……なら、私は?)
本編
第一章
台風の騎士
半分だけのお月さま。……あなたも大切ななにかを失ったの?
そのフードをかぶった小柄な騎士は、背中に自分と同じくらいの背丈のある細身の大剣を背負っていた。
背中にまっすぐに背負った大剣。それはまるで、その騎士が背負っている『罪』、あるいは『十字架』のように、僕には見えた。
霧の森 東地方
そこには、二匹の獣がいた。
影の獣と呼ばれる、人に害をなす恐ろしい大型の犬、あるいは狼のような姿をした全身が真っ黒な、赤い目をした獣だった。
その影の獣と遭遇したものは、よほど運が良くなければ、その場で人生の終わりを迎えることになる。
ランは死を覚悟した。
自分の人生は、……命は、ここで終わるのだと思った。(それが自分の運命なのだと思った)
でも、そうはならなかった。
その日。ランは生き延びることができた。
自分の力で逃げ切ったのではない。ランは二匹の影の獣から、……死神から逃げ切ることはできなかった。大きな木の根元にまで追い込まれて尻もちをついてしまった。
そんなランに影の獣が二匹同時に飛びかかった。
ランは目をぎゅっと閉じた。
……さようなら、みんな。ごめんなさい。
ランは思った。
でも、いつまでたっても、ランに痛みは襲ってこなかった。苦しみもなかった。
その代わり、とても大きな音がした。
風が吹いたような気がした。
とても強い風だ。
そして、斬撃の音。血が弾ける音。血の匂い。そして、無音。
ランは恐る恐る目を開ける。
するとそこには、一人の騎士が立っていた。
こちらに背を向けている小柄な騎士。
身長は、……ランの胸あたりまでしかないように思える。
紺色のフードをかぶり、同じ色をしたロングコートを着ている。その手には、とても長い(きっとその小柄な騎士の身長と同じくらいある)細身の銀色に輝く、とても見事な装飾のされた豪華な剣を持っている。
その長剣にはべったりと赤い血がこびりついている。(その血は、少しすると、自然と、まるで水蒸気のようにその剣から空気中へと拡散していった)
そして、地面の上には体を半分に切られて倒れている一匹の影の獣がいた。もう一匹の影の獣は無事のようだが、……ぶるぶると全身を震わせて怯えている。
体を震わせて、その小柄の騎士に体を引くようにして、その赤い目を向けていた。
「……され」と小柄な騎士が言った。
その声を聞いて、影の獣は一目散に霧の森の中に逃げ出して言った。
小柄の騎士はとても綺麗な声をしていた。
そして、なによりも、ランが驚いたのは、その声が『女の人』の声だったことだった。
ランがじっとその小柄な騎士のことを見ていると、小柄な騎士はその長い剣を器用に回転させて、その背中にまっすぐに抜き身のまま背負うと、(どうやら、剣を固定するための短い動物の皮の紐のようなものが、背中か腰のあたりにあるようだった)くるりと体を回転させて、フードの奥にある闇の中から、ランのことをじっと見つめた。
「……あ、あの」とランは言った。
小柄な騎士は尻もちをついているランの目の前までやってくると、ランの前にしゃがみこんでそれからそのフードをとっても、素顔を出して、もう一度ランのことを正面から見つめた。
そのフードの奥から現れた小柄な騎士の顔を見てランはとても驚いた。
なぜならその顔は、声から想像していたように、やはり女の人の顔で、そして、なによりもその顔は、まるで『この世のものとは思えないほど』(それは昔一度だけ見たことのある、天国の世界を描いた天使の彫刻のようだった)美しい、まるで天使のような、あるいは女神のように美しい顔だったからだ。
金色の髪。青色の目。雪のように白い肌。
小柄な騎士はその美しい金色の髪を銀の髪飾りでまとめて、ポニーテールにしていた。(綺麗な形をした小さな耳には、真珠の耳飾りをしていた)
その海のように深い青色の目が、じっとランのことを見つめている。ランはお礼を言いたかったのだけど、あまりに緊張してなにも言葉をいうことができなくなった。
そんなランのことを見て、くすっと笑うと(それは、本当に美しい笑顔だった)小柄な騎士はランに向かって「大丈夫? どこか怪我はない?」と優しい声でそういった。
これがランと、それからこのあたりの地方でほかの騎士様達から『台風の騎士(タイフーン)』と言う名前で呼ばれるとても有名な小柄な騎士、リリィとの初めての出会いだった。
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